第8話 何者
驚いたままの俺がよほどおかしかったのか、くすくすと笑った後でユウラさんが呼びかけた。
「ヨウさん、そろそろジズくんを紹介しますよ。―うーん、少し探さないと見つからなさそうですね」
「あ、はい、そうでした。どのような方ですか?」
「十六歳になったばかりの男の子、と言ったら怒られそうですね。元気で面倒見のよい方ですよ」
魔状の余韻に未だ浸ったままの俺を知ってか知らずか、ユウラさんは反対方向へ歩き出そうとしているので、俺も追うように向きを変えて足を踏み出す。
最後にもう一度と思い、粉々になった巨木を振り向いて。
そして息がつまった。
マーリンと呼ばれた男が俺を見据えたままこちら歩いてきていたのだ。
ついてこない俺に気づいて振り向いたユウラさんも、歩み寄るマーリンさんに目を瞠る。俺はその場で動けない。
少し時間をかけて俺の目の前で立ち止まったマーリンさんは、遠目では老人に見えたが近くで見ると存外に若かった。白髪は老化によるものではなく地毛なのかもしれない。五十代のように見える。
長髪を女性でいうハーフアップのように結んでおり、鷹のように目力が強いがなかなか男前である。若い頃はさぞかしモテたことだろう。
さておき、どうして近づいてきたかがわからない。
俺はマーリンさんの言葉を待った。
「お前は何者だ」
低く、警戒を帯びた声に胃が震えた。超常の力を持つ男に、なぜか警戒されているとはっきり分かった。
この頃になって、周囲の村人たちも俺とマーリンさんの不穏な様子に気付いてざわつき始めていた。ユウラさんが後ろでオロオロしているのがわかる。美人のユウラさんがオタオタするのはかわいいが、その様子を眺められるほどの余裕はない。
しかしなんと答えるべきなのだろうか。
もしや、魔状とやらを使える人間は、俺がこの世界の人間ではないことまでわかるのだろうか。
応えあぐねて沈黙する俺に、寡黙そうな男は言葉を重ねる。
「お前、感じたんだろう。魔状を」
「……?」
それは確かに感じた。おかしいのだろうか。
「周囲の人間が自身の魔状に感知したことを、行使した側も微弱だがわかる。それはいい」
「魔状に反応したということは、お前も魔状の素質があるということ。それもいい。いや、実はおかしいが、今はいい。しかし、一番おかしいのは」
強い目線がヨウだけに注がれる。
「お前の反応が大きすぎたことだ。お前ほどの歳で、お前ほどの素養で、初めて魔状に触れたようだった。怪しすぎる」
見下ろす角度で、窪んだ眼窩の底から緑色の眼が俺を覗き込んでいた。
「もう一度聞こう」
「お前は何者だ。どこから来た」
**********************
応えることのできない俺に、周囲の人間も、一時心を開いていたように見えたユウラさんからも、驚きと不審が見え隠れし始める。
しかし、息のつまる空気が満たしたこの場を仕切り直してくれたのは、やはりユウラさんだった。
「どこから来たか、それは答えられないそうです」
先ほどはオロオロしていたのに、なかなか肝が据わっている。
マーリンさんが目線を俺から外し、ユウラさんに先を促す。
「彼は、ヨウさんは、先ほど村の近くでソラさんと出会い、頼る人も住む場所もないということで、この村で働きたいと願い出ました」
一拍息を付いて、再び言葉を連ねる。
「村長はそれを許し、開拓地での仕事を任せることになったので、私がここに連れてきました」
それを聞き終えたマーリンさんは、一言。
「答えになっていない」
ユウラさんもぐっと言葉を飲み込み、下を向く。
まあそうだろうな。さてどうしたものか―
「だが、こういう人間がたまにいることも知っている」
驚いた。出自を疑った張本人が一転して問い詰めないとは。
目を見開いた俺の顔をみたマーリンさんは、鼻から息を小さく吐き出した。同時に周囲の緊張も少し弛緩する。
「あまりにも気になったからな。聞いてしまっただけだ。それほど詮索するつもりはない」
ばつの悪そうな声音だ。それからユウラさんを再度見た。
「しかし、こいつの処遇に関しては、もう一度村長と男衆で話したほうがいい」
こちらをちらりと見やって続ける。
「俺も行って、説明しよう」
再びユウラさんの驚く顔が見れた。周りの人間も一様に息を呑んだ様子だった。マーリンという人間の行動としては、珍しいことが起きているらしい。
