第3話 天上の会話
また別の場所の話。
「行っちゃったかねえ」
ぽつりとつぶやいた声にもう一人は律儀に反応する。
「そうだな。無事移動できただろう」
応えた声の向きに振り向いた顔は笑っていた。
「楽しみだねえ」
「ずいぶん期待しているな」
「というよりも、気に入ってるんだよ」
どちらの声も、先ほどまで精神体と話していた声音とは違っていた。女型の彼女と男型の彼とで包み隠さないやり取りが始まる。
「まあ楽しみにする理由もわかる」
「だよねー。見た? あのスペック。あんな能力ある人間が運良く昏睡状態になってくれてよかったよ。いやー、適当な人選せずに、粘ってウォッチ続けててよかったー」
波戸が聞いていたら怒りそうなことを躊躇せずに女型が言う。
「確かに平均から乖離した能力だな。勿体ない奴め」
「そうそう! 本当に驚きだよね。気づく機会なんていくらでもある能力と能力値なのにねぇ。なまじ他の基本性能も平均以上だったから、自分に向いてるかそうでないかとか、今まで考えることが少なかったのかな」
「反応速度。反射神経か」
しみじみとつぶやく。
「反応速度がモノを言う競技のトップアスリート並みの数値。視覚系統の能力値もいやに高い。身体能力も悪くない、どころか良い。……本当に勿体ないな。彼が十代にやっていたスポーツにほぼ役立たなそうだ」
「陸上トラック400mでしょ。絶対使わないでしょ。いやわかんないけどさ。でも県で入賞したりしてるし、向いてると思ってたんだろうね」
「確かに性格的には向いているといえるか」
陸上400mは短距離種目で最も過酷な競技と言われており、スピードを求められるにも関わらず持久力とペース配分まで必要である。精神耐性の高い彼には会っているスポーツともいえるし、それは実績が証明しているが。
「そのせいで自分の最大の可能性を見失ってるんじゃなぁ」
やれやれ、という言葉が聞こえてきそうな女性の声が続ける。
「知ってる? 彼さ、本当は格闘技とか興味あって空手部入ろうとしてたんだよ。でも同学年で入部しそうな人がいなくて、一人で入るとこの先何かと困りそうだから、て理由であきらめてるんだよね。陸上よりずっと活かされただろうに」
「空手を選んでいたら、もう一つの才能も開花しただろうな」
ぽつりと男性がつぶやくと、女性が笑いの含んだ声で請け合った。
「何ともあいまいな能力だけど、確かにね」
彼のもう一つの、常人を遥かに超えた数値にも大変興味をそそられる。人の命が軽く、奪い合いが当たり前の世界でならもしかすると反応速度より役に立つかもしれない。
そう考えると確かに楽しみだと、彼は静かに頷いた。
「中村倫〇系のあの顔も好みだし。あっちの世界ではどう評価されるか知らないけどさ」
「……」
ため息をつく。この世界の住人からすれば神と似た存在のくせに、顔の評価基準は人間と同等である。
「それとどうでもいいことだけどさ」
しかし続くこの言葉に男型は身構えた。
彼は知っている。女がこんな言い方をするときは、割と重要であるということを。
「……なんだ」
「――私的にはあの顔で無精ひげ生やして髪とか無造作な長髪にして後ろで一括りに結んでさ、無口で武骨な鍛冶職人とかになってほしいんだよね。本家トモヤと違ってガタイもいいし少し骨ばってるし。いやーやばい、絶対似合う。全女子が賛同する」
「たしかにな」
違った。本当にどうでもよかったので適当に相槌を打つ。
「まあとにかく」
すると彼女は急に切り替えた。
「今まで冒険しなかった男が、そしてそのせいで日の目を見なかった力がやり直しの人生でどうなるのか。そしてそれが世界にどれほどの影響を与えるのか」
ワクワクしたように彼女は上に目を向ける。
「当人には申し訳ないけど、私たちの数少ない娯楽を彩ってほしいもんだあねぇ」
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