第7話
生徒会室でヴァンと話していると、ノックの音が響き、歴史の授業の男性教師が入ってきた。
「どうしたんですか、先生」
ヴァンが不思議そうに尋ねた。
「実は、生徒会に――というかアヴェイラムさんとお話したいという方が来ていましてね」
「ふぅん?」
「リーゼ・ボルツマンのお母様がいらしてます。今呼んできますが、丁寧に対応するように」
僕はヴァンと顔を見合わせた。
教師が部屋を出ると、廊下から話し声が聞こえてきた。すぐに、彼は戻ってきて、その後に二十代後半くらいの女性が現れた。
教師は、「それじゃあよろしく頼みますよ」と僕らに言うと、部屋を出ていった。
「初めまして。リーゼの母のロザリンドと申します」
ロザリンドと名乗った女性はカーテシーをした。高位の貴族らしい優雅さの中に几帳面さが見える。
「初めまして、ヴァン・スペルビアです」
「ロイ・アヴェイラムです」
僕は立ち上がって、リーゼの席の椅子を引いた。
ロザリンドはそこへ腰を下ろし、羽根のついた帽子を取った。
「それで、本日はどのような用件でしょう」
席に戻って僕は尋ねた。
「『アンジーに救済を』」
僕はその言葉を聞いた途端、恥ずかしさが込み上げてきた。あの就任式のスピーチ以降、校内の生徒たちの間でそのセリフが大流行していて、言い出した僕でも収拾をつけられないことになっている。勢いでスローガンだなんて、あのときの僕はどうかしていた。
「ええと、それが何か?」
恥ずかしさを顔に出さないよう、僕はいたって真面目な顔をした。
「亡くなったアンジェリカちゃんの無念を晴らすため、ロイさんが提唱したと聞きました」
「提唱というと大げさですが――たしかに僕が言い出したことです」
生徒だけでなく、親にまで伝わっているのは驚きだった。リーゼはしばらく学校を休んでいるから、親同士のネットワークで伝わったのだろうか。
「うちのリーゼがずっと授業に出ていないことはご存知だと思いますが、今どんな状態か聞いていますか?」
ヴァンの方を見たが、首を傾げている。
「いえ」
「――あの子、一日中ぼうっとしてるんです。話しかけても反応が薄くて、でも、一人にするとすごく不安がるんです。だから、私や信頼できるメイドが常にそばにいるようにしてる。だけど、最近は起きる時間も寝る時間もおかしくなってきて、もうどうにもならない状態なんです」
ロザリンドが疲れた表情を見せた。
よく見れば、彼女の目の下にはクマができていて、十分に睡眠が取れていないことが窺えた。
休んでいるとは聞いていたが、思っていた以上にリーゼの状況は良くないようだった。
しかし、その話を僕にする理由はなんだろう。
僕の疑問に答えるように、ロザリンドは続けた。
「実は、ロイさんが『アンジーに救済を』という活動をしていることをリーゼに伝えたんです。そしたらリーゼが、『先輩たち、私がいなくて迷惑してないかな』って言ったんです。だから私、チャンスだと思って、授業には出られなくていいから生徒会だけには行ってみないか提案したの。そしたらあの子、頷いてくれて……」
だんだんと話が見えてきた。
「なるほど。ボルツマン――じゃなくて、ええと、リーゼがここで普通に活動できるように迎え入れればいいわけですね?」
「はい――それと、できれば、リーゼのことを元気づけてあげてほしいの。私たちもなんとかしようとしてはいるのですが、どうにもならなくて。もしかしたら、アンジェリカちゃんとの思い出のある生徒会の環境の方が、リーゼにとってはいいんじゃないかと思うんです」
元気づける――僕には荷が重い依頼だった。はいと即答できずにいると、ヴァンが口を開いた。
「わかりました。俺たちでなんとかリーゼを元気づけてみせます」
「本当ですか!? ああ――ありがとうございます。本当に……」
ロザリンドは安堵した様子で、僕たちに感謝の言葉を繰り返した。
用件を伝え終わり、彼女は帰っていった。
僕は無責任な約束をしたヴァンを恨めしげに見る。
「どうするんだよ」
「何が?」
ヴァンはキョトンとする。
「何がって、リーゼの話に決まってるだろ。僕たちがなんとかするなんて、絶対無理だ」
「やってみないとわからないだろ」
「じゃあどうするつもりだ? 母親や親しいメイドたちがいろいろやってだめだったのを、少しだけ仲の良い先輩の貴様と、大して話したこともない僕とで、いったい何ができるって言うんだ?」
「それはさ、俺だってまだわからないけど、たとえばリーゼに優しく接するとか……」
「僕が優しくなんてできると思うか?」
「それは――まあ、思わないけど」
ヴァンがため息をついた。でも、とヴァンが続けた。
「俺たちにしかできないことだってあるよ、きっと。ほら、ロイだってロイなりにやれることはあるんじゃないか? この前先輩たちに鉛筆をプレゼントしたのは、計算もあったのかもしれないけど、ちゃんと先輩たちのことを考えて選んだんだろ?」
元会長たちへのプレゼントを選んだときのことを思い出す。鉛筆を選んだのは、彼女らにとってプラスになるような贈り物は何かと考えたからだった。
そう言われると、たしかにヴァンの言うとおりかもしれない。
考えてみれば、送迎馬車のときもそうだった。平民生徒のことなど大して気にもしていないのに、彼らに安全を提供したのは他ならぬ僕だ。
「たしかに僕にもやれることはあるようだ――よし、作戦を立てるぞ」
「なんだよ、急だな。まあいいけどさ――そうだなあ、リーゼが辛そうなら力になるとか、そういうことをしていけばいいんじゃないか?」
「そんな適当でどうする。これは僕らの代の生徒会最初の課題。全力で取り組まないと危機的状況に陥りかねない」
「なるほど?」
「僕にいい考えがある」
「なんだよ」
「リーゼと定期的に『おはなし会』を行う!」
「おはなし会? 低学年の生徒たちに本の読み聞かせをする会のことか?」
「そうだ。だが、話すのはリーゼだ。彼女に、事件について思うことなどを語ってもらい、僕が聞き役に徹する。目的は、彼女の抱える問題の特定だ。『おはなし会』で得られた情報をもとに僕とヴァンで解決策を出し合い、彼女の精神の安定化を目指すんだ」
「えっと、話し手がリーゼでロイが聞き手。じゃあ俺は何をするんだ?」
「ヴァンは参加しない」
「なんでだよ!」
「リーゼとそれなりに仲の良いヴァンでは客観性が保てないからだ。僕はこの一年の間、同じ生徒会役員だったとはいえ、全くと言っていいほど彼女と親交を深めていないから適任だな」
「お願いだから、もう少し後輩と仲良くしてくれ……。まあでも、そういうことなら任せるけど」
ヴァンはいかにも信用してなさそうな顔で、渋々と頷いた。
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