第17話 お誘いしますね
「おはようございます」
「...おはようございます」
目を覚まして直ぐ、アスクの目に入ってきたのは自分をボコボコに殴り倒したアーサーの姿だった。
最近この人の前で気絶したばかりだというのに、今度はこの人の手で気絶させられてしまい少々不満げなアスクだった。
そんなアスクの様子を見てなんとなく分かったのか、アーサーは慰めるように声をかけた。
「アスクさん、あまり気を落とさないでくださいね。
自分で言うのもなんですけど私は結構強いですから、その私に膝をつかせたのはすごいことですよ」
「分かってはいるんです。でも、これじゃまだ足りないんです。もっと...もっと強くならないと...」
慰めるつもりが更に険しくなってしまったアスクの顔を見て困ったように腕を組むアーサー、そのまま少し時間が経ち何かを思いついた様子で部屋の外へと出てしまった。
直ぐに戻ってきたアーサーの手には封筒が握られていた。
「どうしたんですか?」
「単刀直入に言いますね。私のクランに入りませんか?」
「え?」
固まってしまうアスク。
といっても無理もないだろう、相手はSランク2位の冒険者アーサー。当然ながら個人としても、そしてクランとしても一級品の冒険者だ。
クランに誘われる人間はつまるところ、今よりもクラン全体のレベルを上げる為に実力が高い人間だ。
はっきり言って今のアスクの実力ではこのクランに誘われるほどの実力では無い。だと言うのにも関わらず、アーサーはアスクをクランに誘った。
「でも俺は、そんなに強くないですし...それに!」
「確かに今の貴方はそこまで強くはない。でも私の勘が告げているんです、これから貴方は絶対に強くなると!だから...どうですか?私のクランでなら貴方の目指す強さに辿り着くのもそう難しいことではないと思うのですが...」
魅力的な提案ではあった。確かに〈円卓の騎士〉に入れば今よりも高度な依頼を受けれるし、依頼がない時にはクランメンバーと手合わせをして腕を上げることができる。より強い相手と戦わなければ強くなれないアスクにとっては素晴らしいアイデアだった。
だが...
「ありがとうございます。でも...遠慮させていただきます」
「!...それは何故ですか?」
「確かにアーサーさんのクランに入れば、素早く今よりももっと強くなれると思います」
「それならば尚更...」
「でもそれじゃ駄目なんです!俺は自分で立ち上げたクランで仲間達と一緒に強くなりたいんです。最初から恵まれた環境じゃ...あいつに胸を張って強くなったって言えないんです」
決意が漲っているアスクの目を見て諦めたのかアーサーはため息を吐いた。
未来への投資に自信があったアーサーとしては、自分に膝をつかせたということもあり将来的に必ず強くなるであろうアスクは何としても欲しい人材ではあったが、本人の意思を無視して強引に話を進めるのはアーサーもしたくはなかったので一旦この話をやめることにした。
「そこまで決意が固いのであれば勧誘はやめましょう。その代わりと言ってはなんですが、こちらの封筒を読んでいただけますか?」
「は、はい......え?」
封筒に入っていたのは一枚の紙だった。
と言ってもただの紙が一枚入っているだけではなく、その紙にはこんな文言が書いてあった。
〈アスク殿。此度の襲撃では貴殿の活躍のお陰で民間人、並びに建造物への被害が一切出ませんでした。その御礼として明日、王城で行う舞踏会へと招待させていただきます。この舞踏会へは王だけではなく様々な冒険者の方々も参加されます。ぜひ、貴殿もご参加されることを心よりお待ちしております。〉
「俺を...舞踏会に?場違いすぎるだろ...」
「参加した方がいいと思いますよ。有名な冒険者は勿論だけど貴族の人たちも参加しますからね、これからクランを立ち上げるつもりなら今のうちに貴族とコネを作っておいた方がいいかと」
「つっても俺はこういう会に参加するための服なんて持ってませんよ」
「それなら今から一緒に見に行きましょう。この街の服は一級品ですから!」
クランへの勧誘を断ったと思いきや、後ろには巨大な爆弾が控えていた。
流れに流されてしまい、気がつけば街1番の服屋へと着いてしまっていた。流石にアスクとアーサーの2人で行くわけにもいかず、護衛としてクランメンバーの〈ランスロット〉と〈ベディヴィア〉がついてきていた。
