第14話


 万全の準備をして迎えた、講演会本番。

 僕は、名だたる研究者や政府関係者たちの前に立ち、話し始めるタイミングを窺う。



「もしかしたら今日は、世界の在り方が大きく変わる日かもしれません」



 部屋が最も静まり返ったとき、僕は語り始めた。



「歴史上、文明が大きく進歩する瞬間には、必ず新たな発見や技術が伴います。たとえば火を利用するすべを見出し、我々人類は初めて闇や寒さに打ち勝ちました。たとえば文字の発明。我々は文字を生み出したことで、知識を後世へと伝えていくことが容易になりました」



 ステージを左右にゆっくりと歩きながら話す。

 緊張は感じているが、声が震えるほどではなく、程よい感じだ。



「今日紹介する私の研究も、そういったもののひとつとなる可能性を秘めていると言っても過言ではないでしょう」



「馬鹿馬鹿しい」



 部屋の中央付近から吐き捨てるように言う男の声が聞こえた。そちらを向けば、あなどりを含んだ男の目と目が合った。彼はこの中ではかなり若い部類の研究者だ。

 僕は目を細め、彼を見た。

 彼の発言は、この部屋の魔法学者たちの内心を代弁したものだ。文明を大きく進める研究などと喧伝すれば胡散臭く思うのが正常な反応だ。

 現に男の隣で年配の魔法学者が首を傾げているのが目にとまった。話のスケールが大きすぎて、このままでは聴衆を置き去りにしてしまうだろう。



「馬鹿馬鹿しい、ですか。わかりました。子供の私が大層なことをしゃべったところで何も響かないのでしょう。そういうことなら、前置きなど全部飛ばして、さっそく実演といきましょうか」



 脇に控えていたフランチェスカに目配せをし、実際に実験に使用した魔法装置を持ってきてもらう。



「さて、お名前を伺ってもよろしいですか?」



 先ほど悪態をついた彼に尋ねた。



「……オルステッドだ」



「オルステッドさん……というと、ひょっとして魔力の整流作用を持つ鉱石を発見したという、あの?」



「ああ、そのオルステッドで合ってる」



「まさかオルステッドさんがこれほど若い方だとは知りませんでした。それにしてもすごい偶然だ。これからお見せする実験には、その鉱石が使われているのですよ」



「なるほど?」



 オルステッドが少し関心を示した。



「オルステッドさんにお聞きします。遠くにいる人に情報を伝えるには、どのような方法が考えられるでしょうか」



「遠くへ情報を伝える方法か。――火を熾して煙を高く上げれば、遠くの人間に何らかの情報は伝わるだろう」



「なるほど。煙ならばかなり遠くまで見えるでしょうね。情報の受け手はすぐに何かが起こったことを察するでしょう。欠点としては、具体的に何があったかまでは伝わらないことですかね。他に何かありますか?」



「遠いという言葉をどれほどの距離に設定するかにもよるが……そうだな、音は遠くまで聞こえるだろう。たとえば君の通う学園の希望の鐘の音なんかはアルクム通りの端まで響くという。事前に鐘を鳴らす回数や間隔などに意味を与えておけば、離れた位置にいる聞き手に情報が伝わるだろう」



 目だけ動かして周りの様子を確認する。一人で話していたときよりも、聞いてくれている感触があった。



「距離にすれば二里ほどはあるでしょうか。煙とは違い、伝えられる情報量が多いのは嬉しいですね。しかし、それでは不十分です」



「不十分?」



「ええ。それでは隣町までしか情報は届きません。みなさんは情報の伝わる遅さに不便を感じたことはありませんか? 今日手紙を送ったとして、相手が遠い田舎に住んでいたら手紙が返ってくるまでに一週間ほどかかるでしょう。大陸にいる知り合いと連絡を取ろうとすれば、一往復するだけでひと月かかってもおかしくはありません」



