反省せよ

まだ初冬とはいえモスクワの空は冷える。

プッチンははるばる日本から訪れた関大統領を迎えにタラップ前で待機している。

背後にはロシヤ軍の精鋭が完全武装で整列している。


「欧米のマスコミもいない。猿の大将のどんな表情が見れるか」プッチンは今宵は美味い酒になりそうだと打算し笑みが漏れる。


ここ数ヶ月、彼は食も酒も進まない日々であった。

隣国ウクライヤへの電撃侵攻作戦が始まって以来、ロシヤの外交面の門はほとんど閉ざされてしまった。訪れる首脳はめっきり少なくなった。欧米とは全く関係は切れてしまったと言っても過言ではない。


最近訪れる首脳連中といえば、このロシヤの属国、従属国と行った中の連中でプッチンの顔色を伺いばかりである。


大国の対等な首脳同士による水面下での汗を握るような会談ではない。

プッチン自身そのような会談が好きだとか思ってもいなかった。しかし実際になくなってみるとその様な刺激が自身には必要であるように思えてならない。


「今でも、メリケン首相が犬と対峙した時の引き攣った顔が忘れられない」

ドイチ首相は大の犬嫌いと知って、会見の場に彼の愛犬のシェパードを持ち込んだことは当時のニュースにもなった。

今日はアレ以来の素晴らしい顔が見れるだろう。


日本の大統領専用機の轟音が一頻り上がっていたが、仕事終えて、その音が小さくなる。

それに代わって妙な緊張感が辺りを包むようである。


日本の大統領専用機は温かみのあるアイボリー


友好的態度を絶対に崩さない日本人の笑顔を表したような配色、もちろんプッチンはその様なことは嫌いである。嫌悪感すら感じる。


ただ、プッチンは周囲に立ち込める一種の緊張感を感じていた。

もちろん周囲の兵隊がそのような雰囲気を持つことは理解している。

しかし、緊張感にあっては、この飛行機の配色はむしろ最後通告のような温かみであった。

仮面の下には敵意が溢れていることがよく分かる。


「こんな戦慄は東西ドイチ以来味わったことがないな」

プッチンが若がり頃の記憶が蘇る。一見普通の市民がレジスタンスとして地下活動をしていた時代、隠された敵意にプッチンは秘密警察として神経をすり減らす毎日であった。


笑顔を絶やさないカフェの店主が爆薬を密輸していたこともあった。まだ垢抜けない少女が運び屋として連行した子ともあった。

彼らはいつでも笑顔を絶やさない。

ただ、その仮面の下にはどれにも敵意が溢れていた

プッチンは突然よぎった遠い記憶に驚いた。


確かに数年毎日のように悪夢にうなされることもあった。彼らの悲鳴や呪いの言葉、断末魔はプッチン程の男でも枕を濡らすに十分であった。


しかし、政界に進出し国内外の政務に没頭する中で彼等の血と脂に汚れた悲鳴は薄れていった。


政界は彼の性分にあっていた。

見る間に政敵を追い落とし出世していった。

それとともに、周りには称賛や声援が響く日々が増していく。そして彼に批判を上げる者はいない。自らプッチンから去った者もいれば周りが遠ざけた者、最近はプッチン自身がそうした人物を避けてきた。


しかし、批判者をいくら遠ざけたところで自己批判から逃げられない。

彼自身気がついていないが、今までのつけを払う時期が来たのだ。

ロシヤの言葉で、ザクースカに逃げた日々は泣いても帰らない。という言葉があるが


まさに、プッチンはザクースカに溺れた日々精算することになることをまだ知らない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る