全く乗り気では無かったのだが、王城からの直々の招待ともなれば断る訳にもいかず結局こうして服を買いにここまで来てしまったアスクであった。
「そうだなぁ。タキシードもいいがやはり舞踏会とくれば燕尾服の方がいいか...お、このデザイン中々いいな。こっちのデザインもいいな...ベディヴィアはどう思う?」
「そうですね...私はやはりこの燕尾服がよろしいかと思いますが...」
服を着る本人であるアスクを置いてアーサーとベディヴィアの2人だけで話が進んでいってしまう。
正直なところ服などどちらでもいいアスクは暇になってしまい、隣にいたランスロットに注目していた。
Aランク冒険者の1位であるランスロット。アスクよりも上位の腕前の冒険者。その見た目はアーサーと同じく全身を鎧を包んでおり、身長はアスクの目線に丁度頭がくるくらいだった。アスクの身長が180の為、恐らくは168から170程だろう。
じっと見るアスクの目線を不思議に感じたのか、ランスロットはアスクに話しかけてきた。
「さっきからじっと此方を見てるけど、何か用があるのかな?」
「あ、すみません。初めて本物のランスロットさんを見たので、ついじっと見てしまいました」
「あぁ成程。ガウェインと違って僕はあんまり表に顔を出さないからね。ギルドでは存在すら怪しいって噂になってて〈霧のランスロット〉なんて呼ばれてるって本当?」
「実はそうなんです。ランスロットさんはギルド主催の個人戦や闘技会に中々出ないので...本当はいないんじゃないか?なんていう奴らが出始めたんですよ」
「マジか…今度からは積極的に参加するようにした方が良さそうだな…」
「ハハハ…俺もギルドに戻ったら本当にいた、って広めときますね」
そんな談笑を広げていたが服を選んでいる2人はどうやらまだ決めあぐねているようなのでアスクはずっと思っていた疑問をぶつけることにした。
「ランスロットさんは、なんでSランクに上がらないんですか?ギルド長がなんどか昇格試験の案内を出してるけどその度に断られてるって言ってたんですけど...」
「う〜ん、簡単に言うとSランクの順位戦でアーサーと戦いたくないからかな」
ランスロットの言う順位戦とはギルドが定めたルールの一つであり、依頼の達成数や難易度、個人の強さを含めた3つの項目でランクを決めている為、依頼をこなしていると必然的にいつかは自分よりもランクが上の人物と戦わなくてはいけなくなる。
ランスロットだけでなくガウェインがAランクで止まり続けているのはこの制度を回避する為である。
ランクを上げる際に戦うのは大体が同ランク帯の自分よりも順位が上の相手であり、自分よりもランクが上の相手と戦うのは昇格試験の時だけだ。
同ランク帯の相手と戦う際は断れないが、昇格試験は個人の安全の為にも断ることが許されている。つまりAランク1位の状態で昇格試験を断り続ければSランクの相手と戦う必要は無くなるという訳だ。
しかし、ギルド的にランスロットとガウェインは依頼の達成量も、こなした難易度も、個人の強さも、明らかにSランクな為、Aランクの冒険者の為にもさっさと昇格試験試験を受けて欲しいのだ。
「なんでそこまでアーサーさんを傷つけなくないんですか?あそこまで強いなら大丈夫だと思うんですが...」
「傷どうこうの問題じゃないんだ。これは僕自身の誓いなんだ。絶対にアーサーに牙を向けてはいけないってね」
「理由を聞いても?」
「いいけど...長くなるから簡単に説明するよ?」
昔、僕は湖の妖精に育てられていた。剣を振るうことなど教わることなく、甘やかされて平和に暮らしていた。
しかしある時から妖精達は僕を避け始めた。僕が彼らを傷つけたことなど一度もなかった為、僕には何が何だか分からなかった。
食べ物の捕り方を教わった事などなかった為、手掴みで湖の魚を獲ろうとして僕は湖に落ちてしまった。
湖の妖精に育てられたとはいえ、加護を受けていた訳でもなく泳ぎ方や浮かび方すら知らなかった僕はそのまま溺れて死にそうになった。
そんな僕を助けてくれたのがアーサーだった。
見ず知らずの僕を助けてくれたアーサーは事の顛末を聞くと、着るものを与えるどころか湖の妖精と話して僕を避け始めた原因すら聞いてきてくれた。
これは僕とアーサーの間の秘密だから話せないけど...
