第19話

月明りだけがその小さな湖を照らしていた。周囲には木々ばかりで、人家も何もない。

湖は澄んでいた。まるでそのために用意されたかのような、冷たい清潔ささえ感じられた。

そっと包んでいた袋を開ける。中を覗き込むと、まるで精工に出来た人形のような彼の姿があった。

「ごめんな」

生きている間ですら見たことが無かったのに、今この瞬間初めて彼の裸体を見ている。ライトで腹部を照らすと、痛々しい刺し傷があった。

痛かったろう、苦しかったろう、寒かっただろう。

そういうことを考えるとあまりにも心が痛む。


「――――――お前は、俺を聖域だと言ってくれたけど………」


袋から彼を出す。ひどく軽かった。


「ごめんな。ごめん。お前の望む俺のままじゃいられなかったんだ」


その顔を見る。もう目は開かない。あの爬虫類のような瞳をもう一度見たかった。あのふわふわとした声を聴きたかった。


「代わりに、まあ。俺も多分地獄行きだと思うから」


水に浸す。グレーの毛が水面にさあと広がる。本当に、これは俺のエゴだ。彼が望んだわけでは無いことだ。もしかしたら誰も望んでいないかもしれない。


「せめて地獄で、待っててくれよ」


けれど、彼を弾いたこの世界から逃がしてやるには、これしか無かったのだ。


「………………………………………」

そっと手を離す。彼はゆっくり沈んでいき、やがて見えなくなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る