2.計画

 園内は、ボールやかけっこなどで遊ぶたくさんのこどもたちの声で賑わっていた。

 女は、敷地の端にポツンとあるベンチに座り、手に持った文庫本にじっと目を落としていた。端麗たんれいな女である。薄茶色のゆるめのニットに黒色のフレアスカートのやわらかな着こなし。肩下あたりまですとんと落ちる黒髪は流れるようにつややかだ。


 端的にいえば、女は小児性愛者しょうにせいあいしゃであった。そうといっても、女は男児に対し性的行為を強いるようなことは一度もしたことがない。情欲がたぎればただ妄想を捗らせるばかりで、乱れるは己ひとりのみに徹してきた。無論、女に、目の前の男児をさらう欲がないわけではなかった。しかし一方では、万一のこと――、取り押さえられ、世に仇なす犯罪者として周囲の冷たい目に晒される中、やがては冷たい監獄へ送られることへの恐怖が大きな重石となって、それがために女は己が正直を貫けずにいるのであった。


 さて、お分かりかもしれないが、今、この女は本を読んではいない。そのふりをして、男児たちを眺めているのだ。そればかりではない。その男児をさらうことを思案しているのだ。男児の選別、連れ出し文句、親の位置、周囲の環境……。

 この「計画すること」は、女が唯一手出しできる確かな現実であった。窮屈きゅうくつな世における、女の慰めであった。前述したように、今回も計画は実行されない。女はそれを分かった上で、本気で男児をさらう計画をたてているのだ。はりぼての現実感に傾倒けいとうすることで、この遊戯に興奮し惑溺わくできしているのだ。


 あの、ボール遊びしてるこ、かわいい

 あのこの母親は、あの人かな

 あ、母親が親同士で立ち話をはじめた

 そのうち親はきっと話に夢中になって、こどもから目を離す。そこがチャンスね

 話しかけるときは、「楽しそうだね」でいいかな

 そうだ、そこからボール遊びに混ざって、わざとボールを遠くに飛ばしたあと、「競争!」って言ってかけっこをしよう。親の目の届かないところまで行ったら……

 でも、いきなり話かけるのは不自然かな

 小さいこだから、なんとかなる気もするけど

 でもそこでつまずいたら、一気にダメになっちゃいそう

 そこだけ、そこだけ……


 その時、女はトンッと左足に何かがぶつかった気がして、はっと我に返った。

 足元をみると、ボールが転がっていた。

 恐る恐る、顔を上げると、たどたどしい足取りで、遠くから男のこが走ってきているのが見えた。


 心臓がドキンと跳ね上がる。


 



 女は、両手でゆっくりとボールを拾い上げた。

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