「それはそうだろう。手紙とはそういうものだ。それとも、君の研究がそれを早めてくれるのか?」



「その通り! たとえば今ここで発した情報を一瞬でグラニカ王国中に伝えることも可能になるでしょう」



「なんだと?」



「それどころか、この星の裏側からだってすぐさま情報が届く。私の研究はそれほどの可能性を秘めているのです!」



「信用できない……と言いたいところだが、それが事実なら、国から『チャームド』へ差し止め命令がいったという噂も納得できるな」



 オルステッドは顔を僅かに右に向け、ルーカスやその他政府関係者が座る方をちらりと見やった。



「これから行うのは簡単な実証実験です。この装置を使い、離れた場所に一瞬で情報が伝わる様子をお見せしましょう」



 テーブルに置かれた装置を軽く触り視線を誘導した。人々の視線が一斉にそこに集まる。



「装置の構造はとても単純です。魔力バッテリーに杖のようなものが取り付けられていると思ってください。ただし、この杖は通常のものとは異なり、先端が行き止まりになっていて、魔力が出ていくことができません。ここで、バッテリーの出力を上げていくと――」



 バッテリーのツマミをゆっくりと回していくと、ある地点で杖の先端が発光し、光の糸がフランチェスカの方へと伸びていった。この光は魔力で強化した僕の目には見えているが、他の人からは見えていないものだ。



「杖はいずれ限界を迎え、空間に波を放射します」



「波? それは音のようなものか?」



 オルステッドが質問をした。



「音とは比べ物にならないほど速い波です。私はこれを魔力波だとか、魔法副次波と呼んでおりますが、これは人の目には見えません。実は今も、この杖の先端からは魔力波が放射されています。魔力波は空間をものすごい速さで伝わっていきます。そして、その途中で仲間を見つけるとパスがつながるのです」



 聴衆たちはみな、杖の先端をじっと見ている。

 僕はまた、フランチェスカに視線で合図を送った。

 彼女は、もう一つの装置を僕のところまで持ってきた。装置は彼女の手のひらに載る大きさのもので、その大部分はフォネテシルトと呼ばれる魔物の甲羅である。こちらももう一方の装置――送信機と同様に、特殊な杖が取り付けられていて、両者の杖の先端は光の糸で結ばれていた。



「こちらを送信機、そしてこちらを受信機と呼ぶことにします」



 フランチェスカから装置を受け取り、持ち上げてみせる。



「送信機と受信機――ということは、そちらの装置から、その甲羅のついた装置に情報を送るということだな?」



「その通りです。今、この送信機と受信機は、目に見えない糸でつながっています。情報をやりとりする準備はもう完了しているので、あとは送るだけです。――そうだ、オルステッドさんにこの受信機を持ってもらいましょうか」



 僕は部屋の中央にいるオルステッドのところまで歩いていき、受信機を差し出した。



「べつに構わないが、何をすればいい?」



 オルステッドは僕から受信機を受け取った。



「持っているだけで構いませんよ」



 前に戻り、僕は送信機のレバーのつまみを握った。



「それでは、みなさん。これが、世界初の、魔力波を介した遠距離通信です」



 つまみを押し下げ、下部の突起に接触させた。

 ポーという音が、オルステッドの持つ受信機から鳴った。

 人々の反応は様々だった。驚く者。小さく歓声を上げる者。難しい顔で何ごとか囁き合う父と軍人たち。



「このように、つまみを押し下げている間、音が鳴る仕組みです」



 つまみの上げ下げを繰り返し、ポーポポーポーと音の長さを自由に変えられることを示した。研究者たちはそれに拍手で応えた。



「どうですか? 素晴らしいと思いませんか?」



 部屋を見渡して、聴衆に問いかけると、再び拍手が返ってきた。及第点は得られたようだ。

 それからは質疑応答に移り、理論的、または技術的な部分の疑問にひとつひとつ答えていった。



「――魔力に情報を乗せるのには『触媒法』を用いております。ええ、そうです。我が偉大なる母、エルサ・アヴェイラムが大学生時代に発明した手法ですね。詳しくは彼女の論文、『魔力に単純情報を付加する単純な方法』を読むとよいでしょう。――さて、そろそろ終わりに……ええと、そちらの方どうぞ」



