第2話

「ねえ、あんた。目ぇ見えないんだって?」

「――――――――――」


あまりに不躾すぎる言葉が降って来たので、声がした方を向いた。逆光も相まって、若い男かな、と声で判断することしかできない。けれどその声も成人男性にしては妙にふにゃふにゃとしていて、なんだか地面に足が付いていないままふわふわと低空飛行している、そんな印象を受けた。

言葉に困っていると、すぐそばに座ったような動きが見える。先程よりも近くなったので横を見ると、ぼんやりながらも丸いサングラスと明るめの髪が目に映った。

「………全盲ってわけじゃない。ぼんやりだが、見えることは見える」

「そうなんだ」

職場の裏口、あまり人の来ないベンチになんともいえない空気が流れた。何をしゃべればいいのだろう。というか、何しに来たんだろう、こいつ。とりあえず俺とこの男は実質初対面であるはずだから、まずは自己紹介をするのが筋だろうか。そんなことを考えていると、相手の方から口を開いた。

「あんたと俺、なんて呼ばれてるか知ってる?」

「障碍者雇用枠」

「せーかい。ひっどい言い方だよねえ?おれは頭、あんたは目」

とん、と指で頭を叩く動作をして、何がおかしいのかけたけたと男は笑った。確か名前は――――――

「……一之瀬、朔……だっけ?」

「そう、よく知ってるね」

「よく知ってるもなにも」

一之瀬朔という男が入社したのは半年ほど前の話だ。社長がどこからか前科持ちの青年をを拾ってきた、と風の噂で聞いたのが確かそのあたり。見た目は整っているものの、いかんせん頭が弱すぎるという理由で、しばらくは死体埋めだのといった誰にでもできる雑務をこなしていたのだそうだ。しかし、少ししてから彼の特技が明らかになった。

「嘘を全部見抜く超大型新人、なんて言われたらそりゃ頭に残るだろう」

「え、買いかぶりすぎじゃない?」

「実際どうなんだ。嘘って全部わかるものなのか?」

「わかるよ」

何事もなげに言う。そういうの、どうやってわかるものなんだろう。目を見てだとか、汗が滲むだとか、そういう体の変化に対してのアンテナの感度が良いのだろうか。

「いや、勘。」

「勘なのかよ………」

「うん。おれ、頭悪い代わりにさあ、ダイロッカン、はすごいらしいんだわ。人間ってか動物だね」

「人間は動物だろ」

一之瀬の言葉が止まった。そうして俺の顔を覗き込むようにし、にやりと笑った(ように見えた)。

「あんた、面白いな」


それが、一之瀬朔とのファーストコンタクトだった。

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