第16話 求めるべき強さ
「おはようございます、昨日は良く眠れましたか?」
「おはようございます、ブライトさん。とても気持ちよく眠れました。ダンジョンの床で寝るとは大違いですからね」
普段はダンジョンでそのまま寝たり宿の安っぽいベッドで寝ているので、ふかふかの暖かいベッドで寝るのは初めての経験だった。
このまま眠っていたいという気持ちを心の奥底に押し込み普段の服装へと着替える。
夜遅くに合流した相棒はどうやら買った魔導書をずっと読み漁っていたようでまるで起きる気配がない。
と言っても彼女は手合わせには関係ないのでなるべく起こさないように速やかに部屋を出た。
取り敢えず腹ごなしの為に1階で朝食をとりにいく。事前にブライトさんからメニューが日ごとに決まっている事と好きに食べてもいいと伝えられているので遠慮なく頂くとしよう。
「おはようございます、ヴィヴィアンさん。朝食を頂きたいのですが...料金はおいくらでしょうか?」
「あ、料金は結構ですよ。適当な席に座っていただければ料理が出来次第お運びしますね」
「いや、そうもいかないですよ!?たかがAランク冒険者が泊めてもらった上にタダで飯を貰うなんて...」
「ランクとか関係ないですよ。アスクさんはお客様ですから!座ってて下さい!」
断ろうとしたもののヴィヴィアンさんの勢いに押されてしまい、カウンター席へとついた。
少し待つとヴィヴィアンさんがパンと目玉焼きの乗ったハンバーグを持ってきてくれた。
「ではどうぞごゆっくり」
軽い会釈をし、手を合わせて小さく「いただきます」をしてからパンを頬張る。
パンはふっくらとした食感が完璧で、ハンバーグも噛むたびに肉汁がたっぷり溢れてきて最高だった。
ある程度食べ進めていると、1人のクランメンバーに声をかけられた。
「よう。いい食いっぷりのニイチャン」
「...どうされましたか?」
口に入っていたパンを飲み込んでから返答する。
どうやらこの男は朝っぱらから酒を飲んでいるようで顔がほんのり赤くなっており、至近距離まで近づいてきたため酒の匂いがきつかった。
「あんた、リーダーと模擬戦するらしいな」
「そうですが...それがなにか?」
「お前さんの事は調べてあんのよ。Aランク冒険者のアスクだろ?」
目の前の男はそう告げると手に持った酒を飲み干してから続けた。
「あの人が戦うところを目の前で見たんだろ?自分とあの人の強さの違いはわかってる筈だ。それでもやんのかい?」
「あぁ、強くなる為に自分よりも強い奴ド戦わなくちゃ駄目なんだ。自分よりも弱い奴と戦ったところで意味はない」
「そこまでして強さを求めるのは何故だ?」
「ある男を見返す為だ」
無意識の内に拳に力が入る。
どれだけ離れていようが知ったことではない。
その程度で逃げていてはいつまで経っても目的を果たす事はできない。
あいつを見返す為なら、なんだってやってやる。
「その顔、よっぽど訳アリみてぇだな」
「まぁ昔ちょっとな...」
「...血筋、か。まぁたっぷりしごいてもらうといいぜ。あの人、手加減ヘタだからよ、気絶くらいは覚悟しといたほうがいいぜ〜」
最初の方は小さくて聞き取れなかったが、男はそれだけ告げると元いたテーブル席へと戻っていった。
少し気になる男だったが、予定していた模擬戦の時間が近づいてきたので急いで朝食を食べ終えてからクランハウスの奥、中庭にある訓練所へと向かった。
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「どうしたんだいヴィヴィアンちゃん。あの坊主が食べ終わった皿を眺めて」
「それがね。アスクさんテーブルマナーがしっかりしてるし、食べ残しも一切無いの。育ちがいいのかな?」
「確かに、冒険者にしちゃ珍しいな。テーブルマナーができる奴なんてそうそういないぜ?」
礼儀正しい青年を不思議に思いながらもせっせと皿を洗い、引き続き酔っ払い共の相手をするヴィヴィアンであった。
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どうやらアーサーさんは自分よりも早く着いていたらしく木剣で素振りをしていた。
「お、来ましたね。早速始めますか?」
「は、はい!お願いします!」
ある程度距離を取った位置に立ち相手を見据える。
隙が全く無い構えをしており、どこから攻めるべきか考え、ふと周りを見てみるといつのまにか観客が来ていた。
(多分俺が負けるのは分かりきっている筈だ。
上等だ、品定めにでも来てんのか分からんがせめて一発くらいはぶち当ててやる!)
