第4話

もう少しやり様はあったと思うのだ。しかしその瞬間、俺はひどく幼稚な提案をすることによって彼を繋ぎとめたのである。朗読と言えば高尚だが、俺は読み聞かせをしてもらい、相手は言いたいことをひたすら言う。一言で言えばそんなもので、お互いでなくても別に良い関係なのだ。


……とはいえ、あちらにとっても俺の提案は悪くは無かったらしい。

「…………あ」

じわじわと遠くで蝉の鳴く正午、すでに裏口のベンチには一之瀬が座っていた。こちらに向けて手を振っているらしい仕草が見える。こちらも軽く頭を下げて横に座ると「おつかれ」と言った。

「お疲れ。珍しいな、お前の方が先にいるの」

「そーだね。で、さあ」

どうする、と聞いてくる。質問の意図を図りあぐねていたが、つまり―――――

「………お前が話していいぞ。朗読って時間がかかるだろうし、それに。話して昼休みが終わるってのも………」

「おれはべつにいいけど。飯食うくらいしかやることないし。……あ、もしかしておれ、恭さんの昼休みの邪魔してる?」

「いや、…………―――――――――――」

別に、いなかったらいなかったで舟を漕いでいるか音楽を聴いているかなので、そこまでノイズというわけではない。それに、毎日毎日昼休みが合うわけでもない。べつに、と伝えれば一之瀬は「へへ」と笑った。なんで笑ったのかよくわからない。

「そんじゃさ、朗読。いつやる?」

「……お前さえよければ、仕事が終わった後とか」

そこまで行った後にふと思う。会って間もない人間を家にあげるのか、と。しかし家以外にそういうことができる場所というのが思いつくわけでも無く――――――結果的に俺はその後、一之瀬と連絡先を交換し、住所も教えることとなったのであった。

「ありがとね」

「………まあ、他にできそうな場所も無いし」

我ながら警戒心が無さ過ぎる。上京したての田舎娘なら叱っているところだが、俺はそんな可愛らしいものではないので構わない。相手も少年院上がりの成人男性なので全く構わない。

「言っておくけど、読む以外のことはしなくて大丈夫だから」

「あ、もしかしておれが変な事しないか心配なの?」

言葉にしてから俺も大概最悪だな、と思った。そのすぐあとにそんなことを言われては、どうも座りが悪い。嘘どころか逡巡さえも見抜くのかと思うと少し怖かった。

「心配しなくてもなんもしないよ。ただやることやって帰るだけ。デリヘルみたいなもんだと思えばいいんだよ」

「それは色々誤解を招くからやめろ」

「ふふ」

――――――――……一之瀬朔という男の心の内が、まったくわからない。性格はお世辞にも良いとは言えないが、こうして話していると人当たりが良い印象を受ける。……これも声がもたらす効果だろうか。足をぶらつかせながら、そうだなあ、と呟いた一之瀬は首をこてんと傾けた。

「どっから話そ」

「別に俺は、どこからでもいいが………」

「そっか。じゃあ小学校のころの話からするか」

「そんな昔から?どのくらいかかるんだ、それ………」

「いやあ、結構かかるかもね。だからさ、おれがすっきりするまで付き合ってくれよ、恭さん?」


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