第12話


 渡り花の庭から研究室の談話スペースに戻ると、フランチェスカはまだソファで休憩をしていた。



「花は見つかった?」



「はい」



「シャベルとか鉢植えとか、探せばどこかにあると思うけど」



「大丈夫です。見ることが目的だったので。それより、魔力バッテリーを見せてもらいたいのですが」



 フランチェスカが怪訝そうに目を細めた。ついさっき、安易に魔力バッテリーなどという流行りものを研究テーマに据えるものは馬鹿だ――とまでは言っていないが、そうともとれる態度を取った僕の真意を測りかねているのだろう。



「もちろん構わないよ。ロイ君もこのラボの一員なんだから」



 研究室を出て、フランチェスカとともに実験室を訪れた。

 ワイズマン研究室は、正式名称を『物性魔工学研究室』という。

 物性魔工学は魔法の特性を工業に応用しようとする学問であり、魔法学の分野の中ではかなり応用寄りに位置している。

 魔法研や魔力研など、ガチガチに基礎研究をしている研究室とは違い、応用的な分野は目に見えて成果が出やすく、一般の人にも比較的理解されやすい。くだんの魔力バッテリーなんかも、大容量化技術が確立されれば軍事利用はもちろんのこと、いずれ市井しせいにも出回り始め、生活のいろいろな場面で利用されるようになるだろう。

 実験室をぐるりと見回すと、多くの不思議道具がテーブルや棚に置かれていた。ワイズマン教授自身は自然界の魔法的な事象を人工的に再現することに重きを置いていて、不思議な力を持つ石や液体などの無生物から、魔物や魔法植物の身体の一部まで、魔法が関わる自然物ならなんでも集めてくるような人だ。

 初めてワイズマン研究室を訪れたとき、周囲の音を再現するフォネテシルトという魔物の甲羅を見せてもらったが、あれも教授自身がわざわざ遠出して集めてきたものだという。そういう意味では、あの渡り花の卒論は教授好みの研究ではあったのだろう。



「一応、これが今うちで一番容量の大きい魔力バッテリーね。卒論生たちの基本的な方針としては、これを改良して効率化を目指す、って感じだよ」



 彼女は棚に手を伸ばし、手のひらに辛うじて乗るサイズのキューブをひとつ持った。金属でできたキューブの側面には木の棒が二本取り付けられている。



「ひとつお借りしても?」



「いいよ。いっぱいあるからね。詳しい仕組みは論文に――」



「もう読みました」



「あ、うん。じゃあ問題ないね」



 僕はフランチェスカからバッテリーを受け取る。



「わかりました。ありがとうございます」



「頑張ってね」



 フランチェスカは僕の肩をポンと叩いて、実験室の奥の方へと歩いていった。

 さて、とりあえずバッテリーに僕の魔力を注ぎ込もう。

 僕はバッテリーを作業台に載せ、スツールに腰掛けた。キューブの側面から飛び出している木の棒の片方――端子を握り込む。二本の端子は入力と出力で、魔力伝導率の高い魔樹の動脈を加工したものである。

 杖を使うときの要領で、僕は端子に魔力を送る。

 現状の魔力バッテリーの致命的な欠点は、蓄えられる魔力容量の少なさなどよりも、むしろこの作業の方なのかもしれない。空になるたびに自分の魔力を入れ直さないといけないのはかなり不便だ。

 魔力が人によって性質が異なることも、普及の大きな障害となるだろう。なぜなら、バッテリーは複数人の魔力を蓄えることができないからだ。たとえば、まず僕がバッテリーに半分だけ魔力を注ぎ、そのあとにペルシャに注ぎ足してもらうと、僕の魔力はバッテリーから抜けていってしまう。この現象は、魔力に魔紋まもんと呼ばれる各人固有の模様のようなものがあることに起因する。

 バッテリーを構成する素子に僕の魔力が流れると、それらは僕特有の魔紋にしたがって向きを変え、整列する。この状態で僕が魔力の注入を止めると、素子は向きを反転させ、魔力が流れ出ていくのを妨げる。これが基本的なバッテリーの仕組みだ。その状態のバッテリーにペルシャの魔力が注ぎ込まれると、僕の魔力の形に整列していた素子たちはペルシャの魔力によって向きを変えられ、溜まっていた僕の魔力は流れ出ていってしまうのである。

 ――っと、このくらいでいいだろう。

 僕は、魔力を送るのを止め、端子から手を離した。目を魔力で強化し、バッテリーを見る。

 黄色と紫の二色の光がキューブの周りに漂っていた。魔法の残滓だ。この光は魔力が消費されたときに発生する。つまり、もし僕が注ぎ込んだ魔力が少しのロスもなくバッテリーに蓄えられるなら、光は見られないはずだった。つまり、どこかで無駄に消費されているということだ。ロスをゼロにするのは現実的ではないが、今見えている光の強さからして、かなりの無駄があるのではないかと思う。まだまだ効率化の余地は大きそうだ。まあ、僕は魔力バッテリーについて研究するつもりなどないから、そこらへんの改良はいつか誰かが頑張ってくれるのを期待したい。

 一度立ち上がり、実験室の棚を見て回り、僕は適当な魔法具を選んで作業台に戻った。杖の先端に球がついている魔法具だ。これは附属校で行われた魔力検査のときに使われていたものと同じものだ。これに魔力を通すと先端の球が熱を発するため、容器に入れた水などを使ってその熱量を測れば、生徒が十分な魔力量を持っているか測定できる。

 魔道具を魔力バッテリーの出力端子側に取り付ける。先端を指で触れると、少しずつ熱を持ち始めているのがわかった。魔力で強化した目には、先端から黄色と紫の光が発せられているのが見えている。魔力バッテリーから道具へと魔力が流れ込み、先端で熱に変わる際に魔力が消費されているのが確認できた。

 作業台を離れ、右手の人差し指の先を魔力で強化した。すると、指の先とバッテリーにつながれた魔法具の先端が黄色と紫の光の糸で結ばれた。それはまさに、さきほど裏庭で見た光景そのものである。

 やはり僕の予想は正しかった。同じ色同士の光はお互いに引かれ合い、光の糸で結ばれる。それは渡り花に限った現象ではないんだ。

 僕が実験室内を移動してみても、指の先と魔道具の先端は光の糸はつながったままだ。

 もっと離れても大丈夫そうだな。

 僕は指の先に魔力を送り続けながら実験室を出た。階段を上り、研究室まで戻る。談話スペースのソファに座っても指の先からの光は途切れず、床に向かって伸びていた。実験室のある方向だ。距離の限界はわからないが、遮蔽物が間にある中でこれだけ届けば悪くない。上々の結果に、僕はしばらく口角が上がるのを止められなかった。

 少しして突然光の糸が消えた。バッテリーの魔力が尽きたのだろう。

 実験室に戻ると、フランチェスカが僕の取り付けた魔法具を勝手にバッテリーから取り外していて、僕の方を振り返った。彼女に取り外した理由を問い詰めようとして、はたと気づく。熱を帯びる魔法具を放置したままこの場を離れたのは、非常にまずかったのでは?

 その程度のことにも気を回せないほど夢中になっていたようだ。それからフランチェスカに研究者の心得をこんこんと説教され、過失を自覚する僕は真剣に彼女の言葉に耳を傾けるしかなかった。

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