「オラァ!」
勢いよく踏み出し顔を目掛けて拳を放つが寸前でアーサーの姿が消え、視認する暇も無く右の脇腹を木剣で思い切り叩かれた。
「スピードは中々だけど、爪が甘いですね。攻撃することだけ考えていては相手の反撃をモロに喰らってしまいますよ」
「グッ...ありがとうございます!」
ズキズキと残る痛みを耐えて立ち上がる。
たかが木剣だというのにアスクの体には確かなダメージが刻まれていた。
剣で斬られた事は小さい頃に何度かあり、木剣で叩かれる事も何度かあったがここまででは無かった。
(あいつは、手加減してくれてたってことか...)
思い出したくもない事を思い出してしまい頭を掻きむしる。
アスクにとって剣に関する記憶は父親に関する記憶であり、思い出すだけで怒りが湧き上がってくる程に憎い物だ。
「まだまだ、お願いします!」
「何度でもどうぞ!」
何度も、何度も何度も何度も挑み、遂に地面に倒れ伏す。
攻め方を変えても、スキルを使っても、何をしても避けられその都度木剣で叩かれる。
いくら殺傷能力の低い木剣といえど、何十回も叩かれていれば体がボロボロになっていく。
内出血を起こしているアスクの体を見てもう限界だと感じたのか、アーサーは次で最後にしようと言ってきた。
まだやりたい気持ちがあるのだが、アーサーの声がはっきりと聞き取れなくなってきたのもあり、自分の体が限界だと感じたアスクはその提案を飲んだ。
(ご主人様、あいつの癖分かってきてるでしょ?なんでその癖をつかないのさ)
(それじゃ駄目なんだよ。相手の癖を見抜く戦い方じゃ時間がかかっちまう。その戦い方を否定するわけじゃ無いが俺が求める強さとは別なんだよ)
(...ふーん。ま、いいんじゃない?この戦いで強くなるのは確実だしね。好きにすればいいよ)
頭の中で煩い悪魔を退け、作戦を練る。
とっさに言ったが、俺の求める強さって...なんだったっけ...
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10年程前、まだアスクが師匠に拳を教わっていた時。
いつも通り決まったトレーニングをしていると師匠にこう問われた事があった。
「お前はどんな風に強くなりたいんだ?」
「?どんな風ってどう言う事?」
「強さにも色々あるんだよ。守る為の強さとか殺す為の強さとかさ。アスクは父親を見返す為に強くなるんだろ?その先はどうするんだ?父親を超えてどうしたいんだ?」
「僕は、敵の作戦とか関係なく全部ねじ伏せる圧倒的な強さが欲しい。そうすれば、みんなから凄いって褒められるから...」
「アスク...」
師匠が小さなアスクを抱きしめる。
柔らかな双丘が顔を埋め尽くし顔を赤らめてしまう。
少し戸惑った後、師匠の目から涙が溢れていることに気づく。
今の話に何を泣く事があるのかアスクは分からなかったが、それを言うと更に師匠が泣きそうなので胸にしまい大人しく抱きしめられていた。
長い間抱きしめられていたがどうやら師匠は落ち着いたようでアスクの体を離してくれた。
目から相変わらず涙を流してはいるが、師匠は真剣な様子でこちらを見ていた。
「確かに強くなるのはいい事だ。でもなアスク、ただ強くなるだけじゃいつか悪に染まってしまうかもしれない。それじゃ駄目なんだ」
「...」
「人間は1人でも生きていけるが1人は寂しいんだよ。守るものがなにも無いより、守るものがあった方が絶対強くなるんだよ」
「...でも、今の僕に守るものなんて...」
「今はいなかったとしてもこれから先、お前には大切な仲間が絶対にできる。そいつらはきっとお前を必要としてくれる。そいつらを守る為の強さをこれから身につけるんだ。いいな?」
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(懐かしい記憶も思い出しちまったな。まだ大切な仲間とやらはできちゃいないが、これからできるんだろ?あんたの言う事は滅茶苦茶だったがいつも間違っちゃいなかった。なら俺がする事は1つだろ...)
