第13話 決着と悪魔と契約
「つ、つえぇ...」
眼前の光景を見て、アスク達2人は茫然とする事しかできなかった。
2人とも重傷を負ってはいたが遠距離から水や電撃を放つことは可能。
故に隙さえあればアーサーを援護しようと考えていたのだが...
「馬鹿な...私が...ここまで一方的にやられるなんて...」
「これが僕と貴方の実力差です。理解していただけましたか?」
2人は、先程少しでも心配した自分達を殴りたい、と思ってしまった。
それほどまでにアーサーは強かった。
2人が全力を出してもかすり傷程度のダメージしか与えることのできなかった〈要塞〉の体には、無数の切り傷ができていたのだ。
アーサーの持つ剣は敵を斬り伏せて尚、血に塗れることなく輝いていた。
〝聖剣エクスカリバー〟ーー剣自体が主を選ぶという不思議な魔剣。剣の内部に大量の魔力を貯める事ができ、貯めた魔力を使い純粋に斬撃を強化する事だけではなく斬撃を飛ばす事も可能。
貯めておける魔力量は大体100万程度と噂されている。(因みにアスクの保有できる魔力量は1万)
(お前では敵わないとは言われていたが、ここまで強いヒューマンがいるとは...予想以上だった...)
「これで、終わりです!」
アーサーが剣を振り終える直前に、2人の間に謎の黒い空間が発生した。
そこから現れたのは騎士の兜を被った燕尾服姿の、異質な人物だった。
このタイミングでの介入、そしてこの人物から放たれる魔力量からアーサーは魔星将だと推測した。
「貴方も魔星将、でいいのかな?」
「お初にお目にかかりますアーサー殿。ワタクシは魔星将〈
2人目の魔星将の登場に緊張が走るアスク。
このままこの場にいては邪魔になると判断し、無理をしてでもヘリアを抱えて離脱しようとしたアスクだったが...
その行動が間違いだったと直ぐに思い知ることになった。
「いやぁ流石にお強いですね。貴方が戻ってくるまでに門を破る算段だったのですが、やはり無謀すぎた様ですね。」
「...何が言いたいんだい?」
「...どうやら無駄話は好まない様だ。率直に申し上げますと、撤退させて頂こうと思いましてね?」
「この状況をみすみす見逃せと?それは無理な相談だ」
「そう言うと思いましたよ。ですから、ね?」
そう呟くと〈騎士〉は自分の左手を小さな黒い空間に突っ込んだ。
突っ込んだ左手は、アスクの顔面の左側にいつの間にか発生していた黒い空間に転移していた。
「等価交換というやつですよ。こちらを見逃して頂ければそちらのお仲間にも手を出しませんから」
「...分かった、見逃そう。さっさと自分達の城に戻るといい」
「ありがとうございます、では...」
交渉が成立し、アスクの左にあった黒い空間が閉じていき、魔星将も攻め込んできた仲間達を連れて消えてしまった。
自分がアーサーから離れた所為で敵を倒すチャンスを失ってしまった、とアスクは激しく後悔した。
が、アーサーがそれを責める事は無かった。
「すいません!俺がアーサーさんから離れてしまった所為で...」
「自分を責めないで下さい。あの状況で安全を優先して離れようとする判断は間違っていませんから」
兜を外してはいないが、満面の笑みを向けられた気がして、アスクは安心しきってしまいその場に倒れてしまった。
「...アスクさん!...スクさん!」
ヘリアの声を聞きながらアスクはその意識を手放した。
「アーサー殿!どうしましょう、アスクさんが!」
「安心して下さい、ヘリアさん。もうすぐ僕の仲間が来てくれますから」
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「...ここは、何処だ」
目を覚ますと、アスクは何一つない真っ黒な世界の中にぽつんと立っていた。
風の音すらないこの不気味な世界に、アスクは少し安心する様な感じがしていた。
「ここは貴方の精神世界、と言ったところかな?」
「誰だ!」
何も無かった筈の世界に突如として現れたその人物は淡麗な顔立ちで、この世界に似つかわしくない全身真っ白な服に身を包んでいた。
「私は、そうだなぁ。少なくとも敵ではない、そしてまだ味方でもない」
「...?何言ってんだお前。というか、ここが俺の精神世界だって言うんなら、見た事ないお前がいるのはおかしいだろ」
そう、アスクは目の前の人物を知らないのだ。
この知らない人物の言った精神世界、というのが正しいのであれば少なくともアスクの知っている人物が現れる筈だ。
だというのに会った覚えのないこいつは、この世界に現れた。
一体何者なのか、という疑問を詳しく問いただす前ににその人物はアスクと鼻がくっつきそうな距離まで近づいてきた。
「成程ねぇ、そういう感じか。道理で...」
「お、おい!近すぎだ、もっと離れろ!」
いきなり近づいてきた為驚き、距離を取ろうとするが顔をがっしりと掴まれて離れる事ができなかった。
仕方なくそのままでいると、どうやら満足した様で少し距離を置いてくれた。
「よし、分かった。契約しよう!」
「...契約だぁ?」
「そ、契約。私と主従関係を結んで欲しいんだ。
勿論、貴方が主人でいい。条件は...」
「いや、待て待て待て。いきなり言われてもなぁ!てか、契約って事はお前もしかして、悪魔か?」
唐突に主従関係を迫られ驚きを隠せないアスク。
契約、と言う言葉を使うのは太古の昔に存在していた悪魔達だけだ。
そんな悪魔が突然契約を迫ってくるものだからアスクの頭は余計こんがらがってしまった。
