第3話


 附属校の最後の三ヶ月はあっという間に過ぎ、僕はアルティーリア学園に進学した。

 初代女王であるラズダ女王が住んでいた宮殿がほとんどそのまま校舎になっていて、外から見ても中を歩いても建物に刻まれた歴史に圧倒される。中でも有名なのは、『希望の鐘』と呼ばれる背の高い鐘楼しょうろうだ。三つの寮と連絡通路に四方を囲まれた正方形の中庭の中央に、街を見渡すかのごとくそびえ立っている。僕は通学組だから、寮生たちのように毎朝見上げることはないけど、その美しい鐘の音は附属校の頃も聞こえてはいたが、近くで聞くとより重々しい。

 希望の鐘は一日に二度、正午と夕方に鳴らされる。普段意識することはないが、正午の鐘は悪いものを浄化し、夕方の鐘は人々に安息を与えるといった意味合いを持つ。太陽に関係があるらしい。

 とはいえ、附属校の頃と比べて劇的に環境が変わったかというと、そうでもなかった。入学したら成人するというわけでもなく、相変わらず僕は十二歳のまま。卒業式もなければ入学式もなく、ただ進級しただけとしか思えないほどすべてがスムーズに切り替わり、肩透かしを食らった気分だった。

 内部生は附属校の頃と同じように僕を遠巻きにしている。生徒会長までやって附属校に貢献した僕に対して、少しばかり理不尽ではないかと思いはするが、特定の相手以外とは積極的に関わろうとしなかった僕も悪いから彼らの態度には目を瞑ろう。だけど、初対面のはずの外部生からも恐れられているらしいのは納得がいかない。ペルシャと同じクラスにならなければ、今頃一人になっていたに違いなかった。



「僕は話しかけづらい人間だろうか。どうもクラスメイトたちから距離を感じる」



 運動場で初めての魔法の授業の開始を待ちながら、僕はつぶやいた。



「……私はそうは思いませんが、我々の家柄を考えると近寄りがたいと思われても不思議はありません」



 隣に立つペルシャが遠慮がちに答える。

 授業まではまだ時間がありそうだから、僕は芝の上に足を投げ出して座った。右手ですぐ横の地面をトントンと叩いてペルシャにも座るように促すと、彼は腰を下ろした。



「それはわからなくもないが……ペルシャ、君は他のアヴェイラム派閥の生徒と話すことも多いだろ? そこに僕が加わろうとすると、毎回彼らは逃げていくじゃないか」



「それは……やはりロイ様の優秀さにおののいてまともに会話をすることができないからで――」



「――それってペルシャがみんなを怖がらせてるからじゃん。ロイ様は恐れ多い方だとかなんとか言ってさ」



 芝に伸ばした足に影が差した。

 振り向けばマッシュがすぐ真後ろに立っていた。彼の後ろには生徒が何人かいて、案の定、遠巻きにこちらの様子を窺っている。マッシュのクラスの友だちだろうか。



「そうなのか?」



 僕はペルシャに問う。本当なら大問題だぞ。



「そういうことも……あったかもしれませんね。アヴェイラムの名を背負うロイ様にはカリスマが必要なのです。そのために多少のブランディング戦略を行ったことは否定しません」



「そうは言うが……」



「ロイ様も以前おっしゃっていました。カリスマは、素質などではなく作り上げるものだと。エベレストが今みんなから注目を集めるファッションのカリスマとなったのも、本人の素質以上に、正しい戦略があったからです。ロイ様から学んだことを私は決して無駄にはしません」



 ペルシャは開き直ってペラペラと自供を始めた。犯人は炙り出された。僕を孤立させた罪をこの男には償ってもらわなければならない。

 マッシュは喧嘩の種を蒔いたと思えば、すぐに友人たちのもとへと戻っていった。



「僕は生まれながらのカリスマだからそんなことする必要ないだろ」



「ロイ様。自覚がないようですのではっきりと申し上げますが、あなたは少しばかり友好的にすぎるのです。生徒会でスペルビアと行動をともにしていたことは大目に見るとしましょう。サルトルも近年の発展を考えると、決して無視できない相手です。しかし、その他の有象無象に対してはしっかりと線を引いて対応していただきたい。このままでは市民階級の者とも親しくなられるのではないかと気が気ではありません」



