第3話
選挙出たくないなあ。
どうしてもというわけではないけど、立候補しないで済むならそちらを選ぶ。
そんな僕は今、選挙に出ないための最後の希望のもとを訪れていた。
この人ならばきっと止めてくれるはずだ。
「父上、先日アルトチェッロ侯爵家に招待されたときのことですが、生徒会選挙への立候補を勧められました」
「許可する」
ぱりーん。
希望は砕けました。
なんでも許すじゃん、この人。
ちゃんと蔑んでくれ。
お前には無理だと言ってよ!
「ありがとうございます。それでは」
僕は入室から30秒も経たずに父の部屋を退室したのだった。
選挙か。
楽しみだなあ……。
選挙関連の話題に関して、最後の抵抗で僕はしばらく沈黙を貫いた。
ペルシャは通常の話題の中に上手く選挙の話題を滑り込ませてくるし、エベレストは期待の目で見てくるし、マッシュはお菓子をくれるし。
ん?
それはいいのか。
とにかくこの一週間は大変だった。
昨日ヴァンが立候補届を提出して承認されてからは、視線のプレッシャーが特にすごかった。
今は運動の授業だが、僕たち4人は久しぶりにサボって話し合いをしている。
さすがにもう逃げられないことは理解しているから、僕も諦めようと思う。
「君たちの考えはよくわかった。アヴェイラム派閥代表として選挙に立候補することを約束しよう」
「さすがはロイ様でございます」
「よくわかんないけどすごいね」
「当然ですわ。ロイさま以外ありえませんもの」
謎の信頼だ。
「では今日中にでも届出を――」
「まあ待ってくれ。立候補のタイミングはちゃんと考えてある」
ペルシャの言葉を遮って、僕はそう言った。
「君たちは僕とヴァンのどちらが有利かわかるか?」
「そんなの決まってますわ。ロイさ――」
「スペルビアでしょうね。生徒の数はアヴェイラム派閥とスペルビア派閥に違いはありません。スペルビアの平民人気を考慮しますと、勝ち目はほとんどないでしょう。中立派貴族の票をすべて得ることができてようやく勝ち筋が僅かに見えてくるといったところでしょうか」
ペルシャは冷静に分析ができている。
「その通り。つまり勝ち目はほとんどないということだ」
「しかし、それならばなおさら、早めに立候補するべきではありませんか? 平民票はおろか、中立派すら逃すことになりますよ」
「そうだな。だが仮に今立候補したところで、中立派が僕につくだろうか。結局のところ、この選挙は子どもの人気勝負。家の介入を受けない中立派の生徒たちは、今のままでは僕よりもヴァン・スペルビアを選ぶだろう」
「ボクはロイさまの方が好きですけど」
マッシュはいい子だな。
平民に対する口の悪さに目を瞑れば。
「それにヴァン・スペルビアは容姿も非常に整っているだろう?」
「それは……。ですがロイ様も、ご家族のお顔立ちを考えますと、もう少しお痩せになりさえすれば、スペルビアにも劣らぬ容姿となることでしょう。目鼻立ちもはっきりしておられますから」
ペルシャが僕をフォローした。
女子の意見も聞きたいところだ。
「エベレストはどう思う?」
「わたくしにはよくわかりませんわ。ですがお母さまは、ロイ様がお食事をする姿がとても愛くるしかった、と言っておりました」
それはペットに対する誉め言葉では?
「とにかくだ。僕に対する好意的な印象を抱きやすいタイミングを見計らうべきなんだ」
「はぁ……。それで、そのタイミングとはいったいいつのことなのでしょうか」
「それは、これから決める!」
ペルシャに疑いの目を向けられる。
この男からは、他二人と比べると、微妙に信頼されてない感が伝わってくる。
実態を捉えられていると言うべきかもしれない。
「ロイ様……まさか立候補を先延ばしにしようとのお考えではありませんよね?」
ま、まさか!
