第9話 決断

「今一度考えなおしたほうがいいというのは、具体的にはどういう意味か聞いてもいいか」


 ゾブラさんが聞くと、マーリンさんはゆっくりと目を閉じた。


「こいつが普通の人間であれば、開拓させようと農業させようと一向にかまわん。村長の意向に従おう。ただ、魔状者であるならば他の使い道がある。それはこの村にとっても有益であるはずだ」


 ゾブラさんは無言で頷く。マーリンさんがふと目を開いて俺に視線を寄越す。


「お前、名前はなんだったか」


 ……すごい今更感だ。

 しかし確かにゾブラさんも告げてなかったか。


「ヨウと言います」


 ヨウか、と宙に向けてつぶやいた。


「―ヨウ。偽らずに言え。答えたくないものは沈黙でかまわん」


 今度は俺が頷く。


「まず、お前は自分が魔状者であることを知っていたか」

「……知っていました」


 この言葉にゾブラさんとユウラさんが反応する。しかし当の質問者は淡々と次に移った。


「そうか。では、この国における魔状者の扱いは知っていたか」

「それは、知りませんでした。なので驚きました」

「魔状者が、どれほど貴重な存在か知らなかったということか?」

「正直に言えば、その通りです。ある方から魔状の素質はあると言われましたが、それだけでした」


 ここで初めて、マーリンさんが眉根を寄せた。ゾブラさんも「そんなことある?」という顔でユウラさんと目配せしている。


「……お前の元いた地域は異常だ。一応言っておくが、現存するほとんどの国がここエスハーティ王国と同様に魔状者の存在調査と育成に力を入れている」


 それはマーリンさんの魔状を見たときから検討は付いていた。想定外だったのは魔状者と呼ばれる者の割合についてだ。口ぶりから察するに、一割もいなさそうである。頭の中の一般知識にもパーセンテージなど無かったので、まさかそこまで希少とは思いもしなかった。


「今まで魔状者とは無縁の家系にも、突如素養を持ったものが生まれることはある。去年も一人、近くの村で魔状持ちがいることが分かった」

「だが、先ほど話に出た『選定の式』という国の政策であらかた見つかるし、そもそも村で生まれた人間は、魔状者であることがわかれば自身から近くの都市に行って、機関のお世話になって魔状師を目指すか、開拓者になって一攫千金を目指す」


「魔状者になれば、機関に入っている間も飢餓を心配する必要がないしな」


 最後の台詞はゾブラさんだ。

 なるほど。素養ある者を積極的に育成しているわけか。機関というのは後で聞くが、おそらく養成機関ということだろう。


「例えばもし魔状者であることを国に伝えたとして、就く職業は強制されないのでしょうか」


 マーリンさんはかぶりを振る。


「強制はされない。だが、国家単位の戦争が起きた際には優先的に出兵依頼がくる。魔状者はやはり大きな戦力と見なされる。即ち、国に認定された魔状者は国力扱いになるという事だ」

「それ以外は基本的に自由だ。さらに言えば、今まで農業に従事していた家系から魔状者が生まれることは稀だが、貴族階級ではそうではない。国の成り立ちを知っていれば当然ではあるが、有力な貴族家系出の人間は大体が魔状者だ」


 そういうものなのか。素直に聞き入る。


「……話が少し逸れたが、そういった意味で、村にとどまる魔状の素質持ちは貴重だということが分かったか?」


 思わず首肯する。俺もだが、マーリンさんもだいぶ特殊だったということだ。



**********************


「さて。それでだ」


 マーリンさんが切り替えたように言う。


「身元は怪しまれるだろうが孤児でも都市に入ることは可能だ。フーフォンテまで辿り着けば、お前は機関に入って魔状師や一流の開拓者を目指せるだろう。だが、できれば俺はしばらくは村に残ってほしいと思っている」


 なぜか。目線で問う。


「単純にお前がこの村にとって有用だからだ。魔状の力は人一人ができる限界を容易たやすく超える。村に一人いるだけで開拓や農作業は通常より捗り、害獣に襲われたときの討伐役としても重宝される」


 言いたいことはわかる。だが、それは魔状を使いこなしてこそだろう。


「俺は魔状を使えませんが。魔状の力がどんなものかさえ、今日知ったくらいです」


 実際、今の俺では大した戦力にはなれないことに関しては自信がある。

 その時、マーリンさんの目の光が強くなった。


「教えられるものは、俺が教えよう」


 そう言って胡坐をかいていた膝に手を置く。


「俺は膝が悪く、『および』は使えるものの『めぐり』が使えない。だが、今まで中衛としてやってきた過去があり、人に教えたこともある。だからある程度は教えることができる」


 オヨビ?メグリ?

 脳内にハテナが舞う俺を気にも留めず、マーリンさんは淡々と続ける。


「魔状を行使できないお前は、都市まで危険な一人旅をせずに魔状を学ぶことができる。さらに、素性について余計な詮索はしないよう村全体に周知しておこう。

 村としては、お前が魔状を使えることになれば、開拓の速度は上がるだろうし、近隣の村に恩も売れるようになるかもしれない」


 マーリンさんがちらりとゾブラさんを見た。ゾブラさんは苦笑いだが首を縦に振る。


「今すぐ決めろとは言わん。しかし一度考えてみてくれ」


 俺は一度下を向き、顔を上げた。


――率直に言えば、ほぼ悩む必要がなかった。


 初めて魔状を見たとき、脳が焦げる程の衝撃を受けた。その力が、俺にも使えるという。マーリンさんが思うほど俺の魔状は大したことがないかもしれない。村の利益になるほどの魔状者にはなれないかもしれない。

 期待は重荷で、期待は裏返せば失望だ。誰だって失望されるのはつらい。だから今まで、俺は無難な道しか選んでこなかった。


「いえ。今決めました」


 しかし、この世界で生まれた俺はそうじゃない。


「この村で俺に魔状を教えてください」

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