(ん?彼の雰囲気が...変わった?)
静寂の時間が流れる。
神経を研ぎ澄まし、自分と相手の事だけに集中しろ。
周りのことなど考えるな。
俺を強くしてくれた師匠の思いに応えろ!
深呼吸をして、もう一度眼前の相手を見据える。
Sランク2位のアーサーに胸を借りているんだ。
この機会を無駄にする訳にはいかない!
「行きます...!」
「!!」
先程よりも格段に早く鋭くなった拳。
捉えられない速度という訳じゃ無いが突然速度が上がった事に驚き一瞬反応が遅れてしまい、反撃ができなかったアーサーだったが、それ以上に動きがまるで変わったアスクに驚いていた。
「さっきまでは本気じゃなかったて事かな?まるで動きが違うじゃないか」
「俺はずっと本気ですよ。ただ...目指すべき強さを、見つけた、思い出しただけです」
「そうか、それはいいことだ!」
振り下ろされる木剣を咄嗟に腕をクロスさせてガードする。
集中しているおかげで相手の動きがさっきよりも捉えられる。
動きについていけてる!
「ハァァァァァァァ!!!」
「クッ...!凄まじい連撃だね...」
休む暇を与えるな!
例えガードされてもいいんだ。
今はただ拳を叩き込め!
(防御に夢中になっている今だ!)
拳を当てる寸前で動きを変え、アッパーカットを放つ。
アーサーは咄嗟に変わった動きに対応しようとして木剣を下ろそうとしたが、間に合わず木剣を打ち上げられてしまった。
「見事!」
アスクの拳がアーサーの鎧に炸裂した瞬間、激しい衝撃から砂が舞い、観客達は攻防の瞬間を見逃してしまった。
砂煙が収まり姿を現す2人だったが、拳を当てていたのはアスクだけではなかった。
「ガハッ!」
アスクの拳は確かにアーサーに当たってはいた。
が、アーサーも木剣を弾かれて直ぐに拳を握り、アスクの胴目掛けて拳を繰り出していた。
「実に見事でした。まさかこの私が剣を取られ拳で殴ることになるなど、これではマーリンに怒られてしまいますね」
呑気に言うアーサーだったが胴体に入ったアスクの攻撃は鎧の上からでも中々に効いたらしく、膝をついてしまう。
「マジか!!」 「リーダーが膝をついたぞ!」
「やるじゃねえかアイツ!」
(成程、この痺れ。鎧を殴った際にスキルで雷を流し込んで肉体にダメージを通したのか。木剣を弾いたのは防がれた際に雷を私にまで通せないからか...)
アーサーが膝をついて直ぐに、アスクも気絶してしまい地面に倒れそうになるが、それをアーサーが受け止めて抱き抱えた。
模擬戦の結果は観客であるクランのメンバー達が予想していた通り圧倒的にアーサーの勝利だったが、最後にアーサーが膝をつくという予想外の展開を含んだ結果となった。
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