「そ、そんなわけないであろう? ある程度アイデアの方向性は決まっている。それをこれから僕とペルシャで時間をかけてじっくり煮詰めていくんだ」
「はぁ……」
ペルシャの目から疑いの色は消えない。
「学校がヴァンの立候補の話題で持ちきりの今、僕が立候補しても印象が薄いだろ? ヴァンの後追いで急いで届出を提出したと思われるのも都合が悪い」
「……それもそうですね。ロイ様のおっしゃる通り、少なくともタイミングを見極めるべきであるのは確かなようです」
「わかればいい」
結局話し合いだけで運動の授業は終わってしまった。
ダイエット中なのに運動をサボってどうするんだ。
立候補するまでに本気でやせなきゃ。
その日の放課後、僕はペルシャの部屋にお邪魔していた。
さきほどペルシャの母親に挨拶をしたが、エベレストの両親のようなくだけた感じは少しもなくて、空気がピリピリしていた。
うちの父親と相対しているときと雰囲気は近い。
挨拶もそこそこに、僕はペルシャに連れられて彼の部屋に向かった。
僕たちは選挙活動の作戦について話し合った。
第一の作戦。
それは、ペルシャが立候補すること。
僕がある条件をクリアできれば、立候補してくれることになった。
その条件とは……僕の学力だ。
ペルシャは僕の考えた作戦の成功には懐疑的だった。
しかし僕も馬鹿だと思われたままでは黙っていられない。
計画が実現可能であることを示すため、僕とペルシャで問題の出し合いをして勝負をすることになった。
「算数、理科、国語、アスタ語は僕の勝ちだな」
数時間後、小学生に完全勝利して威張り散らす僕の姿があった。
理系科目でこの僕が負けるはずがない。
言語系も僕の特殊な生い立ちのおかげか、前世以上に適性があった。
アスタ語は隣国の公用語で近隣諸国では教養のような扱いの言語だ。
僕は前世で二か国語、今世でグラニカ語を話すことができる。
最初に覚える言語と二つ目の言語では習得の過程が大きく異なるが、僕の場合は地球とこちらで二言語を完全な母言語として習得した。
それは、僕のように一度記憶を完全にリセットでもしない限り起こりえないことだ。
おそらくその影響で、言語の知識や操作に関与する言語野が他人よりも発達しているのではないか思う。
ちなみに歴史は完敗した。
完全勝利とは……。
「……お見事でございます。ロイ様が平均よりも優れた方だとは気づいておりましたが、それでもまだ侮っていたようです。申し訳ございません」
ペルシャ、貴様!
エベレストやマッシュほど僕のことを認めてくれてない気はしていたけど、侮られていたとは。
チェントルム家の方針がアヴェイラム家の方針に従うことだから、ペルシャは仕方なく僕と一緒にいるのかなあ、とは薄々気がついてはいたけど。
慇懃無礼という言葉が非常に似合う男だな。
「さて、君も僕の学力を認めたわけだが、計画に変更は無しでいいな?」
「仰せのままに。ところで、ロイ様。数学のこの問題なのですが、どのように答えを導きだしたのですか?」
おっと、まずい。
附属校で習う算数って直感的な思考を養うのが目的だから、代数やらなんやらの武器が使えないんだよな。
だから数学的な導出過程を算数という言語に翻訳して説明しないといけない。
厄介だ。
「あー。ええと、これはだな――」
僕はなんとか無事にペルシャの家庭教師を務めきった。
歴史の話になったときは知識の浅さに呆れられ、立場が逆転してしまったが、全体としては僕に対する信用度も上がったことだろう。
小学生とは言え、学年一頭のいいペルシャに認められるのは気分が良かった。
翌日、ペルシャが立候補届を提出し、話題をさらった。
立候補者が僕ではなかったことを疑問に思う生徒もいるだろうが、ペルシャの優秀さは誰もが認めるところだ。
選挙活動が始まれば徐々に納得してくれることだろう。
アヴェイラム派閥からはペルシャが適任であると。
「ロイさま、これはどういうことですの? なぜペルシャが……」
休み時間、エベレストが納得のいかない様子で僕に問い詰めた。
「昨日ペルシャと話し合ったんだ。そしたらペルシャが承諾してくれた。それだけだ」
「昨日の運動の授業のときは、ロイさまが立候補するとおっしゃっていたではありませんか。アヴェイラム派閥の他の生徒たちもとまどっております」
「放っておけばいい。少し経てば、
「そうかもしれませんけれど……」
「まあまあ、イヴ。私も何度もご再考をお願いしたのですが、ロイ様のご意思はとても固く……。代わりに私が立候補させていただくことになりました。ロイ様には及ばずとも、誠心誠意候補者を務めさせていただきますから、どうかご安心を」
ペルシャは笑みを顔に張り付けて言った。
エベレストは口を尖らせながら、渋々といった様子で引き下がった。
この調子で彼ならば選挙活動も上手くやるだろう。
マルチタスクが苦手だから、やるべきことを絞らないと自身のパフォーマンスが著しく落ちることを、僕は自覚している。
ペルシャが立候補したことで、選挙のせいで最近取っ散らかり気味だった思考がクリアになった。
これで僕は魔法学やダイエットに集中できる。
おっと、歴史の勉強も忘れてはいけないな。
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