2回目の『好き』
小夜の友達の結婚祝いは、ネットで調べながら2人で楽しく選んだ。
俺は彼女に伝える2回目の『好き』は、プロポーズのときと決めていた。
でも収入よりも仕事内容と勤務形態で選んだ転職先の給料は、彼女の収入より劣っているのも分かっていた。
だから確実に彼女を幸せに出来るときまで、その言葉は大事に取っておくつもりだったんだ。
小夜が俺の事を『さく』と常に呼ぶようになって、
仕事終わりの彼女が家に来るようになり、
人通りのない暗い夜道でなら、小夜から手を繋いでくるようになって、
俺は彼女の事を更に愛しく思うようになっていた。
そして、その日はやってきた。
ピンポーン
「小夜、どした? おかえり」
金曜日の夜。予告のない訪問。最近頻繁に訪れる彼女に『おかえり』と声をかける。
「さく……」
中に入って来ず玄関に立ったままの小夜は泣きそうな顔だった。
仕事で嫌なことでもあったか。
「小夜、こっちおいで。どしたー? 」
手を引いて靴を脱がせて抱き締める。
いつもの小夜の匂い。動かない彼女をお姫様抱っこしてソファーまで運ぶ。
「何かあった? 疲れちゃった? 大丈夫だよ」
いつも通り彼女の頭を撫でる。優しくキスをして―――
「小夜?」
いつもなら嬉しそうな顔をする小夜の顔が、かえって悲しみに歪んだ。
「さく、ごめん……」
「どした? 謝んなくても――」
「別れよう」
その言葉は青天の霹靂。
俺は上手くいっていると思っていた。俺といるときの小夜の顔は前よりもずっと幸せそうだったから。
「……別れたい理由は?」
苦しそうに涙をこぼす彼女に詰め寄ることなんて出来ない。優しく問い掛ける。
「私、さくと一緒にいたら駄目になる。
……さくは優しいから何でも言うこと聞いてくれるし、文句何て言わない。すごくすごく心地良くて、さくとずっと一緒にいたくなる」
「いくらでも一緒にいたらいいじゃんか? そろそろ2人で住んでもいいかなと俺は思ってたよ」
それは事実。
彼女が頻繁に来るので真面目に検討していた。一緒に住めば今までよりも甘やかしてあげられるし、危ない夜道を歩いて小夜がいきなり俺の家に来ることもなくなる。
「違うの。さくと一緒にいると、仕事とか嫌なこと、全部頑張りたくなくなっちゃうの。ずっとさくの傍だけにいたくなる。どんどん我が儘になって欲張りになってそんな自分が私は嫌い。
さくのことは凄く好きだけど、もう一緒にはいられないの。仕事だって頑張りたい。結婚だって、友達と比べて、転職したさくの事を心の中で悪く思ったりしたくない。
さくが好きな私のままで終わらせたい。ごめんね、さく。全部私が悪いの」
小夜の顔は涙でぐしゃぐしゃ。
それでも必死に俺を断ち切ろうとしている言葉は俺の心に届いた。胸が張り裂けそうな位に届いた。
「そっか、ごめんな。俺が転職したり一緒にいたりしなければ、小夜が苦しんだりしなくて済んだのに」
一緒の仕事だと正直自分自身も手一杯で、サポートするなら自分が変わろうと思った。あと、俺より仕事が出来る小夜がどんどん仕事を任されていく姿を単純に見たくなかった。そのうち自分と比較して嫉妬してしまいそうで。
全部彼女の為にやっていたつもりの事が別れの原因なんて笑えない。
「ううん、私がさくに甘え過ぎたの。私がもっとちゃんとしてればいいだけなのに、ごめんなさい」
彼女の手が俺の腕にすがるように掴むから、反射的にいつものように抱き締めてしまった。
「さく……最後にひとつだけお願い」
「なに?」
この腕の中の大事な人のお願いなら何でもきく。
「『好き』って言って欲しい。
さくが言葉よりも行動で気持ちを示すタイプなのは知ってたし、十分伝わってたけど……
温もりは消えちゃうから、最後に言葉が聞きたいの。嘘でもいいから」
あんなに固執してきた俺の信念は――打ち破られない。
「小夜、俺は小夜の事が大好き。
誰よりも愛してる。
今の仕事でもっと給料上がったら一緒に住んで結婚したいと思ってた。ずっと一緒にいようと思ってた。
でも、それが小夜の為にならないなら別れる。俺はこれからも小夜を誰よりも応援したいから。
そして、俺は自分の言葉に嘘は絶対つかない」
安易な言葉なんて言わない。
「さく、今まで言われたどんな『好き』よりも嬉しい。ごめんね、ありがとう」
そうして、俺は小夜と別れた。
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