第13話


 魔物に襲われてしまったことは無視できない問題だった。

 エリィを引っ張りながら逃げたとは言え、簡単に追いつかれてしまった。

 ヴァンがいなかったらもっと酷い怪我をしていたかもしれないし、最悪死んでいた。



 学校への送り迎えを再開してもらうか、兄に頼んで一緒に登校してもらうか。

 冷え切った家族との関係を積極的に改善するつもりなどさらさらないけど、ここらで一度、家族とコミュニケーションを取ってもいいと思っていたし、物は試しだ、兄に頼みに行こう。



 僕は部屋を出て、同じ階の離れたところに位置する兄の部屋まで廊下を歩く。

 部屋の前までたどり着き、ドアをノックした。



「兄上、ロイです。お話ししたいことがございます」



 少し待つが、返事はない。

 不在だろうか。

 もう一度声をかけようとしたとき、中から返事があった。



「――入れ」



 僕はドアを開けて部屋の中に足を踏み入れた。

 兄のエドワードが椅子に座り、書物を読んでいた。

 こちらを見る気はないようだ。



「なんの用だ?」



「兄上の馬車への同乗をお願いしようかと」



 エドワードは本を閉じ、ようやく僕の方を向いた。



「なぜだ?」



「今日、附属校からの帰り道に魔物の姿を見ました。このまま一人で歩いて通学するのは危険だと判断しました」



 エドワードはポカンと不思議そうな顔をする。



「お前、徒歩で一人で学校へ行っているのか?」



 え、そこから?

 興味ないにも程度というものがあるだろ。



「はい。一年前に送迎をやめさせました」



「そうか。……何故だ?」



「一人になりたかったので」



「なるほど? 話はわかったが、それならば送迎を再開するよう、父上に言えばよいだろう。どうして俺の馬車に乗る必要があるんだ?」



 何故と問われると困るな。

 ただ冷めた関係を少しくらい温めてもいいんじゃないかと思っただけだ。

 兄はアルティーリア学園に通っていて、僕はその附属の初等学校に通っている。

 建物はそれほど離れていないのだから、兄弟が一緒に通うことに何もおかしなところはないはずだ。

 可愛い弟だぞ。

 情に訴えかけてもいいのか?

 よし、訴えかけよう。



「それは……兄上と近頃話をしていなかったので、これもいい機会だと思ったのです」



 エドワードは訝し気に眉を寄せた。

 無理か?



「ふむ……そうだな。行きだけなら一緒に行ってやってもいい。帰りは自分でなんとかしろ」



 まあ、それが妥当か。

 帰りの時間は揃わないだろうし。



「ありがとうございます。ではまた明日」



 僕は兄の部屋を後にした。






 兄の部屋を出て、そのまま父ルーカスの部屋へ向かった。

 ルーカスはめちゃくちゃ怖い。

 食堂でヴァンに睨まれたときも怖かったが、ルーカスはあれ以上の威圧感を常に放っていて、僕は苦手だ。



 ルーカスの部屋の前で一度深呼吸をし、覚悟を決めて部屋をノックした。



「父上、ロイです」



「入れ」



 エドワードのときと違い、返事は早かった。

 ルーカスは書類作業をしていた。

 僕が部屋に入っても何も言わない。

 これは、僕から話し始めろということだろうか。



「父上、今日はお願いがあって来ました」



 父は手を止めない。

 話を切り出してもいいんだよな?

 こういう、「俺は何も言わないけど、お前は俺の意図を察して話を展開してくれ」って感じの教授が前世にいた。

 教授としては歳が若く、授業も効率的でわかりやすかったため、優秀さは存分に伝わってきたのだが、近寄りがたいオーラがとにかく凄い人だった。

 言葉にしなきゃわかんないことだってあるんだからな!



「明日から学校へ迎えをお願いしたいのですが」



「許可する」



 か、簡潔すぎる。

 息子との会話を楽しむという発想は無いのか。

 ……無いんだろうなあ。

 もう退出していい……んだよね?



「では私はこれで」



 父の部屋を出ると、ため息がこぼれた。

 ルーカスは終始作業をしていて、一度も僕の方を見ることはなかった。

 やはり期待されていない、ということなのだろう。

 今となっては気にならないけど、昔はあの態度が悲しかったんだ。

 もっと僕に構ってほしいって、ずっと思ってた。

 今はもう、貴族の次男の扱いなんて程度の差こそあれこんなものなのだろう、と納得しているけど。






 次の日の朝、僕はアルティーリア学園へと向かう兄の馬車に乗せてもらっていた。

 兄も話しかけにくい部類ではあるが、父と比べると断然話しやすい。



「兄上は今年卒業の年ですよね。学園を出た後の進路は決まっているのですか?」



「お前に話す道理はないが……まあ、いずれわかることか。俺はアルクム大学へ進む予定だ」



「有名な大学なのですか?」



「ああ。国内で人気を二分する大学の片方だ。父上と母上……いや、エルサさんもそこの卒業生だ」



 エルサさん?