 父、ルーカスが手を上げていた。ここまで、彼が座っている部屋の左後方を極力見ないようにしていたが、手を上げられては、さすがに無視するわけにはいかなかった。



「先ほど、星の裏側でも一瞬で情報が伝わると言っていたが、それは確かか?」



「理論上は、出力を無限大に上げていけば距離の制限はありません」



「実用上は?」



「ここから大陸までならば十分に届きます」



「それ以上だとどうなる?」



「実際にやってみないと確かなことは言えませんが……間に中継機を挟むことで距離の問題はほとんど解決するでしょう」



「そうか。質問は以上だ」



 ルーカスとのやりとりが終わると、背中に汗を掻いていることに気づいた。かなり緊張していたみたいだ。深く息を吐き出しそうになるが堪える。



「それでは、このあたりで講演は終わりにしたいと思います」







 講演が終わると、参加した多くの研究者から話しかけられた。ほとんどが僕に好意的で、講演はまずまずの成功を収めたと言えそうだった。

 軍人たちは僕へ挨拶をするとすぐに部屋を出ていった。ルーカスにいたっては挨拶すらなかったが、仮に話しかけられても何を話していいかわからないから、むしろ助かった。



「オルステッドさん、今日はありがとうございます」



 参加者たちが退室し、部屋には僕、フランチェスカ、ワイズマン教授、そしてオルステッドの四人が残った。オルステッドに礼を言うと、彼は目を細めて気弱そうな笑みを見せた。



「ああ、いえ。いいんですよ。ワイズマン教授にはお世話になりましたから。――あの、変じゃなかったですか?」



「もう、何言ってるの? 完璧だったよ。誰も演技だって気づいてなかったから」



 フランチェスカが、不安そうにしているオルステッドの手を握った。二人は、オルステッドが研究室に在籍していた頃から親密な関係だという。



「まさかオルステッド君にこんな才能があったとは。素晴らしかったですよ」



 ワイズマン教授が満足げに頷いた。



「大げさですって。全部打ち合わせ通りだったじゃないですか」



 オルステッドが困り顔で言った。

 オルステッドの言う通り、今日の講演会は、彼が僕に突っかかってくるところも含め、すべてシナリオ通りだった。

 講演をするにあたってまず僕が心配したのは、真剣に話を聞いてもらえないことだった。硬派な研究者たちからすれば、『話題性ばかりが先行している、名門貴族のいけ好かない息子』という認識が多かれ少なかれあるに違いないのだ。研究には自信があったが、そういう認識を持たれた状態では内容を過小評価されてしまいかねない。

 そこで僕は、サクラを用意することを教授に相談した。するとすぐにフランチェスカ経由でオルステッドに話がいき、何度かのリハーサルを経て今日の本番を迎えることができたのである。

 絶賛する立場ではなく、批判する立場をオルステッドに取らせたのは、その方が本当っぽいからだ。全員が否定的な場に一人だけ肯定的な人間を混ぜても異物と認識され、嘘っぽい感じが出てしまう。だから、オルステッドにはまず聴衆の代弁者として否定的な立場を取らせ、僕との対話により少しずつ彼の考えが肯定的なものに変わっていく様を他の聴衆に見せたのである。



「――ロイさんの学会デビューに貢献できたみたいでよかったです」



 本来のオルステッドは穏やかな性格の男だ。同じ研究室とはいえ、遠い後輩でしかない僕の成功を心より嬉しく思っているのが伝わってくる。



「ありがとうございます。オルステッドさんには損な役回りをさせてしまいましたね。いつか恩返しをしないと」



「気にしないでください。なんの役に立つかもわからない私の魔鉱石の研究が日の目を浴びることになりそうで、実は少しワクワクしてるんです」



 彼の魔鉱石の研究は、受信機側で重要な役割を果たしている。僕の考えた通信技術が広まっていけば、彼の研究にも注目が集まるだろう。



「そう言っていただけると助かります」



 講演会は成功に終わった。

 論文の掲載差し止めという不運に見舞われたときはどうなることかと思ったけど、講演会のおかげで、結果的に他の研究者たちとの交流もできたから、むしろよかったのかもしれない。

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