とにかく、それから僕は故郷である湖を離れ、アーサーの師であるマーリンから剣を、礼節を学び、今こうして彼...の隣にたっているのさ
「それでアーサーさんと戦いたくないんですね」
「あぁ、今の僕があるのは彼のおかげだからね。僕のこの命は、全て彼の為に使うべきだと...そう思っているんだ」
ランスロットの話に聞き入っていたらどうやら服を2つに絞ってきたらしく、アーサー達はアスクに更衣室で着てくるように要求してきた。
「何を話してたんだ?」
「ちょっとした過去話だよ...」
どうやら着替え終わったらしく、アスクが更衣室から出てきた。
最初にアスクが着たのはシンプルなタキシードで違和感なく、結構似合っていた。
「うん、タキシードも結構いいんじゃないか?」
「甘いですねリーダー。彼の顔立ちは結構整っていますからね、髪をワックスで整えたら燕尾服の方が似合いますよ♪」
「...僕はノーコメントで」
様々な品評が飛ぶ中、残る候補である燕尾服服に着替える為、再び更衣室へと戻っていく。
どの服が似合うかなど自分では分からないので、さっさと着替えて2人に満足してもらおうとアスクは急いで着替えた。
「おぉ、これは...」
「ね?言ったでしょう。絶対こっちの方がいいですよ」
「...いいんじゃないかな?」
どうやら燕尾服の方が好評の様だったので購入する為に、元の服へと着替え店員の元へと向かう。
「アーサー様、いつも当店のご利用ありがとうございます。今回はお連れ様の服を購入しに来たのですか?」
「あぁ、そんなところだ。この服はいくらかな?」
「そちらの燕尾服は1億Gとなっております」
(1億G!?)
声には出さなかったが内心アスクはとんでもなく驚いていた。
普段のアスクは冒険の際に持っていく食料や回復用のポーションしか買わない為、沢山買い物をしても精々10万Gいくかいかないくらいだった。
今でこそ相棒が持つ30億Gのマジックポーチに慣れてしまったせいで感覚が麻痺していたが、いざ自分が購入するとなると1億Gは中々に手が出しづらい金額だった。
「はい、これでお願いします」
「ちょっ!アーサーさん!?」
「連れ出したのは私ですし。それにこのくらいなら問題ないですから、気にしないでくださいね」
気にしないで、なんて簡単に言ってくれるが1億Gという大金を肩代わりしてもらって気にしないのは無理という話だ。
服を包んでもらい、少々気が進まないが店を出るアスク。
此方は大きな借り、というよりもSランク2位のアーサーに金を払わせた、という事実ができてしまい落ち込んでいるというのに、当の本人は上機嫌な足取りで歩いているのがほんの少し恨めしかった。
「クランハウスに着いたら出発の用意をしないとな...アスクさん達も一緒に行きませんか?馬車は此方で手配するので」
「あ、ありがとうございます」
またもや借りを作ってしまった。
とはいっても、正直言ってアスクは助かった気持ちでいっぱいだった。
なぜなら、相棒の転送魔法で移動するのがアスクは苦手だったからだ。
だがアスクだけが転送魔法が苦手かと言われるとそうでもない。
転送魔法は使用者が行った事のある地域ならば、目的地を決めて一瞬で移動できるという優れた魔法だがその反面、転移後の衝撃が凄まじく、同乗者は内臓が激しく揺さぶられるような感覚に襲われ、慣れていないと嘔吐してしまう者までいる。
アスクもまだ慣れておらず、嘔吐することは無くなったがそれでも転移後は気分が悪くなってしまう。
以前、ダンジョンから脱出する際にユーリを連れて転移していたが、後から聞いた話だとユーリは転移魔法は初体験だったらしくその激しさから思い切り嘔吐したとの事だ。
以上のことからアスクは転移魔法はなるべく使いたくない為、アーサーには服の件もあり非常に感謝していた。
そもそも転移魔法を使える魔法使いが世界にほぼいないので、その事を考えれば経験者が少ないのは当然である。
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