 心外だ。さすがに平民とホイホイ仲良くするつもりはない。



「君の行動の意図については納得したが、少し行きすぎじゃないか? アヴェイラム家といえど、僕は次男だし、従兄弟たちも合わせたら僕の代わりはいっぱいいる」



「ロイ様のお爺様――アヴェイラム公爵様は、ロイ様に次男以上の価値を見出し始めているようです」



「どういう意味だ?」



「……あまり申し上げるべきではないのでしょうが、私の行動は祖父のめいによるもの、とだけ」



 ペルシャの祖父、チェントルム公爵。アヴェイラム派閥の中枢を担い、僕の祖父の右腕と言ってもいい存在だ。つまり、ペルシャが僕にいろいろと口出しをするのは、もとをたどれば僕の祖父であるニコラス・アヴェイラムに行き着くということらしい。



「理解した――ということは、僕の行動にいちいち小言を漏らすのは、ペルシャ自身の意思ではないというわけだな。それを聞いて安心したよ。最近君が口うるさい小姑に見え始めていたからな」



「……祖父に言われているとはいえ、私自身がロイ様に対して思うところでもありますが」



「……他人のためにこれほど忠告ができるのは素晴らしいことだ。僕もいい友人を持ったものだな。はは。――おっと、そろそろ授業が始まるみたいだぞ」



 三人の教師がグラウンドに入ってくるのが見え、僕は立ち上がった。右隣から何か言いたげな視線を感じつつ、僕は生徒の集まるところへと歩いていった。






 生徒は魔力検査の成績ごとに十人弱ずつ、三つのグループに分けられた。

 少し離れた位置に大きな石の壁が三つ並んでいる。グループごとにそれぞれの壁の正面に移動した。僕たちのグループは真ん中の壁だ。石の壁には、弓術の練習に使われるような円盤状の的のような出っ張りがある。あれ目掛けて魔法を撃つようだ。

 僕とペルシャは『優』のグループだ。エベレストも同じグループだが、他の二人の女子生徒と行動している……というより二人の女子生徒を従えていると言った方がいいかもしれない。彼女らはエベレストの半歩後ろを歩いていた。さすがだ。

 当然ヴァンも『優』グループだ。あとはルビィ・リビィもいる。彼はこの授業でも巾着袋を握りしめていて、その変わらなさにはもはや安心感すら覚える。心配なのは、いじめっ子のリアム・ドルトンもいることだ。

 ドルトン家はスペルビア派だが、スペルビア派も一枚岩ではないからヴァンも大変そうだ。アヴェイラム派にリアムみたいな問題児がいなくてよかった。

 ふと、視線を感じてそちらを見ると、『優』グループ担当の魔法教師と目が合った。三十代か四十代くらいの前髪の長い男だ。

 彼は僕を観察するように目を細め、ふんと鼻を鳴らした。

 なんだ、今の。



「じ、じ、ジョセフ・ナッシュ。私が『優』グループのた、た、担当です」



 彼はナッシュと名乗った。『優』グループを受け持つということは優秀な教師なのだろうか。



「あなた方はまず、杖の使い方を学びます。こ、こ、これから配る杖は初心者用のものですから、ざ、座学で習った通り、魔力容量が小さく、比較的安全に扱えるでしょう」



 ナッシュ先生の話し方は特徴的だった。彼が言葉につかえるとリアム・ドルトンが笑ったが、本人は気にしていないようだった。



「一人ずつ順にし、指導をしていきます。さ、さ最初は優秀な生徒に手本を見せてもらいましょうか」



 前髪が視界に入るのが気になるようで、男は神経質そうに、何度も横へと掻き上げた。ナッシュ先生は生徒を見回し、僕のところで視線を固定した。



「ロイ・アヴェイラムさん、こちらへき、き、来なさい」



 そんな予感はしていた。何かと指名されることが多い。教師の覚えめでたいのも考えものだ。

 はいと返事をして僕は前に出た。



「あなたのお兄さんは大変優秀でしたよ。まあ、あのエルサ・アヴェイラムさんの子としては、じ、常識的にすぎましたが。あなたはどうでしょうね」



 男は耳を舐めんばかりに体を寄せて言った。あまり気分はよくない。

 ナッシュ先生は手袋をした右手で、袋の中から一本の杖を取り出し、石壁の方を向いた。



「さあ、受け取りなさい」

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