 随分他人行儀な呼び方だ。



「それは、さぞ良い大学なのでしょうね」



「当然だ。父上の出身大学なのだからな。それにしても……お前、少し雰囲気が変わったか?」



 外見と内面、どちらのことだろう。

 ダイエットの効果を最近実感してきているから、外見のことだろうか。

 他人って意外と体重が増えたり減ったりしても体型の変化に気づかないんだよな。

 逆に言うと、他人が気づくレベルというのは、よっぽど体重が変化しているということになる。

 やはり、僕の努力は間違っていなかった。

 ついに実を結んだんだ!



「そうですね。最近運動をしていて、自分でも痩せてきていると思っていたところです」



「ん? ああ、言われてみれば顔が以前より細くなったか。いや、そんなことはどうでもいい。俺が言っているのはお前の話し方だ」



「そう……ですか? 僕にはわかりませんが」



 前世の記憶の分、知識が増えたことで僕の思考、そして当然話し方にも影響は出ている。

 でも、それを説明するのは難しいから、とぼけることにした。



「本人は気づかないもの、なのかもしれないな」



「話は戻りますが、兄上は大学へ行って、その後は父上のように軍人になるのですか?」



「そのつもりだ。大学では軍事学を専攻しようと思っている」



「母上のように研究職に就くつもりはないのですか?」



「エルサさんか……。俺は彼女と話したことがほとんどない。最後にまともに話したのは、今のお前くらいのときだったか……。覚えていないな。だからか、彼女に憧れて研究職につくという考えは生まれなかった」



 そうだったのか。

 僕だけ放置されていると思っていたが、母はエドワードにも興味が無いようだ。

 もしかしたらアヴェイラム家自体どうでもよくて、研究さえできればなんでもいいという考えの人なのかもしれない。

 白衣姿の邪悪な笑みを浮かべるマッドサイエンティストの姿が頭に浮かんだ。



「そんなに大学に興味があるなら、俺が入学したら連れていってやってもいい」



「それは本当ですか!?」



「あ、ああ。構わない。しかし、それほど興味があるとは思わなかったな」



 僕は将来的に大学で魔法学を学びたいと思っている。

 しかし、それはまだまだ遠い未来の話。

 だから、それを先取りで体験できる機会は貴重だ。

 きっと専門性の高い書物もたくさん見つかることだろう。

 今から楽しみだ。

 それまでに魔法学の基礎をしっかりと習得しなければな。



「ありがとうございます。兄上」



 エドワードは記憶よりも話しやすいように感じる。

 もう少し突き放されるかと思っていたが、今のところとても友好的に会話することができている。

 両親もこれくらいなら助かるのだが。



 それからは学園に関するあれこれを僕が質問して兄が答える時間となった。

 学校関連の知識を予習できるのは次男の特権だな。

 前世でも僕は兄がいた気がする。

 兄の成功も失敗も参考にできるのは本当に楽だ。

 これからもこのアドバンテージをどんどん利用するために、兄とは仲良くしていくことを僕は心に誓った。






 附属校に到着し、僕は馬車を降りた。

 馬車の中にいるエドワードに別れを告げ、僕は教室へと向かった。



 教室に着き、後方の窓際を見ると、相変わらずヴァンの周りには人が集まっているのが見えた。

 中央列最後尾の自分の席へと向かう途中、ヴァンと目が合った。

 ヴァンはにやりと笑った。



「おはよう、ロイ・・



 なるほど、仲良くなったことをクラスメイトに周知させるつもりだな。

 僕はヴァンと同じように口角を上げた。



「ああ、おはよう。ヴァン・・



 僕たちのやり取りを聞き、教室がざわめいた。

 僕は努めていつも通りに席に着いた。

 ペルシャとマッシュが寄ってくる。



「ロイ様、今のは……?」



 ペルシャの驚く顔は新鮮だな。



「ヴァンとは一時休戦することに決めたんだ。これから2年間同じクラスなのに、争い続けるのも面倒だろ?」



「でもロイさま、スペルビアと仲良くしていいんですかあ?」



 マッシュはおそらく、親からスペルビア派閥の子どもとは仲良くするなとでも言われているのだろう。

 良いか悪いかは実のところわからない。

 しかし、キュピレットとモンタギューほど険悪な仲ではないだろう。

 たぶん。



「うーん。ロイさまがそれでいいんなら……。まあ、ボクは絶対に仲良くなったりしないですけど」



 争わないと言ったが、お互いの立場上、教室内で積極的に関わることはあまりないかもしれない。

 僕にもヴァンにも派閥がある。

 それに、僕はいつもの四人で一緒にいるのが結構居心地が良くて、好きになっていた。



 その後、エリィのクラスから戻ってきたエベレストにヴァンとの関係改善の話をすると、彼女は目を見開いた。

 ついでにエリィとも敵対していないことを伝えると、目を見開いたまま石像のように固まってしまった。

 始業時間になり、ペルシャが放心状態のエベレストを席に着かせるのに苦労する様を、僕は自分の席から見守った。

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