俺の彼女は――
「井上、こんな目立つところで何で泣いてんの? 危ないだろ? 」
大きめのカバンを持って泣いている彼女は、端から見たら家から飛び出してきた家出少女だ。家に泊めてくれる『神』を気取った男達が群がってきてもおかしくはない。
「危ない? こんなに人がいるのに? 」
彼女はやはり全然分かっていない顔で聞き返す。理由を説明するよりも泣き止ませた方が早い。何しろ俺には時間がない。
「何で泣いてたんだ? 良かったら聞くから話してみなよ。 あっ、ただ……うーん5分位で頼む」
腕時計で俺は時間を確認した。待ち合わせまで後15分。もう到着はしているのだからここにいればいいのだろうが、余計なトラブルは避けたい。
「へっ? ん?んーっとね、実はー帰る家が無くなっちゃって……へへへっ」
ご飯食べそびれちゃって、位の軽い話し方で言った割には問題はヘビーだった。本当に家無し少女だったとは。一旦止まっていた彼女の涙はまた止めどなく流れ始める。
「まじか……うーんと、井上とりあえず――」
あのとき俺は何て言おうとしたのだろう?
俺の家に来る?――あり得ない。そんなこと出来ない。だって俺には……
「朔也。口悪いのは知ってるけど、何で中学生泣かしてんの? 」
後ろからよく知った声がした。いつも待ち合わせよりもほんの少し遅れて来るのが常なのに、何故今日は早めに来るのだろう?
「
「ええっ? 」
心底驚いた様子の俺の彼女は、俺と井上を見比べる。そんな俺達にはお構い無くぼろぼろ泣き続ける井上。小夜が俺の事を睨む。
「まぁ、同級生っていうのは信じるとして。何で久々のデートの前に女の子泣かしてんのよ?」
いつもはパンツスタイルが多い小夜が珍しくワンピースを着ている。
心なしか化粧もいつもよりも気合いが入っているような?
もしかして、待ち合わせ場所にも早めに来て俺を待っているつもりだった?
久々のデートを楽しみにしてくれていた?
やべっ、可愛い。
内心その可愛さに悶えるが、俺はそんなことは顔に出さない。
「俺が泣かしたんじゃない。ここで派手に泣いてて、変なおっさんが寄ってきてたから追っ払っただけ」
「ああ……それは寄ってくるでしょうね」
小夜は井上をちらりと見てため息をつく。いかにも『守ってあげたくなる小動物系の女の子』は小夜が苦手とするタイプだ。
俺の彼女の小夜は『一見サバサバしているように見えて実は甘えたがり』
だから、上手く甘えるし、無条件に可愛がられる小動物系はきっと羨ましいのだろう。
それを知ってるのは彼氏の俺の特権。甘えん坊の彼女を見るまでの道のりは長かった。
「あっ、デートの待ち合わせだったんですよね。ごめんなさい。邪魔しちゃって。
織田くん、話しかけてくれてありがと。何か元気出てきたし私は大丈夫だよっ」
俺達の雰囲気に申し訳なく思ったのか井上が口を挟む。
まぁ、こいつも中身はもう大人の筈だし、そう言ってるし大丈夫だろう。と振り返る。
―――いや、全然大丈夫じゃなかった。
笑顔を浮かべながらも、全然涙が止まっていなくてかえって悲惨な状態。
「……小夜、ごめん。ちょっと俺、これはほっとけないわ。ほんとごめん」
「ったく……1時間だけあげる」
俺の顔を見ずに背を向けた小夜は人混みの中に消えて行った。
「えっ、あっ、織田くん、彼女さん行っちゃうよ? ねぇ、私の事はいいから追いかけて? 」
慌てた井上の声が横から聞こえてくる。しかし、俺の目は小夜の背中しか見ていなかった。スマホを出して急いでメッセージを打ち、優しい彼女に送る。
【小夜、本当ごめん。ワンピースもメイクも時間も。出来るだけ早く終わらす。美味しいもの奢るからなに食べたいか考えておいて? 食べたら俺ん家帰ろうな】
小夜とはもう1年の付き合いになる。
『俺ん家帰ろうな』がどんな意味かも彼女はよく知っている。
仕事で忙しい彼女の大事な休みの日。沢山甘えさせてあげないといけない。
【ほっとく朔也よりもほっとけない朔也のがいい。でも、早く2人きりになりたい】
意外にもすぐに返事が来た。
俺だって早く2人きりになりたい。
「織田くん? 」
俺を見つめる井上。人の心配してるときは泣かないらしい。
「井上、その家問題、早く解決しよう。
早く解決した分だけ俺は早くデートに行ける。 プリン好きだったっけ? ファミレスのでいいなら奢るから行くぞ」
俺は井上の横に置いてあったでかいカバンを持って歩き出す。見た目以上に重い。こんなのをこの子は自分でここまで運んだのか?
「えっ、織田くんー、彼女さんは? 」
「俺の彼女は困ってる知り合いをほっとけなんて言わないの。分かったら早くついてきて」
俺の彼女は小夜。俺の前だけ甘える可愛いキャリアウーマン。
決して目の赤いウサギではない。
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