第5話 幕間 1
少年は、勉強ができませんでした。
唯一体育はそこそこだったのですが、国語算数理科社会、そのすべてができなかったのです。
とはいえ少年は頑張っていないわけではありませんでした。
強いて言うなら、勉強のやり方がわかっていなかったと言った方が正しいかもしれません。「学ぶ」という事自体が苦手だったのかもしれません。
子供たちの間にも、ヒエラルキーのようなものがあります。そしてその上の方にいるのは、頭が良い者、運動ができる者、性格が良い者。
少年はどこにいたかというと。
「おまえ、まーたテスト十五点だったのかよ」
「…………っ」
「ほんとにさ、なんで授業出てるのにわかんないわけ?俺が教えてやるよ。勉強」
「えっ………いや、いい………」
「なんでだよ。俺、いつも満点だよ?そういう俺が、なんもできないおまえに、勉強教えてやるって言ってるの」
「………じ、自分でやるから……いい……っ」
がたんと机を蹴り飛ばす音。どうしようもないポンコツのくせに生意気だと罵る声。嘲笑が、罵倒が、暴力が、毎日のように少年の上に降り注いでいました。
まいにち、馬鹿だと笑われて。
まいにち、役立たずだとなじられて。
まいにち、見えないところを殴られた。
少年はそれに抵抗しませんでした。自分が勉強ができないことなんて、誰よりも理解していたからです。
だから、殴られたってしょうがない。蹴られたってしょうがない。泥水を飲まされたってしょうがないし、掃除用具入れに閉じ込められたって仕方がない。トイレに行きたいところを邪魔されて、おなかを押されてしまうのも、それで服を汚してしまうのも、ひどいことを言われても、物を隠されても、ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶ。
幼いながらに少年は色々なものに対して「しょうがない」とあきらめていました。
自分(のせいだから両親にもいじめの事は言わなかったし、先生にも言(い)いませんでした。
というより、信じてもらえなかったのです。
少年をいじめていたのは、クラスの中心人物でした。
頭が良くて、運動ができて、人当たりが良く、クラスの皆から慕われている。そんな日向に生きている人間だったのです。だから誰に言ったところで、「あの子がそんなことするわけない」と言われるに決まっている―――――少年は、そう思っていました。
ある日少年は彼に聞いてみました。
「………どうしておれに構うの?」
少年にはわかりませんでした。
彼には友達もたくさんいるように見えたし、先生からの評判も良い。こんな役立たずに毎日構って、それは楽しいのでしょうか。
「お前見てるとイライラするからだよ」
それ以外に理由、いるか?彼の言葉(ことば)に、少年はぷるぷると首を振りました。
「だよな」
――――――なんとなく少年は、その時の彼の表情が。
欲しいものを買ってもらえなかったときの顔に見えたのです。
「お、もうこんな時間。じゃーね恭さん、また夜に」
「あ、おい………!」
こんなに気になるところで終わらせる奴がいるか、と心の中で叫ぶ。一之瀬はすたすたと歩きながら手を振った。俺はひとり、ベンチに残される。
「………なんだよ、あれ」
いわゆる、身の上話というやつだった。
「(……………少年院上がり、………ってことは)」
ならばこの先彼は犯罪を起こし、社会のグレーゾーンで生きていくことになる。小説と違って展開が読めてしまうのに、それが今の「一之瀬朔」という人間を形作るエピソードであるという一点が続きを求めさせた。あれから、どうなって、今の彼となったのだろう。
「………参ったな。普通に気になる」
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