第6話
父と兄が乗っていた馬車はクインタスの襲撃時に半壊した。
二人は歩いて公爵邸へ向かい、僕とエルサは馬車で先に行くこととなった。
再出発後、いくばくもなく本邸が見えてきた。
馬車は両開きの門を通過し、中央に設置された大きな噴水をぐるっと回って馬車寄せで停まった。
眼前には、白を基調とした左右対称のレンガ造りの建物がどっしりと構えている。
僕とエルサは馬車から降り、玄関前まで歩いた。
玄関の扉の横には
少し待つと、使用人がやってきて僕たちを中に招き入れた。
二人とも若々しいな。
ニコラスお祖父様とサラお祖母様だ。
「お
エルサが立ち上がって挨拶をした。
ちゃんと丁寧な口調できるんだな、と妙なところに感心する。
僕も続いて立ち上がる。
挨拶をしようと思ったが、その前に祖父が口を開いた。
「ああ、久しぶり。エルサさん。お前は……ロイだったか」
「はい、ロイです。お久しぶりです。お
「ふむ、去年までとは印象が変わったか? ――ところで、ルーカスとエドワードはどうした?」
「駅からここに来る途中、王都でクインタスと呼ばれている男から襲撃を受けました。ルーカスが撃退しましたが、彼らの乗る馬車が破壊され、私たちだけ先に到着したのです。もうしばらくすれば来るでしょう」
エルサが答えた。
「クインタスか……。撃退ということは、ルーカスはそやつを取り逃がしたのか?」
「大きな傷を負わせ、捕らえる寸前でしたが、強力な治癒能力で自らを治癒し逃げていきました」
「そうか。ルーカスが倒しきれないのであれば、警戒を強める必要があるな……」
祖父母と向かい合う形でソファに座る。
義実家で夫不在は気まずいだろうなあ、と心の中でエルサに合掌する。
僕は本邸に来たところで、どうせいつも無視されているから気が楽なもんだ。
「ロイ。お前生徒会選挙に立候補したそうだな」
うおっと、びっくりした。
急に質問されると困る。
えーと、なんでそのことを知ってるんだろう。
派閥内で噂になってたりするのか?
「はい。アヴェイラムの代表として精一杯努めたいと思います」
勝つとは言っていない。
「対抗馬はスペルビアの孫らしいが、当然勝つのだろうな?」
あばば。
逃げられない。
「もちろんでございます。お祖父様のお力添えがあれば、スペルビアなど恐れるに足りません」
あああ。
やってしまったあ。
口が止まらない。
ここまで言って負けたらきっと死ぬんだな。
「ほう、俺に助力を望むか。それはつまり、お前の力だけでは勝てないことを認めるというわけだな?」
「今のところ貴族票はやや我々が有利かと思われますが、平民に人望のあるスペルビアがこれからも平民票を増やしていくとしたら、このままでは厳しいと認めざるを得ません。スペルビア侯爵家の勇名を最大限利用するヴァン・スペルビアに対抗するためには、こちらも家の力を使う必要があると愚考いたします」
貴族票は実際のところ、よくてイーブンだと思う。
お祖父様、見栄を張った僕をどうか許してほしい。
だって、もともとの人気に天と地ほどの差があったんだ。
名声ロンダリング作戦の成功でようやく中立派の貴族からも支持を得られるようになったけど、ヴァンの人気にはまだ及ばない。
貴族票ですらなんとか食らいついているレベルなのに、この上さらに平民票がほぼヴァンに入るんだからやってられないよな。
ほんと負け戦。
だから僕は、彼の人気がスペルビア侯爵家の人気あってこそのものだとさりげなく主張した。
こっちが家の力というズルをするためには、あっちがもうすでにズルしてますよとアピールするしかないんだ。
「なるほど、スペルビアの孫はすでに家柄を利用しているとお前は言うのだな? それならば確かに、お前がアヴェイラム公爵家の力を借りるのも自然であるな」
その通り。
ヴァンはズルいからな。
あんなに生まれや才能に恵まれた人間はチートだから世界はしっかり対策してくれ。
――カランカラン
と、そのときドアベルの音が聞こえてきた。
エドワードたちだろう。
「ルーカスが到着したか。ロイ、話はここまでのようだな」
そう言ってニコラスお祖父様は立ち上がった。
ええっ!
援助してくださらないんですか?
さすがにケチ過ぎない?
可愛い孫の頼みだぞ!
仕方なく僕も立ち上がった。
部屋から出る直前、ニコラスお祖父様が振り返り、言った。
「申し出の内容次第では、援助してやってもよいだろう」
おお!
さすがアヴェイラム派閥のトップだ。
アヴェイラムの末席に連なる程度の、このような卑しきわたくしめに対して、なんと寛大であることか。
もちろん信じてましたとも!
アヴェイラム公爵家での
王都では一人で部屋に運ばれる料理を食べるのが普通だったから、家族で夜ご飯なんて随分久しぶりだ。
銀製のカトラリーと陶器皿がぶつかる硬い音が耳に響く。
ニコラスお祖父様が食事の手を止め、静寂を破った。
「エドワードは進学するのだったな?」
エドワードはナプキンで口を拭いた。
「はい。アルクム大学への進学を考えております」
「アルクムか。それはいい。これで三代続いてアルクムだな」
ニコラスお祖父様は機嫌良さそうに何度も頷いた。
三代続けてというと、お祖父様、ルーカス、エドワードということだろう。
母のエルサもアルクム大学と聞いている。
もし僕がアルクム大学のライバルであるサジータ大学に進学したら、嫌な顔をされるのかもしれない。
「専攻はすでに決めてあるのか?」
「軍事学を専攻しようと思っております。特に、戦争における魔法の運用に興味があります」
「ほう。やはりお前にもアヴェイラムの血が流れているのだな」
戦争と魔法。
魔人領と海を挟んで接する島国のグラニカ王国にとって、火力と距離を併せ持った魔法を戦争に有効活用するのはひとつの大きな課題だ。
特にアヴェイラム公爵家のあるここベルナッシュは魔人領側の海に面しており、魔人と戦争になれば戦いの最前線となり得る。
それゆえ、この家族は戦争に対する意識を重視する傾向にあるのだ。
父のルーカスが40代という若さで軍人のトップを務めていることからも、アヴェイラムの血は感じられる。
食事の間、僕に話が振られることはなかった。
アヴェイラム家の女性陣、エルサとサラお祖母様もほとんどしゃべっていない。
父のルーカスは実家でも寡黙な男のようで、質問にも一言二言簡潔に答えるだけだった。
エドワードの近況報告会みたいになってたな。
僕としては楽でよかったけど。
食事のマナーに気を使い、肩の筋肉が強張っている。
今日は寝る前に魔力循環を念入りに行おう。
湯浴みをした後、与えられたベッドに横たわると、長時間移動による肉体の疲労とクインタスやお祖父様と対峙したことによる精神の疲労が重なり、睡魔に抗うことはできなかった。
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