第5話 第一村人発見
道なりに進むと一時間程度で集落がかなり近づいてきた。今のところ通行人は一人もいない。ここまで来れば肉眼でも家の屋根がどんな形状かわかるようになってくる。
欧州のどこかを思わせる
似通った原因は不明だが、地球と共通する部分を発見すると安心する。村がある時点で明白ではあったが、それでも同じレベル帯の知的生命がいる
しかし一時の心の平穏もここまでだった。
集落をぐるりと巻いた柵と、備え付けられた簡素な門から男が出てきたのを見たとき、心臓が一瞬で膨張した。
そして、素早く道の外に隠れてしまった。
ドクドク激しく脈打つ心臓を服の上から掴む。
ちょうど隠れやすい草木があるのがいけない。そもそも第一村人の発見が急すぎるのもいけない。と、言い訳を並べるが中々鼓動は収まらない。
「痛っ」
慌てて低木の陰に隠れたため、木の枝が顔に当たり強くこすってしまった。さらに木に
どちらも大した問題ではないが、ジャケットについた赤い汁はシミにならないかが心配であるし、どうも少々臭う気がする。
だが今はそんなことを気にしている場合ではない。
一時間歩いている間に色々と考えていた。
俺はどうすればいいのか。これからどうしたいのか。
プリセットされた一般常識は簡易的であるし、まずはこの世界に関する情報収集をする必要がある。それが第一目的だった。
しかし、どうやって村に入ればいいのか。やはり旅の者としてだろうか。しかしそれにしては俺の服装は軽装過ぎるし、忘れがちだが俺はいま十三歳だし。
「なかなか厳しい船出だな……」
なんの
あれこれ悩んでいると喉が渇いてきた。集落の近くに川が流れていたので、一先ずそちらに行こうと切り替える。できれば赤い汁も落としたい。
門番に見つからないようこそこそと迂回しつつ、俺は川の方向へ進路を変更した。
――
門番の視線に注意しつつ川の方向へ向かいながらこれからのことを考える。
(喉を潤して、服を洗って、その後どうするか)
一日程度なら野宿してもよいと思うが、何せこの世界には魔獣がいるという。
まずは川に行き、飲んで洗ったうえで、少なくとも村人には会っておきたい。
会って話をして情報収集することが次の目標。村に入ることができれば最上。一番最悪なルートは誰にも会うことができないってパターンじゃない。村人に不信感を持たれて集落に入れないことだ。
つらつらとシミュレートしながら歩いているうちに川が近づいてきた。
近づくにつれて木々の背も高くなり、周囲は手入れされてない林のようになってきた。かといって通れないほどでもなく、音と水の匂いを頼りに十分ほど木々の中を散策すると川べりについた。
「あそこらへんが降りやすそうか」
ぐるりと周囲を見回すと、降りてきた方向とは別に、木立ちの縫い目を割くようにして道が開かれていることに気付いた。向き的におそらく村に繋がっているのだろう。このルートでまた近づいてみようかと心の中で頷く。その道は何度も人が往来するうちに自然と踏み固められたような道に見えた。
なにはともあれ川に近づいて屈み、水をすくってみる。冷たい。長く都市在住だった身からすると川の水を飲むことに少し抵抗感があったが、両手ですくった後にはその気持ちは消え、手酌が川と口を何度も往復する。
「……うま」
存分に堪能したら次は洗濯。赤い汁が付いたジャケットを脱ぎ、濡れた指で少しこすってみる。とそこで気づいてしまった。
「あ、くそーまじか。シャツにも少しついてる」
生成りのシャツにもシミがあることを発見し思わずしょんぼり。三十一でこんな顔しても可愛かないが、十三の今なら許されるはずだ。それにまだ傷(汚れ)は浅い。いまから落とせば間に合う、とジャケットよりシャツを優先することにしてシャツも脱ぐ。
どうでもいいが、シャツは素肌の上に着ていたので半裸になってしまった。
(後で革袋に入っていた前世の下着を着ることにしよう)
本当は汚れた部分だけ濡らしてこすりたいが、そうするとシャツにしわが付きそうだし面倒なので全部川に漬けてザブザブしてみた。夜までに乾かなかったら、最悪死ぬときに着ていたYシャツを着ればいい―
―――.
