甘えたがりの可愛い彼女
「小夜っ!ごめんな。待たせて」
井上と別れてすぐ小夜に連絡した。待ち合わせ場所に指定されたのは駅の改札前。
「朔也、走ってきたの? そんなに急がなくても良かったのに」
これ以上待たせられるか。
デート中なのに他の女と一緒にいる彼氏なんて良い気分にはならないのは知っている。
「急ぐに決まってんだろ? 待たせてたんだから。
小夜どこ行く?お腹空いたかな?何か食べたいもの決まった? 」
今は昼間の11時前。待ち合わせは10時だった。会ってから少し買い物をして、お昼ご飯を食べてから家でまったりするプラン。
小夜が友達の結婚祝いを選びたいと言っていたから、それを2人で選んで――
きゅっ……
控えめに小夜の指が俺の手に絡む。触れているのは指先だけ。でも少し力がこもっている。何か言いたげな手。
人前ではいつも一切触れてこないのに――。
「どした? 」
彼女の目を見て優しく問いかける。
「朔也、帰ろ?」
「ん、分かった。でも食べるもん何もないよ? 」
「後で頼むからいい」
何の後でかは家に帰って彼女に聞いてみよう。俺達は改札を抜けて電車に乗った。
行き先は――俺ん家。
紺色の膝丈ワンピース。いつもより高めな華奢なヒール。伸びた白くて細い二の腕、形の良い鎖骨。赤く艶めく唇に上向きの睫毛。その奥から俺を見つめる瞳。
家の中に入ってから繋いだ手には、きれいに整った桜色の爪。そして、ヒールを脱いだ足には靴擦れ。皮が剥けて痛々しい。
「痛かったな。ごめんな」
「何で朔也が謝るのよ? 」
「待たせたから無駄に歩かせた」
きれいにしてから絆創膏で保護して隠す。
「朔也……」
「なにー? 」
俺を見つめて両手を広げる彼女。
このサインは―――ぎゅーしてだ。
勿論してあげる。彼女の髪も、香水をうっすらつけた肌も良い匂い。心地よい体温と肌触り。小夜以上に俺が癒される。
すりすりしていると、小夜が嬉しそうに笑う。笑う唇を塞いでやると、今度は瞳が溶けるんだ。
「朔也、口紅ついちゃったよ? 」
彼女の細い指が俺の唇をなぞったから、その指を食べてやった。
「ちょっ、朔也、ちょっと待って……」
待たない。待たせたから。
「さく、ねぇ、頭……撫でて欲しい」
遊んでいたら、やっと甘えっ子モードに突入した。小夜は甘えるときは俺の事を『さく』と呼ぶ。
撫でてやると気持ち良さそうに目を閉じて、遠慮なく俺の身体に体重を預けてくる。心地よい場所を探しに探した小夜は今、仰向けになった俺の上に寝転がっているんだ。
「重いー? 」
「全然」
「どいて欲しい? 」
「ううん」
「手疲れたー?」
「別にへーきっ」
好きなだけ撫でてやるし、そんなんで疲れたりはしない。
「さく、やさしーい。ふふふ。さくの心臓がとくんとくんいってるー」
俺の胸の上に耳をくっつけて耳をすませる小夜。
職場では理路整然と話す彼女が、意味のない会話をするのは俺にだけ。俺は転職したけれど彼女は元々職場の同期だ。
だから普段どれだけ彼女が気を張って頑張っているかは知っている。
しばらくそうしていた小夜は、ずりずりと上の方まで上がってきた。
「さく」
目を閉じて顔を近づける。このサインも簡単。ちゅーして、だ。
ほら、言葉で言わなくたってこんなにも気持ちは通じ合える。
小夜に『好き』って言ったのは付き合った時の一回だけ。でも彼女は不満を言ったりしない。
今回も前回もない。
俺はいつも行動で彼女に『好き』って言ってるから。そして、小夜はそれを分かってくれるから。
だから俺は彼女の事がこんなにも好きなんだ。
ちゅっ ――――――ほら伝わった。
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