「難しく考える必要はないよ。私は貴方の命令に従い、逆らうことはない。そんな感じだから」
「いやまぁ、契約自体は分かったけど。なんで俺なんだ?それに条件って?」
「なんで貴方なのかは秘密、いずれ分かると思うよ。
条件は3つ。1つ目は私と契約した事を誰にも話さない事。あ、仲間にならいいよ。2つ目は私が受肉する為の肉体を二週間以内に用意すること。3つ目は私に名前をつける事」
1つ目と2つ目の条件はなんと無く分かったが3つ目の条件だけがアスクの頭に引っ掛かった。
1つ目は恐らく他人を信用していない為だ。5千年前の事を考えれば当然と言えば当然だ。
そして2つ目は地上での活動の為だろう。悪魔達は皆神による罰で、体を魔力で構成するようにされてしまったと昔アリアに聞いた。魔力だけの状態で地上にいるとそのうち霧散してしまう。その為地上で活動する為には、魔力を補充する為の依代が必要なのだろうとも言っていた。
しかし3つ目だけ理由が全く分からなかった為本人に聞く事にした。
「1つ目と2つ目の条件は分かった。だが3つ目はなんでだ?」
「特に理由は無いけど、強いて言えば私が貴方のものだっていう証明になるから、かな」
恥ずかしげも無くそんなセリフを吐くことのできる悪魔にアスクは若干引いていた。
が、ここまできて自分に対するメリットが提示されていない事に気付き、「契約する」という言葉を一旦飲み込んだ。
「待て、俺へのメリットはなんだ。お前はこっちの世界で活動する為の肉体を手にするのが目的なんだろ?ならそれと同じくらいの価値のメリットが俺にも必要だろ」
「分かっているとも。貴方へのメリットは、成長限界の引き延ばしさ。今の強さよりも上の段階へ行くことができるよ?」
「限界突破って事か?」
「ちょっと違うかな。限界のライン自体を伸ばすんだよ。頻繁に限界を突破してたら命がいくつあっても足らないからね」
今以上の強さを体への負担なく手に入れられるとなれば確かに大きなメリットだ。
だが果たして、2つの条件は釣り合っているのだろうか?
言ってしまえば、アスクへのメリットの方が大きなようにも見えるこの契約。
しかし、契約は双方のメリットが釣り合っていなければ成立しないようになっている為、この条件を提示した時点で悪魔はこの契約が成立すると確信していた。
「ただし、今すぐに強くなるわけじゃない。今まで通り特訓しないと駄目だよ?私はあくまで限界を伸ばすだけ、自分を強くするのは自分自身だからね」
そう言われて少し悩んだ末、アスクは答えを出した。
「分かった、契約する」
今のアスクはなりふり構っている訳にはいかなかった。
魔星将との戦いは自分がもっと強ければヘリアさんへの負担を少なくできていた筈、という考えがずっと頭をよぎっていた。
それだけではない。先ほどのアーサーの戦闘を見ていて次元の違いを知った。
最強を目指す為にも、強くなる為ならば悪魔の力だって借りる。
アスクの覚悟の決まった顔を見て満面の笑みになった悪魔は、再びアスクのそばへと近づいてきた。
「OK、じゃあ契約といこうか」
そう言って悪魔はアスクの胸を触り出した。
悪魔の急な行動に少々狼狽したアスクだったが、これも契約の為と思いくすぐったい思いを我慢した。
《我、白の
契約の呪文を唱え終え、悪魔に触れられた胸部分を見てみたがそれらしき証はどこにも見当たらなかった。
証などと言っておきながらと思い問いただしたが、目に見えないだけで証はそこにある、とだけ言われた。
「ともかく、契約は完了した。なるべく早く条件を満たしてくれよ?じゃなきゃ貴方は死んでしまいますからね、ご・主・人・様?」
「分かってるよ。つーか面倒だからここで1個条件満たすわ。どんな名前がいいんだ?」
「おや、いきなり名付けていただけるなんて...嬉しい限りです。特に希望はないですが、私のイメージとかけ離れた名前でなければなんでも大丈夫ですよ」
2分程考え、一つの名前を思いついた。
「グレイス、てのはどうだ」
「おぉ、イイ名前ですね。ありがとうございます」
と、名付けが終わった瞬間黒かった世界が少しずつ白くなってきた。
意識が現実世界へ戻るだろうと判断して今一度アスクはグレイスへと向き直す。
「じゃあ続きは向こうでやろう。これからよろしくなグレイス」
「はい、では現実の頭の中でまた会いましょう。さようならご主人様」
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精神世界から戻った後、グレイスは満面の笑みを浮かべ、突然笑い出した。
その笑い声を聞き自分達の主人が戻ってきた事に気づいた白の眷属達が、次々に部屋へと入って来た。
「ハハハハ!!遂に!遂に!!私の願いが叶う!!
楽しみで仕方がないぞ!!アハハハハ!!!!」
笑い声が響き、グレイスの体から圧倒的な魔力が漏れ出す。
漏れ出た魔力が部屋を覆い尽くし、大気が凍り始める。
眷属達もこんな状態の主人を見るのは久しぶりのようで、皆驚きの表情を浮かべ直ぐに部屋を出た。
「あぁ、どうか私を飼い慣らしてくれよ...ご主人様...」
極悪非道、などと地上の人間達から呼ばれているが彼らにとってはこれが普通なのだ。
己の目的の為に他者を利用する、圧倒的な力を持ちながら姑息な手段を使うことを厭わない。
それこそ、彼らが悪魔と呼ばれる所以なのだから...
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