第3話


 週に一度の生徒会の集まりのため、放課後になるとすぐに生徒会室へ向かった。

 誘拐事件の影響か、すれ違う生徒たちはどことなく元気がないように見える。生徒会選挙を勝ち抜いただけあり、アンジェリカ・オーベルトの名は広く知られているし、家柄の人気も凄まじい生徒だ。ショックを受けている生徒は多いに違いない。

 生徒会室のドアを開けると、もう一人の後輩――リーゼ・ボルツマンの泣いている姿が目に飛び込んできた。彼女にそばにはヴァンが寄り添っている。

 その光景に驚き、僕は動きを止めた。

 そうか。それはそうだ。

 仲の良い友人が誘拐されたと聞かされればリーゼのようになるのが普通の反応だ。

 ようやく今、どこか他人事だった事件が身近なこととして捉えられた。

 今日は今度の生徒会長就任式のことについて話そうと思っていたが、やめておいた方がいいのか?



「ボルツマン。具合が悪いのなら今日は帰ってもらっても構わない」



「ロイ!」



 ヴァンが責めるように僕を睨んだ。

 気を利かせたつもりだったが、悪手だったかもしれない。



「わ、私は大丈夫です……」



 リーゼが絞り出すように言った。



「ならいい。それじゃあ早速始めるぞ」



 生徒会長の席に座り、話し始めた。

 議題は僕の生徒会長就任式についてだ。そこで正式に僕が生徒会長となり、就任のスピーチをすることになっている。ヴァンとリーゼとアンジェリカにも簡単に挨拶をしてもらう予定だが、アンジェリカはどうなるのだろう。

 後で教師に聞いておこう。

 話し合いを始めたはいいが、リーゼは聞いているのかいないのか、焦点の合わない目でぼうっとしていたかと思えば、急にあたりを見回してため息をついたり、泣くのを堪えるように喉を鳴らしたりと、明らかに集中できていない様子だった。リーゼほどではないがヴァンも集中力を欠いているようで、これじゃあやるだけ無駄だと判断し、僕は会議を中断することにした。



「今日はここまでにしよう」



 僕がそう言うと、リーゼはハッと我に返り、僕の方を見た。



「ご、ごめんなさい。ちゃんとやります」



「集中できないときにやっても効率が悪い。代わりに全員が気になってることでも話すか? よし、今日の議題を『アンジェリカ・オーベルト誘拐事件』にでも変更しよう」



 誘拐という言葉にリーゼがビクッと体を強張らせた。

 ヴァンが僕を睨んだ。



「おい! ふざけて言ってるんだったら――」



「べつにふざけてなどいない。目を逸らし続けてもしょうがないと思っただけだ」



「どうだか。そもそも、何を話すんだよ。俺たちが知ってることなんてほとんどないのに」



 いちいち文句を言うやつだな。



「事件の詳細を話し合うのではない。事件のことを聞いて、僕たちがどう思っているのかをだな――」



「あの!」



 リーゼが口を挟む。



「どうした、ボルツマン」



「私、アンジェリカが――その、いなくなったとき、一緒にいました」



 リーゼが弱々しい声で言った。



「一緒にいた? それは本当かい?」



 ヴァンが目を見開く。



「う、うん。おととい、アンジェリカの家に遊びにいったんです。それで綺麗な花を見せてくれるって言うから裏庭に出て、途中まで一緒に行って、そしたら……」



 リーゼが口ごもった。



「そしたら、どうしたんだ?」



 僕は話の続きを促した。



「そしたら、アンジーがここで待っててって言って奥の方に一人で行っちゃって、待ってたんだけど、全然戻ってこなくて、おかしいと思って探しにいったけど、見つからなくて……」



 リーゼが俯いた。

 誘拐の直前までアンジェリカと一緒にいたということか。

 僕はヴァンと顔を見合わせた。



「巡察隊にはもう話したのか?」



 リーゼに問いかける。



「はい……」



「アンジェリカの声とか、何か物音とかは聞こえなかったかい?」



 ヴァンがリーゼを気遣うように柔らかな口調で尋ねた。



「き、聞いてないよっ。巡察隊の人にも、アンジーのお母さんたちにも何度も何度も同じこと聞かれたけど、何も聞いてない。本当だよ? だって聞こえてたらすぐに探しにいったもん」



 リーゼは必死な様子で答えた。その勢いにヴァンがひるむ。



「そ、そうだよな。ごめん」



「あ、ご、ごめんなさい……」



 会話が途切れる。

 いろんな人から繰り返し事件のことを聞かれ、うんざりしているのかもしれない。ただでさえ親友が誘拐されて参っているのだから、リーゼの精神的な負担はかなりのものだろう。



「ロイ、ちょっといいか」



 ヴァンが沈黙を破った。

 彼は部屋の入口の方を見やり、立ち上がった。廊下に出てリーゼ抜きで話をしようということだろう。

 ヴァンの後について廊下に出た。

 リーゼが不安そうにこちらを見ていたが、僕はドアを閉めた。



「それで?」



 ヴァンに用件を尋ねる。



「どうする?」



「何を?」



「リーゼが辛そうだから、どうするのかってことだよ」



「もう今日は終わりでいいか? これじゃあ何も進まないしな」



「はあ? リーゼはどうするんだよ。このままほっとくのか? というかロイは平気なのかよ。アンジェリカが誘拐されたんだぞ!」



 ヴァンが怒りを滲ませ、僕に詰め寄った。

 平気か否かで言えば――平気だった。もちろんアンジェリカには無事に帰ってきてほしいと思ってる。でも、今僕たちにやれることは、続報を待つことくらいしかない。

 ため息がこぼれそうになる。

 なんか、この場から離れたいな。

 これ以上事件についてリーゼやヴァンと話すことに、気が進まない。

 僕の感情が二人の抱えているものと比べ、大きな温度差があるのは自覚していた。彼らほどアンジェリカのことを心配できないことに後ろめたい思いがあって、据わりが悪い。

 と、そのときドアが開いた。リーゼがドアの隙間から顔を覗かせた。



「あ、えっと先輩たちが戻ってこないから……」



 リーゼは不安そうに瞳を揺らした。



「ごめん。今から戻るつもりだったんだ」



 ヴァンが部屋の中へ入り、僕もそれに続いた。

 今日はこれ以上続けても無駄だと思い、僕は解散を言い渡した。

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