甘い言葉
「おいし~」
ファミレスのプリンをパクリと食べて、幸せそうに震えるウサギ。
ああ、全く昔と変わっていない。その嬉しそうな顔も、言う言葉も。
「で、何で帰る家がないの? 井上の実家、ここから電車で30分位だろ? 」
中学が同じなので俺の実家とも家は遠くないはずだ。
「そうなんだけど、実家には帰れないの」
「なんで? 」
「彼氏の家に同棲するって行ったら反対されちゃって飛び出しちゃったの」
俺の頭の中に、井上の中学の頃の歴代の好きなやつの顔が浮かぶ。……うーん。
「んじゃ、その彼氏ん家は? 」
「それが、急にもう帰ってくんなって言われちゃったの……なんでかなぁ?」
目に見えて元気がなくなり項垂れる井上。
こんなの問題でも何でもない。答えは決まっている。
「親に謝って、理由話して、実家に帰れ。それが一番」
きっぱり言うと井上は顔を上げた。
「『あんなやつ信用できない』って言ってきたんだよ? 酷いよ。私の大事な彼氏なのに……」
井上の目が無駄に潤う。ああ、こんなのは無駄な涙だ。
「そう言うこと言われるってことはそれなりの理由があるだろ?
しかも、急に『帰ってくんな』って言うとかどんだけ自分勝手野郎だよ? 何で井上はそんなやつ好きなの? 」
昔と同じように少し苛ついてくる。言葉にも少しイライラを込めてしまった。
「織田くんまで、変なこと言わないでよ。
あっくんは、いつも何回も『好き』って言ってくれるし、『こんなに一緒にいて楽しい子はいない』って言ってくれるもん。
きっと、ただ機嫌が悪かったか、何か私が悪いことしちゃっただけ」
はい、確定。こいつは全然変わっていない。
中学の頃、井上が陰で何て言われていたか――チョロい女。すぐ好きになって騙される。
部活の先輩は――二股。
理科の先生は――ロリコン。
同級生は――賭けをしていた。
何度騙されて泣いても懲りない。言葉をその表の意味通りにしか受け取らない。分かりやすい愛情表現しか理解出来ない。
彼女の事を本気で好きだったやつもいたのに、要領だけ良くてズル賢いやつにいつも目の前でかすめ取られる。
そういうやつが俺は一番嫌い。そして、ちゃんと自分を思ってくれるやつの存在に気がつかない彼女のような人間も。
「言葉なんて言おうと思えばいくらでも言えるし減らないんだよ。
表面だけ吐く程甘ーい言葉で、女の子落とせたらそれに越したことはないと思う最低野郎もいるの。
言葉にちゃんと責任感を持つかはその人次第。
中学の頃しか知らないけど、悪い意味で全然変わってないわ。いい加減言ってる言葉じゃなくて、その人自身を見たら? 」
言い過ぎた。いくら昔のことがあったからといって、彼女は全く気付いていなかったことなのに。
俺の友達は彼女のことを密かにずっと想っていた。給食でプリンが出る度にあげたくても渡すことさえ出来ないシャイな男。挨拶出来たと言って顔をくしゃくしゃにするあいつ。
分かりやすく変わる井上の視線の先に、あいつがいないのがどれだけ悔しかったか。
本当は友達の変わりに気持ちを伝えたい位だったけれど、あいつは絶対首を縦に振らなかった。
泣かせてしまった。
自己嫌悪が俺を襲う。
友達が見たら怒るかな? あいつは早くに結婚して今年父親になった。
「だって……でも好きなんだもん。嫌なことされても言われても悪く思えないよ」
喉から絞り出すような井上の言葉。
それも知ってる。どんなに酷い事をされても彼女は好きになった相手を悪く言ったりはしないんだ。
ずっとテーブルの上に置いてあった彼女のスマホが震え始める。
「あっ、織田くんごめん、ちょっと電話出なきゃっ」
大事そうにスマホを持ってファミレスを出ていく恋するウサギ。その足取りはぴょんぴょんと嬉しそう。
帰ってきた時には涙は乾いていて、無邪気な笑顔で俺を見る。
「織田くん、色々ごめんね。
『帰ってこい』って私大丈夫だよ。ありがとう」
「俺は実家に帰った方が良いと思うよ? 井上がそれでいいならそれ以上何も言わないけど 」
「私、今回の『好き』は本物だと思うの」
好きに今回も前回もない。本当は一回だけで十分だ。
「あっそ、んじゃ連絡先だけ交換しておこ? 今度追い出されたらあんなとこで『神待ち少女』せずに俺に連絡して? 」
「へっ? かみまち少女って何?」
こんな無駄話をしている場合ではない。もう40分も小夜を待たせてしまった。
井上が重い荷物を引きずるように歩いて行くのは見るに忍びなかったが、あれは俺の仕事じゃない。
俺の彼女は小夜で、今から俺は俺のやり方で彼女を癒すんだから。貴重な時間をくれた優しい彼女を。
大事なものはいくつも持てない。
俺は1つだけ選んでちゃんと両手で持つんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます