作るご飯の量が増えた≪秋≫

 今は秋。彼女がこの家に来てから1年位は経った。

 今日は何だか帰りが遅い。好都合だ。最近は休みの日でもよくくっついてくるからこうやって1人で考える時間がない。


 思い出すんだ、これまで何があったかを。日付は分からなくても季節を辿れば少しは思いだせるはず―――



 ◇◇◇


 井上と同居生活を始める上でまず決めたのはルール。

 お互いに遠慮なく過ごせるように生活費は折半。ベットは交代で寝る。お互い必要以上に干渉しない。お金のない井上には生活費を入れるのは余裕ができてからでいいからと伝えた。

 一人暮らし用の狭い部屋。別に掃除は大変じゃない。困ったのは――


「織田くん、朝御飯どうぞ~」

「……あ、ありがと」

 俺は目の前にある物が何か一瞬わからなかった。多分元々は卵だったもの。黒くてぼそぼそしているが。


「……あっくんにもご飯作ってたの? 」

「うん、いつも『美味しい』って食べてくれてたよ」


 あっくん……君はこの子に愛がなかった訳ではないんだね。口の中に君の苦労が染み渡るよ……。


「俺、料理なれてるから今度から作るわ」


 2人とも家にいるときは、料理は俺の担当業務になった。実家でも家族に作ってたから苦じゃない。彼女の料理を食べる方がよっぽど大変だ。

 たた、小夜用の箸とマグカップはそっと戸棚の奥にしまった。


 ◇


 井上が「織田くんのご飯本当に美味しい~」と言って食べるのでつい料理を作り過ぎてしまう。

 井上が「私、太ったかなぁ? 」と聞いてきたが、まだまだ女性らしい身体つきとは言えなかったので、気にせず沢山餌付けした。口をいっぱいにして食べる姿はハムスターのようで面白い。そして可愛い。動物的な感じで。


 ◇


 同居して1ヶ月位後には、井上の便宜上の『彼氏』を引き受けたが、別に何も変わらない。

 井上の実家から送られてきた小包には夫婦箸とお茶碗が入っていたので、食事の際、俺達はお揃いのそれを使うようになった。

 井上の親の期待に沿えるように、早く彼女に良い男を見つけてもらわなければならない。


 ◇


 生活スタイルが変わったからか、ソファーで寝ていたからか、井上が風邪を引いた。看病をしていると、実家を思い出してより妹感が増す。

「頭痛い」と言って俺の手を自分の頭の上に持っていく井上。彼女に触れるのは初日に慰めて以来2回目。


 別に必要なら自分の手位いくらでも貸してやる。こんなこと何でもない。この子は守るべき存在。でも本当に傍にいて守りたいのは……。


 また体調を崩されても困るので、ベッドは常に井上が使うことにさせた。俺はソファーで問題ない。


 ―――が数日後、起きると井上が何故か俺と一緒に寝ていてびびる。


 問い詰めたら

「織田くんに風邪を引かれたくない。これから寒くなるからベットで一緒に寝た方が光熱費の削減になるよ? 」


 と言いくるめられて、ベットで一緒に寝るようになった。まぁ確かに温かい。


 それに全然手を出す気にならないから大丈夫だ。妹か動物と寝てるような感じ。


 困ったことは隣に温もりを感じながら寝ると、小夜の夢を見ること。朝起きて隣にいるのが井上だと気づく度に悲しくなること。


 ◇◇◇


 最初の秋はどうやら俺も井上もフォーリンラブしていなかったらしい。思い返してみると、元カノに未練たらたらで恥ずかしい。


 ほんと、恥ずかしい。


 井上はこんな女々しい男のことをどう思っていたのだろう?

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