第11話


 ジェラールが責めるような視線を向けてくる。僕とて、事件後間もないのに当事者のルビィに根掘り葉掘り詳細を聞き出すことが無神経な行為だとは理解しているが、それでも、クインタスにあと一歩と迫った今、聞かないわけにはいかない。



 精神病院で得られた情報は多いが、新たな謎も増えた。まずあの患者だ。あの少女がもし本当にクインタスの妹なら、クインタス魔人説は否定されることになる。

 では、やつが人間だとするとどんな人物なのか。社会のはみ出し者かと思っていたのに、病院に本をたくさん寄贈する程度には資産をもっていることもわかった。

 本は労働者階級の市民にとっては贅沢品だ。一冊買うことすら躊躇われる。つまり、頻繁に本を買えるということは、少なくとも中産階級以上に違いなく、貴族という線もあり得る。



 しかし、貴族がここまでバレずに活動できるだろうか? 社会的な地位が高いほどリスキーな行動は取りにくくなるものだ。加えてあの特殊な目の色。それなりの地位にいる人間なら噂にならないはずがない。



 ルビィは何を考えているのか、それとも何も考えていないのか、僕と目が合ったままなかなか返事をしない。こういう相手は急かすと余計話さなくなりそうだから、僕は黙ってケーキを食べた。



 附属校の食堂の方がデザートは美味しかったな。やはり金持ち小学校は素晴らしい。もしまたここでも生徒会長をやることになったら、まずデザートの質を上げることにしよう。



「――お母さんに聞いてみる」



 長い沈黙のあと、ルビィはようやく答えた。僕の望む答えではなかったが、ルビィの母、リリィにも話を聞きたいと思っていたから、ちょうどよかったのかもしれない。



 と、僕の背中側――食堂の入口の方からどよめきが聞こえてきた。僕は気にせずに二皿目のケーキの角にフォークを突き刺した。

 ざわめきとともに複数人分の足音が近づいてきて、僕のテーブルの横で止まった。ちらと横目で見ると、妙齢の女教師と、その後ろに隠れるように二人の生徒がジェラールに相対していた。

 さっき教室でルビィたちを揶揄って遊んでいた四人の内、ただ見ているだけだった二人だ。どうせ怪我をしたリアムたちに代わって教師に告げ口をしたのだろう。



 二人はジェラールを見てニヤニヤしている。……いや、よく見ると、どこか怯えが混じった引きつった笑みだな。教師の威を借りても、臆病さは隠せないようだった。だからリアムの取り巻きなんてやっているのだろうと、妙に納得した。



「ジェラール・ヴィンデミア! ついてきなさい!」



 女教師がいかめしい顔でジェラールに怒鳴りつけた。

 ジェラールの皿はもう空になっていた。もしかしたら最後かもしれない学園のランチをちゃんと食べ終えることができたようだ。僕はまだデザートを食べている途中だけど。



 ジェラールはすでに覚悟が決まっていたのか、大人しく立ち上がった。ルビィがテーブルに置いた筆記具入れを持ち、ジェラールに続いて立ち上がる。



「リビィさんは結構です」



 女教師はぴしゃりと言った。しかし、ルビィは座ろうとしない。

 彼女はスペルビア派の教師だから、平民のジェラールよりもスペルビア派の四人の生徒を優遇するかもしれない。ジェラール一人が責任を負わされるかもしれない。このままでは身体強化ができる数少ないサンプルが……。



「――ルビィ・リビィも当事者なのだから連れていった方がいいのでは?」



 僕はフォークを皿に置き、女教師に提案した。僕の存在に今気づいたかのように女教師は目を丸くした。



「ア、アヴェイラムさん。リビィさんは今、大変つらい時期でしょうから……」



 ルビィを巻き込むのに消極的な彼女のスタンスを見るに、学園としてはできるだけ大ごとにしたくないのかもしれない。平民一人とスペルビア派の生徒四人が喧嘩を起こしただけなら、ジェラール一人を悪者にすれば楽に処理できるが、アヴェイラム派のルビィが入ってくると事態はややこしくなる。アヴェイラム対スペルビアという構図になれば、生徒たちの間で派閥間の分断が進むだろう。生徒の親にまで問題が波及すれば、学園としては大変困ったことになる。

 まあ、僕の知ったことではないけど。



「本人は構わないみたいですよ」



 僕はルビィの方に顎をしゃくった。女教師がルビィを見る。



「……今回暴力沙汰を起こしたのはジェラール・ヴィンデミアです。第三者のリビィさんには、後からお話を伺います」



 暴力沙汰を起こしたのはジェラールだが、その原因となったのはルビィに対するいじめだ。第三者と言うにはさすがに苦しい。ここでルビィが最初の話し合いから弾かれてしまうと、平民のジェラールに不利な状況が生まれることは目に見えている。



「先生。もしかして、そこの二人から聞いてないのですか?」



「な、何をですか?」



「ルビィ・リビィに対するひどいいじめが喧嘩の原因ですよ」



 僕は女教師を盾にしている二人の男子生徒に目を向けた。彼らの顔からは嘲りの色が消えていた。女教師は二人を問い詰めるように後ろを向いた。彼女の様子を見るに、いじめの事実は聞いていなかったようだ。この若いスペルビア派の教師は、彼らが有利に事を運ぶために利用されたのかもしれない。



「では、リビィさんもついてきてください」



 女教師は少し迷ったのち、リビィの同行を許可した。



「公正な判断を期待します」



「……もちろんです」



「ちなみに僕もその場にいたので、証言が欲しかったらいつでも言ってください」



 女教師の肩がピクリと動いた。男子生徒二人は僕があの場にいたことを知らなかったようで、引きつった顔で目配せし合う。



「……そのときはよろしくお願いします。――それでは、あなたたち四人は私についてきなさい」



 若い女教師は苦い表情で言い、僕に背を向けて歩き出した。リアムの取り巻き二人は逃げるように女教師の後を追った。ジェラールは僕に礼を言い、ルビィとともに彼らについていった。

 一人残された僕は、ルビィが手を付けずに残していったケーキの皿を手元に引き寄せた。

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