二〇一三年十月十八日 武良前野より武蔵野へ
拝啓
武蔵野へのご招待をありがとうございます。平安貴族なんて、なんだか馬鹿にされたような気持ちがしますが、武蔵野行きも検討しようかと思います。たしかに見聞を広めることはよいことですね。根が出不精なので、就職とかそういった機会に思い切って飛び出してみるのもよいかもしれません。
散歩で思い出したのですが、先輩と初めて会ったのは、大学の研究室ではなくて哲学の道でした。道行く人に「金閣と銀閣どちらが好きか」というさほど哲学的とは思われない問いを投げかけている近寄りがたい女性と、その後同じ研究室に入ることになろうとは、その時の僕は思いもしませんでした。
琵琶湖疎水沿い、西田幾多郎が毎朝歩いて思想にふけったという哲学の道。文学哲学にかぶれた人はとかく散歩をしたがるものです。西田先生の『善の研究』は未だ読破できず本棚に眠っていますが、あの道は僕も好きです。というより、琵琶湖疎水にただならぬ引力を感じます。滋賀県大津市の取水点から長等山をトンネルで抜け、山科北部の山麓をめぐり蹴上に出る。山を貫通させて人為的に引かれた水の流れですが、なぜこうも惹かれるのでしょう。一度蹴上から山科、そして大津へと自転車で峠を越えたことがあります。疎水の源へ向けて逆流を試みたわけです。僕のような文系人間がそのような体力仕事に打って出るのは大変珍しいことです。道中、断片的に遭遇する水の流れが、見えないところでつながっているのだと思うと、どこか壮大な気持ちになったのです。
調べてみると琵琶湖疎水は、東京へ都が移って少しずつ衰退していく京都を盛り上げるための一大事業だったようです。東京へのライバル心みたいなものにも惹かれているのでしょうか。
学園祭の準備が忙しく、今回はこのくらいで失礼します。先輩もお忙しいかとは思いますが、都合がつけばぜひいらしてください。
敬具
二〇一三年十月十八日
田中淳太
鈴木文子様
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