吃驚から立ち直ったユウラさんは、何名かの男に目配せをする。男たちは頷いて、俺とユウラさんが来た道を足早に戻っていった。
「ヨウさん、来てもらってすぐですみませんが、もう一度うちの家に戻っていただけますか」
俺がコクリと首を動かすと、ユウラさんはすぐに踵を返して歩き始めたので今度こそ付いていく。ふと既視感を感じて振り向くと、数刻前と同様にこちらに歩いてくるマーリンさんがいた。
しかし今回は進行方向が一緒であることに何故か安堵した。
**********************
男衆と呼ばれる、おそらく村の役員的な人たちと村長とユウラさん。
そして俺とマーリンさんは村長宅に引き返していた。
先行した男衆メンバーがかき集めてくれたのか、広い板張りの一室にすでに十数名が集まっており、ユウラさんと俺とマーリンさんが着いたときには、九割ほどの座布団が埋まっていた。
「すまんが、全員揃いそうだからもう少し待ってくれ」
村長に言われるが是非もない。俺はこれからの展開が読めないので、ひとまず話を聞かなければ何ともである。
何名かが遅れて広間に入ってきた。気軽い感じで村長に詫びた後、ぐるりと見渡してマーリンさんがいることに驚き、次に隣の俺をみて「こいつ誰だっけ」という顔をした。
全員の席が埋まったところで村長のゾブラさんが話し出す。
「忙しいときに集まってもらってすまない。実はまだ俺も詳しくわかってないんだが、集まってもらった理由はそこにいる黒髪の彼についてだ」
全員の視線が俺に突き刺さるが、これは予想できたので黙礼を返す。
「彼は少し前にソラが連れてきた村外の者だ。どうも素性を言えないらしいが、身なりが整っており言葉遣いも極めて丁寧。物腰が柔らかくても不埒な考えを持つ者もこれまでいたが、どうもそうは見えない」
反応が無いのでゾブラさんはそのまま話し続ける。
「身元がわからないが、俺は信用できそうだと判断した。見目と雰囲気から上流階級のようにも見えるが、ユウラの見立てではそうじゃなさそうだというしな。今は幼い子の手も借りたい時期でもあるし、預かることにしたわけだ」
そう一息に言うと、男衆を見渡した。大広間の空気が不信に染まってないことを確認し、ゾブラさんはさらに続けた。
「でだ。なら人手が一番ほしい開拓地を任せようとユウラとそちらに向かわせたんだが、そこでマーリンに出会ったらしくてな」
今度はゾブラさん含めた全員の目がマーリンさんに向く。マーリンさんが一つ息を吐く。それだけで全員が吐く息さえ遠慮したように見えた。
「……今日はでかい木の根を砕くために、開拓地に呼ばれて魔状を行使した。その際、誰かが俺の魔状を感知した」
それがお前だ。というように俺を見据える。
「魔状を感じることができる。――それは、俺と同じく魔状の素質がある者だけ」
事前に知っていたはずのゾブラさんでさえ、少々困惑している。
「マーリンが間違いないというならば、疑うつもりはないが……。だがなぁ。迷い込んだ人間が魔状者ということは、あまり聞かない話だ」
ゾブラさんの言葉に周りは頷く。
俺もまた驚いていた。魔状者と呼んでいたが、魔状の素養がある人間はそんなに少ないのか。てっきり、この世界の大多数の人間が使用できるものと思っていた。
「そのとき気になったのは、こいつの反応、魔震の過剰さだ。まるで初めて魔状を中てられたような反応だった」
重々しい声音で白髪の男はすらすらと話続ける。
「この年まで魔状の力が見逃されることは、今の時代では考えにくい。都市から遠く離れた、辺境の農村で生まれたならば可能性はあるが、見る限りそうでもない」
「『選定の式』があるからな」
ゾブラさんが唸りながら言葉を差し込む。
「出自は不明だという。この村を害するためかとも一瞬思ったが、魔震に対する反応を見る限り熟練者でもなんでもない。よって、素養はあるものの魔状自体は使えんはずだ。そのちぐはぐさから出自が気になった。訳ありということはわかったので、そこまで深く詮索するつもりはもうないが。 ―ただ、こいつのこれからに関しては今一度考えなおしたほうがいい」
一拍置いてマーリンさんが最期に言う。
「理由は今言ったとおり。こいつが魔状者であるからだ」
話し終え、マーリンさんが深く息を吐いた。大広間はまだ静かだ。
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