第2話
二年もやれば魔力循環もだいぶスムーズになる。それに伴い、身体強化も効率よくできるようになってきていた。
しかし、それ以外の魔法技術については特に大きな成長を見せないまま知識ばかりが増えていた。
父や祖父のように戦いに血が騒ぐような人間ではないから、べつに構わないと言えば構わない。僕はやはり魔法の研究に身を置きたいと思っているから、どちらかと言えば母――エルサの考え方に近いかもしれない。
とは言っても、魔法研究のためには知識だけでなく、実体験もある程度は必要だと思っている。
手から魔法を飛ばそうと試行錯誤を繰り返し、もうかれこれ二年ほど。自分には向いていないのかと諦めかけていた。
しかし! ついこの間、ようやく一つのブレイクスルーを迎えたのである。
あの日僕は、いつものように魔力を体の外へと放出しようと試みていた。体の境界に対する認識が間違っているのかと思い、少しだけ考え方を改めてみたところ、透明な膜のようなものが手のひらからビヨっと出てきたのだった。おお、ついに来たか、と、それはもう興奮を抑えきれなかった。
結局その透明な膜は炎や水に変わることもなく透明なままで、「これぞまさに魔法!」といった体験にはならなかったけど。
そんなことがあり、今も手のひらを透明なぶよぶよとしたもので覆って遊んでいる。けど、こいつの正体はさっぱりわからない。
まるで根拠はないが、僕の予想としては魔力と属性魔法の中間状態といったところか。これをさらに進化させれば杖無しで属性魔法を放てるようになると期待している。
属性が炎だとしたら、手から火炎放射みたいな感じだろうか。想像するだけで、かっこいい。
でも、進捗は芳しくない。この透明な状態がどうやって炎や水に変化するのか、まったく見当がつかなかった。
まあそれならばと、せめて何かに役立てようとこいつの性質を調べているところである。
まずは呼び方を決めようと思い、僕はこれを無属性魔法と命名した。面白みも何もないが、おいしそうだからといって、ゼリーなどと名付けたら後悔すると思ったからだ。
無属性魔法はほとんど透明で、目で見るのは難しい。特に薄い膜の状態だと、ほとんど見えない。
操作して厚くすることはできるが、体内の魔力を動かすようにはいかなかった。魔力を操作するのと似た感覚で体の表面を滑るように移動させることはできたが、分厚くするのは難しいのである。体からの距離が離れるに従って、コントロールが効かなくなるからだ。
苦労せずに動かせるのは、薄い膜のときだけだった。薄い状態の無属性魔法は、指で触ってみるとそこに存在していることは辛うじてわかるが、ほとんど視認できない。もし僕が一日中無属性魔法で顔を覆って授業を受けていても、おそらく誰も気づかないだろう。
薄い膜ではつまらないから、頑張って分厚くしようと特訓をしたところ、小指の爪ほどの厚さを短時間維持することはできるようになった。この状態だと、無属性魔法は
気を抜くとすぐに形は崩れ、体の表面にピッタリと張り付いて元の薄い膜の状態に戻ってしまうから練習が必要だ。
指で引っ張ろうともしてみたけど、うまく掴めなかった。
感触はある。が、言葉では説明しづらい妙な触り心地だ。肌触りの良い絹のようでいて、液体を触っているようでもある。
次に舐めてみたが、味はしない。そのとき唾液で指が湿らなかったから、水をある程度弾くらしいことはわかった。
では光はどうだろうと思い、無属性魔法で覆った右手と通常の左手を太陽光に晒してみたところ、わずかに何もしていない左手の方が暖かい感じがした。光もそこそこ反射する性質を持つのかもしれない。日焼け対策くらいにはなりそうだ。
思いつく限りで試してみたはいいものの、まだわからないことだらけである。これから解明していこうと思う。
当面は無属性魔法の操作を上達させることを目標にする。これまでやってきた魔力操作よりも遥かに難しいけど、その分やりがいはありそうだった。
生徒会のお別れ会から一週間が経ち、今年も残すところあとふた月。
休み明け、いつものように登校した僕は、教室のどこかそわそわとした空気に気づいた。
席について隣に座る女子に話しかける。
「なにかあったのか?」
「え、あ、あの。えっと、たぶん昨日のことで――」
「ちょっとアヴェイラム君! オリヴィアちゃん怖がってるじゃん――はい、これ。今日のお菓子だって」
エリィがオリヴィアをかばうように間に入ってきて、紙袋を渡してきた。彼女は隣のエベレストのクラスに毎朝遊びに行っている。そのときにマッシュに僕用のお菓子を持たされるのが通例となっていた。
僕はエリィから紙袋を受け取った。
「ご苦労。怖がるなんて大袈裟だな。僕はただ気さくに話しかけただけだ」
「そうなの? オリヴィアちゃん」
「そう――だと思う」
「そうなんだ。早とちりしちゃったみたい。ごめんね、アヴェイラム君」
「構わない」
「それでなんの話してたの?」
「ああ、教室の様子がいつもと違ったから何があったのかと思ってな」
僕が尋ねると、エリィが顔は曇らせた。
「それがさ、昨日四年生の――」
バタンと音を立てて教室の前の扉が開き、教師が入ってきた。生徒たちに席につくように言いながら、彼女は教卓の前に立った。
「ごめん、席に戻るね。たぶん先生から話があると思う」
エリィは小走りで席へと戻っていった。
隣のオリヴィアを見ると、彼女はビクッと肩を震わせた。彼女は僕に苦手意識があるらしい。席が隣だし、彼女の反応がおもしろいからエリィがいないときにときどき話しかけているけど、まともに会話になったことはない。
「今日は最初にみなさんにお知らせがあります」
全員が席につき、教師がいつもよりも重たい声で切り出した。生徒たちが小声で囁き合っている。
「一昨日より、本校四年生の生徒、アンジェリカ・オーベルトさんの行方がわかっていません。巡察隊の方によると、誘拐の可能性があるそうです。何か事情を知っている生徒は申し出るように」
教室のどこかから小さく悲鳴が上がった。
アンジェリカ・オーベルト。よく知った名だ。
生徒会の後輩コンビの片割れ。物語に登場するお姫様のような楚々とした印象の女子。
何人かの生徒が「やっぱり」などと声を上げている。すでにこの話を聞いていた生徒も多いようだった。
昨日の今日でどこからそんな情報を仕入れてくるのだろう。家族
教師は続けて連絡事項を話すと、教室を出ていった。扉が閉まるや否や、生徒たちは興奮を抑えきれない様子でざわざわと話し始める。
当然の反応だった。学校の中で起こる事件の中で一番大変なものを思い浮かべよという問いがあったとして、返ってくる答えなんてせいぜい、クラスのお調子者が骨折したとか、教師が産休でしばらく交代するとかだ。
生徒が誘拐されるなんて、この狭い世界でなんとスキャンダラスな出来事だろう。
それに、アンジェリカは校内で人気のある生徒だ。
彼女の家――オーベルト家は、この国が誕生する前から続いている由緒正しき北方の一族だ。古い家系特有の嘘か本当かわからないような逸話を持っていて、そういう物語を好む人は多いから、国内でかなり人気のある貴族である。
その家の娘であるアンジェリカは、もちろんこの附属校でも人気の生徒で、堂々一位の得票数で生徒会役員に選ばれている。
クラスは結局、放課後になるまでこの話題でも持ちきりだった。いや、学校全体がそうだった。移動教室で廊下を歩くとき、食堂でお昼を食べるとき、そこかしこでひそひそと、内容の判然としない話し声が聞こえていた。
周囲を
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