第5話


行方不明となっていたアンジェリカ・オーベルトが遺体となって発見されたのは、彼女が姿を消した五日後のことだった。殺された状況から、他殺で確定らしい。犯人はまだ捕まっていない。

 殺人と聞けばクインタスを思い出す。父に撃退され、姿を消してからもう二年以上。彼が再び現れたという可能性はあるのだろうか。

 これまでの被害者の中に子供は一人もいなかったから、関連は薄いかもしれない。

 殺されたアンジェリカ・オーベルトの家は中立派だ。アヴェイラム派の政治家ばかり狙っていたクインタスのターゲットとしては、アンジェリカがあまりにもかけ離れていた。

 リーゼは親友の死後、学校には来ていないらしい。前回の生徒会の集まりを休んでいた。この様子だと近々ある生徒会長就任式にもきっと来ないだろう。僕とヴァンの二人でやることになりそうだ。



 馬車から降りて教室へと向かっていると、人々の視線を感じた。そちらを向けば、彼らはさっと目を逸らした。

 もうすぐ就任式があり、正式に生徒会長となる僕のことを意識しているのか――というと、そういう類の視線ではない。

 注目されることには慣れている。彼らの目に、校内の有名人に向ける好奇心以外の色が浮かんでいるのがわかった。アンジェリカが誘拐されて以降、校内に漂っていたじめっとした空気が、指向性を持って僕にまとわりついてくるようだった。

 教室の中に足を踏み入れると、廊下にいるときに中から聞こえていたクラスメイトたちの声が、凍りついたようにピタリと止まった。少しの間があって、彼らは僕から視線を外し、会話が再開された。

 彼らの視線や声のトーンから、集団の意識がこちらに向いていることは明らかだった。

 教室の後ろの扉が開き、ペルシャが姿を見せた。彼は僕の姿を認めると、顎をしゃくって廊下に出るように促した。

 僕は席を離れ、廊下に出る。



「どうした、ペルシャ」



「ここではなんですので」



 僕とペルシャは人のいない教室に移動した。

 ペルシャが制服の内側から筒状に丸めた新聞を取り出し、近くの机の上に置いた。



「今朝の新聞はご覧になられましたか?」



「まだ見ていないな」



 ペルシャが丸まった新聞を広げる。僕は一面の見出しを見た。



「『附属校女児殺人事件、首元に『アヴェイラム』の文字』――なるほど、どおりでじろじろ見られるわけだ」



 記事を読み進める。

 ――アンジェリカ・オーベルトさんの遺体の首元には『アヴェイラム』の文字が刻まれていたことが巡察隊の調べで新たに判明した。遺体の状態が『クインタス』の被害者のものと酷似しており、巡察隊はクインタス復活の可能性も視野に入れ、捜査を進めている。なお、クインタスとは二年前まで王都を騒がせていた連続殺人鬼で、ルーカス・アヴェイラム――第七代ベルナッシュ侯爵――との激しい戦闘により首周辺を負傷し、以降死亡説がささやかれていた――



「クインタスの手口に似ているとは聞いていたが、なんだこれは? 父上に大怪我させられた腹いせか?」



 満を辞して復活したと思ったら、やることが陰湿すぎて呆れてしまう。これがクインタスのやることか? 大して知りもしないけど、なんとなく、僕の中の彼の像と結びつかない。



「クインタスの意図がなんにせよ、『アヴェイラム』の名が出たことで、ロイ様に疑いの目を向ける生徒は多いようです」



「なんてタイミングの悪い。もうすぐ就任式だというのに」



「ええ。癪ですが、ヴァン・スペルビアにスピーチを代わってもらうことも考えた方がよいでしょう」



 その方がいいか。就任式のスピーチなんて、当たり障りのないことを並べたてて、精一杯頑張りますと言うだけだし、誰がやっても一緒だ。

 こんな状況で僕が出ていって石でも投げられたらたまらない。

 さすがにそんなことまでは起こらないだろうが、アンジェリカの人気を考えると、怒りの矛先が理不尽に僕に向いてしまうことも十分に考えられる。



「そうだな。ヴァンにやらせよう」



「賢明な判断です」



 事件のことに気を取られて感情的にならないようにとだけ、アドバイスを送ってやるか。

 正義感の強い英雄様のことだ。スピーチ中に怒りが暴発したら大変なことに――いや、むしろこの状況を利用した方がいいんじゃないか?



「ペルシャ。やはりスピーチは僕がやるよ。せっかくエネルギーが高まっているんだから、利用しない手はないだろう」



「はぁ。ロイ様がそうおっしゃるなら」



 ペルシャは納得がいかなそうに首を傾げたが、渋々と頷いた。

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