第4話
ナッシュ先生から杖を受け取ると、その瞬間、
「何かが、か、体の中から動き出しそうな感覚があるでしょう? それが魔力です。そ、その、か、感覚に抗わず、押し出してみなさい。そうすれば魔力が杖まで勝手に移動します。最初はか、壁に当たればいいでしょう。さあ、狙いなさい。あなたならできるでしょう?」
丁寧な教え方だった。しかし言葉に毒を感じる。嫌われているのか?
僕は杖先を壁に向けた。壁に当てろと言われたが、どうせなら的を狙ってみよう。
「では、お好きなタイミングで」
僕はむずむずしている魔力を軽く押し出してやった。すると、魔臓から少量の魔力が自動的に引っ張り上げられ、その未知の感覚に僕は咄嗟に魔力を押しとどめてしまう。
「どうしたのです? 優秀なあなたでも最初はうまくできないらしい。期待しすぎましたか?」
的から目を離し、ナッシュ先生を見る。彼は呆れたような、もしくは失望したような表情をしていた。
的に視線を戻す。再び少量の魔力を魔臓から押し出し、今度は気持ち悪さを我慢して杖の引力に任せる。魔力が手から杖へと移動し、杖先から半透明の何かが放出された。
的の中心より少し左に命中すると、バチっと音を立てて消えた。
おおー、と小さくどよめきが起こる。
『優』グループの生徒だけでなく、左右の『良』と『可』のグループの生徒も見ていた。音が注意を引いたらしかった。
ナッシュ先生を見れば、眉を寄せて複雑そうに僕を見ていた。
「雷属性……」
ナッシュ先生がボソッと言った。
僕はどうやら雷属性らしい。本物の雷ではないと思う。速いとは思ったけど、視認できる程度の速さだった。僕がよく遊んでいるぶよぶよの無属性魔法に雷の属性が付加された感じだった。
「雷属性は珍しいのですか?」
「エルサ・アヴェイラムさんの他に私はし、知りません」
珍しい属性だとデータが少ないから研究しにくそうだな。エルサは仲間が一人増えて嬉しいかもしれない。言うと実験体にされそうだから黙っておこう。
それにしても、エルサの知名度が高すぎてむず痒い。昔エルサが冗談めかして自分のことを優秀だとか言っていたけど、いよいよ信憑性が高まってきたな。
「大変筋がいい。こ、こ、この調子で励みなさい。――次はヴァン・スペルビアさん。前へ。今年は非常に優秀な学年です。一年生ですでに、し、自然魔法使いこなす生徒が二人もいるのは何年ぶりでしょうか」
先天的に使える身体強化などを自然魔法と呼ぶが、ヴァンと違って僕の身体強化は自然魔法と呼んでいいのか微妙だ。師匠の本で魔力操作を習って
ヴァンに以前、通常の身体強化のやり方について聞いたことがあった。僕の場合、魔臓から魔力を動かし、強化したい部位に魔力を溶かすように滞留させる。一方、ヴァンは「強化したいところに意識を集中してる」とかなんとか、わけのわからないことを言っていた。呼吸をするのに説明が必要かとでも言いたげなあのときのヴァンを思い出す。だんだん腹が立ってきたな。
僕はヴァンを睨みつけたが、彼は苦戦することなく、なんなく杖から魔法を出すことに成功していた。僕の半透明の魔法とは異なり、ヴァンのはオレンジ色の炎を纏っていた。的の外縁部に辛うじて当たる。僕の方が真ん中に近かったから多少溜飲は下がった。
人によって属性が異なるというのは習っていたけど、実際に違いを見せられると不思議だ。同じ杖から出ているのに、電と炎ではまったく別物に見えた。
そのあと、残りの六人も魔法の指導を受けたが、僕とヴァンのようにはいかず、なかなか苦戦していた。その中ではルビィ・リビィが最初に成功していた。それをリアム・ドルトンが憎々しげに睨んでいたのが印象的だった。
他の生徒が悪戦苦闘している間、僕とヴァンは一足先に魔力量を調節する訓練をするように言われた。自由自在に体内の魔力を操作できる僕にとって、魔力量の調節は杖から魔法を出すことよりも簡単だった。だからそれからはとくにやることがなくなった。暇だからこっそり的当てでもしていようかと思ったけどナッシュ先生にバレて怒られる。
魔力が減る感覚に慣れていないうちは、安全のため、魔法を放つ回数の上限がグループごとに決められている。とくに今日は最初の授業だから、教師たちは体調を崩す生徒がいないか目を光らせている。生徒が魔臓不全に陥りでもしたら大変だからだ。
それにしたって暇なものは暇だから、僕はさっきの魔法の感覚を思い出しながら、杖なしで魔力を体外に放出する訓練をすることにした。
人が杖に触れている状態というのは、水の溜まった
四年前の夏休みに小さな魔物を殺したときのことを思い出す。あのとき僕は、自分と魔物の間で魔力を移動させることに成功している。それと同じ要領で、今度は自分と空気の間で魔力を移動させれば杖なしで魔法が撃てるはずなのだが、それがなかなかに難しい。
魔物の体内は人間の体内の組成に近いから、移動は比較的簡単だったが、空気への移動となると相当大きなギャップを乗り越えなければならない。
それを簡易化する杖という道具に、改めて感心する。発明した人には頭が上がらない。
「両手の間の移動はできるんだが……」
僕は|両手のひらを合わせ、右手から左手、左手から右手への魔力の移動を何度も繰り返す。右手と左手の間にはたしかに境界が存在していて、移動するとき多少の突っかかりは覚える。
手と手の間に僅かな隙間を作ってみたらどうなるだろう?
うーん。ぶにょっと半透明の物質が飛び出してくるが、これはただの無属性魔法だ。これに属性を加えるだけだと思うけど、全然うまくいかない。
そうこうするうちに時間は経ち、ナッシュ先生が授業の終わりを告げた。
授業の感想を語り合いながら、僕はペルシャと教室へ向かった。魔臓の蓋を開ける感覚を掴むのは難しいらしく、結局できたのは僕とヴァンとルビィだけだった。魔力量の調節についてはできたのが僕だけで、ヴァンとルビィはできなかったらしい。少し安心する。ヴァンに魔力操作まで簡単にこなされたら流石に自信をなくすところだった。
「ロイ様……申し上げにくいのですが、授業中に不審なポーズをするのは控えていただきたいのですが……」
ペルシャが苦言を呈した。目を瞑って合掌していたことを言っているらしい。たしかに傍から見たら不審だったかもしれないと、僕は反省した。
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