弾かれたように顔を上げる。目線はさっき見つけた道のほうに釘付けとなる。
葉擦れではない。
間違いなく人の話し声と、近づいてくる靴音だ。
当たり前だ、踏み固められた道だろう。誰が使ってるんだ。どこに繋がってると思ったんだ。考えればわかることだったが、何故か「会いに行かなければ会えない」と思い込んでいた。
ざくざくとした葉を踏む音に合わせて、にぎやかで華やかで、ある種
こうなっては仕方ない。
身体は子ども、でも頭脳は大人。初対面で好印象を与え、話の流れを読んで主導権を握る。その場数は踏んでいる。
第一印象は身だしなみ。と考えて川べりから離れようとした瞬間に、脱ぎ捨てたジャケットが目に入る。
直後、川の流れに身を任せるびしょびしょのシャツが、ずっしりとした重さで以て存在を主張してきた。
「あ」
**********************
「――でさ、あの子、塩こぼしちゃったまま外に逃げたんだよ。手に入りやすくなってきたけど必要なものなのにさ」
「まあねぇ。それくらいの子はものの価値ってわからないからね。壺に入ってる塩見たら、いっぱいあるように思えちゃうのかもね。……っと? !!」
先頭の一人と目が合うと驚愕の表情をした。そして、すぐに他の人も気づいた。記念すべきファーストコンタクトの異世界人は計三人の妙齢の女性たち。字面だけで言えば最高だ。自分が半裸でなければ。
顔だけは冷静さを取り繕っているが、心は未だに動転している。このシチュエーションでの最初の一言として正しいのは何か決まらないままに、唇だけが先走る。
「す、みません。怪しいものではないんです」
まさに怪しいものが言う代表格のような言葉がでた。場数はどこいった。
異世界人との初回の対面は混乱の極致であった。
「……あー、まあさ、とりあえず服着なよ。みんな夫持ちだけど、若い子もいるし」
「……ありがとうございます。失礼します」
しかしこんな状況でも、最もお年を召した女性は冷静であった。
明らかな不審者の俺に対してもこの態度。恰幅の良さは度量の広さを体現していると言っても過言ではない。
ここまでくるとやっと頭の血の巡りも復活してくる。
考えている間も必死で手を動かす。一挙手一投足をじろじろ見られていることは落ち着かないが仕方ない。さっき話しかけてくれたジブリのパン屋の奥さんみたいな奥方Aはなんかにやにやしてるし。一番若そうなプラチナブロンドの奥さんCと目が合うと、顔を赤くして目をそらされた。
取り急ぎざばざばと音を立ててシャツを川から出す。当然びしょびしょのままなので、いったん前世のYシャツを着た。白のワイドカラーシャツだ。そんなに変でもないはず、と見当をつけつつボタンを留める。
「あらら、なんだか見たことないシャツ着てるね。貴族様が着ているような生地のシャツじゃない」
そうでもなかった。
「そう、なんですね。すみません。ここらの知識がないもので」
「そうだろうねぇ」
(あれ?)
納得されてしまった。何故か。
「髪の色も、目の色も真っ黒だろう。そんなお人は見たことがないよ。それに、そもそもここらの男どもとは雰囲気が違うよ」
「あ、わたしも思いました。シュッとしてて、上流階級の人かなって。しかも遠い国の。そんな人が何でこんな村の川にいるんだろって思いますけど」
中間の年の奥さんBが乗っかる。奥さんCは相変わらず目を伏せて反応なし。
やっと服を着替え終えて、あらためて相対する。
「でさ、さっきミエナもいったけどね」
待ち構えていたように年上奥さんAが話しかけてきた。
「明らかここらの人じゃないあんた様は、いったいなんでこんなところにいるんだい?」
(ですよね)
一瞬天を仰ぐ。混沌の現実とは対照的に、青い空は快晴でまぶしい。
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