第7話 魔状との出会い

 開拓場までの道をユウラさんと歩きつつ、初めての土地が珍しくてつい視線をせわしなく動かす。

 気づいたユウラさんがほほえましそうに含み笑いした後、村の説明をしてくれる。


「周りは畑ばかりですよ。やはり小麦は育てやすく、税としても徴収されますし、主食なのでこればっかりになりますね」


 来た道側にはなかったが、反対側には青々と広がる畑があった。


 税はやはり存在するのか。おそらく地代としてなのだろう。インプットされた一般常識では貨幣も流通しているはずだったが、村を見ているとなんとなく、まだ貨幣経済という雰囲気は感じない。

 しかしそれも仕方ない。都市から離れた場所ほど貨幣の普及が遅いのは至極当然であるし、何より貨幣に価値を感じ難い。衣食住のどれかが容易く欠けるこの世界で、空腹時に必要なものは一枚の銀貨より一袋の小麦粉だ。まだまだ自給自足が根強いことが村の景色からも伺える。


 そして徴収という言葉。文化は明治時代レベルと聞いていたが、やはり色々と差異がありそうだ。少なくとも、徴収する側、領主がいるわけだ。

 最後に、主食は小麦であるということ。欧州っぽいのでうすうす感じていたが、米ではないのか。ということはパン食ということか。そもそもパンという言葉があるのか。


「小麦はここらではどのようにして食べますか?」


 この聞き方ならばそれほど違和感はあるまい。いや、ここまでどうやって来たのと思われるな。……うん。やはり不思議そうな顔をしておられる。まぁ不審な顔でないだけよかった。


「そうですね。パンにして食べることも多いですが、小麦粉を水で溶いて野菜と混ぜて焼いて食べたりと色々ありますよ」


 お好み焼きみたいなものだな。粉ものは好物なのでありがたい。そしてパンもあると。前世との言葉の互換性の高さはいちいち気にしないことにしよう。


「やはり遠くから来られたのですね。こちらの国の方でもなさそうです」

「……そうですね」

「いえ、詮索する気はないのです。ただ、生活に馴染むまでは気になること、わからないことは何でも聞いてください、と言おうとしただけで。うちの主人も助力するとは思いますが、今は忙しい時期なので」


 そういうと元気づけるように笑ってくれた。女神かな。


「ありがとうございます。見当違いの質問もするかもしれませんが、何もわからないのでとても心強いです」

「ふふ、いつでもどうぞ」


 広い畑を通り過ぎると黒く陰った森が随分と近くなってきた。

 そしてそこかしこで引っこ抜いた木の根を斧で少しずつ割る人たち、割った木を荷車に積んでいる人たちなど、森の開拓作業に従事している村人たちが目につき始めた。

 しかしこれは大変そうだ。牛などの家畜を使って根を抜き、森を切り開いているのだろう。失礼ながら社会の授業で習ったような原始的な開墾作業である。しばし目を奪われつつも、俺とユウラさんは一際開けた開拓場に足を踏み入れた。


**********************


「あら、今日はマーリンさんもいますね」


 ユウラさんが独りごちた。

 誰だろう、という疑問が顔に出ていたらしい。ユウラさんが笑んだまま続ける。


「この国の話ですが、都市ではなく村にいてくださることは本当に珍しいですから。ハイシェット村が近辺の村よりも富んでいる一因である方ですね」


 誇らしげに言いつつ、森の一方向を上品に指し示す。

 その先には総白髪の大柄な老人が立っていた。ゆったりとしたシルエットの白シャツを着ているため体型はわかりにくかったが、他とは違う雰囲気が漂っている。周囲は彼の邪魔をしないようにか、一定の距離を空けて見守っていた。


 老人が目を閉じる 。


「……っ!」



 ぞわり。

 と、唐突に恐怖が首筋を撫でた。首の裏で生まれた悪寒は肩を伝って上腕にまで振るわせる。俺は訳もわからないまま、「何かある。何か起きる」という言葉だけが脳を埋め尽くし、無意識に全身を強張らせた。


 視線の先。目をつぶっていたはずのマーリンが顔を上げ、視線がこちらを向いた。

 確かに目が合った。しかし次の瞬きの間にはすでに前を向いており、瞼は再び閉じられていた。


 それから五秒ほど経っただろうか。ふいにマーリンはゆるりと前方に手を向ける。手のひらの先には直径三メートルはありそうな巨大な切り株。根が深すぎて、まだ完全に抜けきっていない状態だった。


 一拍。

 白髪の老人は目を開き、開いていた手をつかむように握りこんだ。



巨兵の掌ルネウン


―めしり、と万力で圧し潰したような圧砕音が開拓場に響く。

 その直後、轟音が十とも百ともわからぬほど重なって木霊こだまし大気を震わせた。


 飛び散る木くずを防ぐため思わず目を閉じる。

 そして恐る恐る瞼を開くと、木片けぶる景色の先には握りつぶされたような木の根が外見をとどめない状態で横たわっていた。


「……嘘だろ」


 思わず漏れたつぶやきをユウラさんが拾う。


「驚かれましたか? あれがマーリンさんの魔状の力です」

「マジョウ?」


 魔法ではなかったのか?


「他のお国では呼び方が違うかもしれませんが、ここエスハーティではそう呼びます。個にして全、あまねく魔子を通して物体に干渉する超常の力です」


 ユウラさんの説明を呆けたつらして聞いていた俺は、衝撃の発端である白老が遠くから見つめていることに気が付かなかった。

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