第11話
空き教室に入り、ドアを閉める。
「来ないかと思いました」
教室の中の方から声がかけられた。誰もいないと思っていたから、驚く。
そちらを見れば、リーゼが前回の『おはなし会』で座っていた席に座っていた。
リーゼの母親の姿もあった。リーゼの手を安心させるように握っている母親の手が、なぜか僕は気になった。
「いや、それは、僕のセリフだ」
動揺して言葉が途切れ途切れになる。
「それじゃあ、私は外で待ってるから」
リーゼの母親が立ち上がり、リーゼの頬を優しく撫でると、僕の方へと歩いてきた。自分が入口で立ち止まっていたことを思い出し、僕はリーゼのもとへと向かった。すれ違うとき、リーゼの母親に「お願いします」と囁かれ、ドキリとする。その声からは、前に話したときに感じた必死さはなくなっていて、落ち着きが感じられた。
さっきの二人の触れ合いを思い出し、なんとなく二人の間に信頼関係ができあがっているような気がした。
母親が子を想う気持ちも、子が母親を想う気持ちも、僕には理解できない。でも、二人が寄り添う様子を見たら、この『おはなし会』が少しでも彼女ら親子の助けになればいいと思えた。
リーゼの母親は部屋を出ていき、僕はさっきまで彼女が座っていたところに腰を下ろした。
「――来ないかと思っていた」
「それ、さっき私が言いました」
リーゼから指摘され、動揺していることを自覚した。
彼女の声から弱々しさ消えているような気がして、僕は彼女の顔を横目で見た。僕の方を向いているリーゼと目が合う。事件以来、ぼんやりと遠くを見ていた彼女の目が、今は現実を認識しているように感じた。
僕は彼女の言葉に頷き、前に向き直った。
「あ、ああ。そうだったな――それじゃあ『おはなし会』を始め――いや、その前にひとつ、なんというか――話したいことがある」
「それじゃあ、今日はロイ先輩がおはなしする『おはなし会』ですね」
「そうなるのか?」
「なりますよ。これまで私の話を聞いてくれたから、今度は私が聞いてあげます」
「そうか……。なあリーゼ。もし僕が、事件のことを悲しまなかったと言ったら、ひどいやつだと思うか?」
「思います。先輩はひどいです」
予想外に明け透けに答えられ、たじろぐ。
「それはまあ、そうだろうな……」
「だってアンジーが死ん――いなくなっちゃんだよ?」
リーゼの声からは、怒り――というより困惑が感じられた。
「ああ、わかってる。それどころか僕は、アヴェイラムが彼女の死に関与しているかもしれないと新聞に書かれて、面倒なことになったとすら思った」
「ひどい! そんなのおかしいですよ。絶対……」
リーゼが隣で僕の方を向いたのがわかった。
「僕もそう思う。だから、行動だけはおかしくない自分になろうと思う」
「えっと……」
僕は顔を横に向け、リーゼを見た。彼女は眉尻を下げ、困り顔だ。
「つまりだ。アンジェリカを殺したやつは、この僕が捕まえることにした」
リーゼは一瞬、僕が言ったことが理解できないかのように、ポカンとした。
「え? なんで。だって前は大人に任せるって」
「未来の僕がマシな人間になる選択をしたいからだ」
「あの、よくわからないです」
「これを悲しいと思えるような自分になるために、行動から変えていくという話だ。ほら、苦手なことでも繰り返し練習すれば上達するだろう?」
リーゼが何かを考えるように斜め上に視線をやる。
「――先輩にとっての悲しいって気持ちは、私にとってのロイ先輩ということですか?」
リーゼが僕を見た。彼女の喩えが理解できず、僕は首を傾げた。
「うん?」
「ロイ先輩のこと、最初は苦手でした。でも今は――一緒にいたいです」
リーゼは恥ずかしそうに、僕から目を逸らした。
そんな彼女の様子に僕はヒヤリとする。あんなことがあったにもかかわらず、リーゼは僕に好印象を持っているのだ。
歓迎できることではない。度重なる『おはなし会』により、思った以上に僕は彼女の依存対象になってしまっているらしかった。親友のアンジェリカが消え、その空いた穴に滑り込むように僕が収まってしまったかのようだ。
「君のそれは――いや、そうだな。つまりはそういうことだ」
内心の懸念を言葉にはせずに、僕は肯定した。
リーゼは嬉しそうにクスリと笑った。
「先輩。犯人のことは、やっぱり大人に任せた方がいいよ」
「はあ? 急にどうした?」
この前怒って出ていったのに、どう言う心境の変化だろう。
「先輩と喧嘩した日ね、帰ってから私、お母さんに話したんだ。ロイ先輩が犯人を捕まえる気がないって。そしたらお母さん、そんなの当たり前だって言ってた。いくらロイ先輩がすごくても、子供にそんな危ないことさせちゃダメだって。それで、私も、ロイ先輩にずっと難しいこと押し付けてたんだってわかって、それで……」
リーゼは申し訳なさそうに眉を下げた。
僕が犯人を追う必要はない。ずっと思ってたことだ。だから、リーゼの方から言い出してくれて、僕は心底安堵した。
「ああ、そうだな。僕たちの手に負えることではないだろう」
しかし、口ではそう言いながらも、胸の奥のわだかまりは消えない。
こんなあっさり、他人任せにしていいのか?
僕の人格を決定づける、大きな選択を迫られているような、そんな焦燥があった。
「あの。また、そっちに行ってもいいですか?」
「――ああ」
その後はリーゼがいつものように何かを喋っていたが、考え事に気を取られ、話が頭に入ってこなかった。
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