第4話 現状把握
形のないゆるゆるとした意識が徐々に身体に馴染んでいく。
しばらく目を開けずにいたが、ほどなく全身が光と風を、耳朶が葉擦れを拾ったので、ゆっくりと目を開けて周囲を見回す。
「……話は本当だったか」
都合の良すぎる
日本には無さそうな野原、または草原と言っていい場所に寝ころんでいた。近くに人類の営みが伺える確かな道も見える。野焼きでもしたのか所々で地面が露出している。学生時代に友人と弾丸旅行したモンゴルのステップを思い出した。
乾燥した風と草の匂い。その短く生えた草の上でゆっくり体を起こした。
どうしよう。無性に叫びたい。誰か、俺の頭が狂ってないことを証明してほしい。そんな衝動に駆られる。本当に俺は別世界に来たのか。どう確かめたらいいのかわからないが、とにかく誰かと話したかった。
「ふぅー」
しかし、それも少し経てば落ち着いてきた。俺が作り出した夢だとしても、その中で生きていけばいいだけ。この世界が夢か現実かは問題ではない。「我思う、故に我在り」というやつである。
とすると最初は現状把握から。とりいそぎ身の回りを確かめ―
「あ」
メガネがない。
「視力戻ってる」
高校生の中盤から授業中はメガネが必要になったので、まだ目が良かった頃の身体に戻っているということか。そしてさっき気が付いたが服が変わっていた。スーツだったはずだが、見たこともない服を着ている。
この世界の一般的な服装なんだろうか。生成りの割としっかりとした生地のシャツの上に、何かの皮革を
「え、かっこいいな」
先程まで会話していた管理者の趣味なのかもしれない。ジャケットは暗灰色の短い襟が立っている詰め襟タイプ。留め具はジッパーではなくボタンではあるが、日本で着ていたとしてもそこまで違和感ないだろう。ズボンもデニムのように固い繊維で編まれている。
そして靴。明治頃の発展レベルと頭に入っているが、革製でゴツく堅牢な作りである。もしかして、かなりいい服装にしてもらってはいないだろうか。聞いていなかったが随分サービスがいい。なんだろう。案外気に入られていたのかもしれない。
近くには革袋が置いてあった。巾着型と言っていいのか、ひもを引くと口を縛ることができるタイプの革袋だ。肩に背負って移動できそうだ。
「中身もあるんだ。……んん?」
革袋の中には果物と干し肉に小さなサイズであるがまた革袋。触って少し考えて、革袋は水を入れる水筒変わりじゃないかと思い至る。川があったら水を入れてみよう。ていうかもし水筒なら水を入れておいてほしい。
そしてそのほかは、スーツ。
「なんでスーツが入ってんだ」
独り言が多くなってきた。これは俺が路上で倒れたときに着ていたスーツとシャツとネクタイ、それに下着や靴下など本当に一式だ。スーツの仕立てはいいものなので何かに使うか売れるかもしれない。ちなみに鞄はなかった。死んだ瞬間に手を放してたからかもしれない。
あとは俺の身体。視力が回復していることと、少し動いてみて体が小さくなっていることは既に把握済み。この段になって身長低くなっているからそもそもスーツは着れないことに思い至る。再びスーツが着れる時まで生きていればいいが。
そしてデスクワークで重くなった腰回りが異常に軽い。というか体がすごく軽い。
できれば外見も見たいけど、鏡がないのが残念だった。
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一通り確認が終わってまず思ったことは。
「武器がねえ!」
魔獣がいる世界に移動したのだが、サービスいいのになぜ武器がない。スーツじゃなくてナイフとか入れほしかった。
しかし即座に「いやいや」と首を振る。つい突っ込んでしまったが今のは贅沢だった。別に着の身着のまま送られてもおかしくなかったが、こうして生きる装備をくれている。それだけであり得ない程の恩恵になにを言っているのやら、とひとまず空に向かって謝罪の意味を込めて頭を下げた。
そして身辺確認が終わって周囲を見直したら、やることは一つ。
「うし、じゃあ移動しますか」
声が少し高い。自分じゃないみたいだ。
今はなだらかな丘の上におり、少し歩けば道に出るし、点のようにしか見えないが遥か先に集落が見える。そして、集落の近くには川があった。
この世界を生きるための知識も身分も力もない俺は、どうしたってここの住人の力を借りるほかない。行ってみるしかないだろう。
「……こんな感じで、派手な影響とか与えられる気はしないな」
神様すみません。
でも進むしかない。こうして俺は、未だ名さえ知らないこの世界で一歩を踏み出した。
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