第4話・うちの兄、知ってますか?


 受験まで私の家庭教師をしてくれる事になった大樹さんと賢さんは、家庭教師をしてくれる日の食事を無料で提供するだけで、引き受けてくれていた。

 本当なら家庭教師のバイト代をお支払いしなければならないのに、ありがたい事と、私たちは思わず拝んでしまった。

 二人して、


「小花が周央学園を受験する事になって、驚いた。だけど、すごく嬉しい。絶対に受かってほしいから、協力は惜しまない」


「そうそう、すっげぇ嬉しい。だから、頑張ろうな、小花ちゃん」


 なんて言ってくれるのだ。繰り返すが、本当にありがたい事だ。

 そして、そんなふうに思ってもらえる事が、とても嬉しい。


「はい、頑張ります。よろしくお願いします!」


 二人に向かってぺこりと頭を下げると、彼らは満足げに頷いた。

 だけど、どうして私が周央学園を受験する事が、二人は嬉しいのだろう?

 疑問に思って尋ねると、


「あれ? 言ってなかったっけ? 俺と大ちゃん、周央学園の生徒だぜ」


 と、賢さんが言った。

 え? 何それ、聞いていないんですけど!


「俺と賢は、子供の頃から……幼稚園から、周央学園に通っている」


「そ、そうなんだ……」


 少し……いや、かなり驚いた。幼稚園の頃から通っているという事は、大樹さんも賢さんも、お金持ちの息子さんという事なのだろう。

 そんなお金持ちの息子さんが、何故こんな小さな定食屋に来ているのだろうと思わなくもないけれど、気に入って通ってもらっているのは嬉しいし、受験勉強の家庭教師もしてもらえてありがたい。


「周央学園って、どんな感じの学校ですか?」


「どんなって言われても、ずっと居るから、俺たちにとっては、あれが普通の学校だしなぁ」


「確かにな」


 それはそうかもしれない。同じ環境にずっといれば、それが普通になってしまうのは、当たり前の事だった。


「構内は、だいたいエリアが三つに分かれている。幼稚園と、初等部と中等部、それから高等部と大学と大学院、という感じだな。高等部と大学、大学院は同じエリアで使える施設も同じだから、小花が周央に合格すれば、毎日会えるな」


 優しい表情でそう言った大樹さんに、とくんと胸がときめいてしまう。イケメンの笑顔の破壊力はすごい。

 そうかぁ、高校と大学のエリアは、一緒なのかぁ。

 という事は、今、ちい兄が本当に周央学園に通っているのだとしたら、もしかして二人は、ちい兄の事を知っているかもしれない。


「あの……大樹さんと賢さんは、今、何歳でしたっけ?」


「俺たちは、十九歳だ。去年高等部を卒業して、今は大学一年だ」


「あの、じゃあ、エスカレーター式の学校だったら、他の学年の生徒の事も知ってたりします?」


「そりゃあ、周央学園は一クラス三十人くらいで、一学年につき二クラスしかないから、年齢が近い奴なら、知ってる可能性もあるけど、小花ちゃん、周央学園に誰か知っている奴とか居るのかい?」


「はい、そうなんです。実は、お兄ちゃんが通ってて、千隼っていうんですけど……」


 私がそう言うと、大樹さんと賢さんは首を傾げる。


「チハヤかぁ。居るには居るけど、苗字が真中じゃねぇんだよなぁ」


「あぁ、苗字は、真中じゃないです。西園寺です。西園寺千隼」


「え?」


「はぁ? どういう事だ? 小花ちゃんの兄貴が西園寺千隼なら、小花ちゃんって、真中小花じゃねぇの?」


「はい。ちょっと自分でもわからない、ややこしい事情があるみたいで、私だけお母さんの実家で育ったんですけど、私の名前は真中小花じゃなくて、西園寺小花っていうんです」


 私がそう説明すると、大樹さんと賢さんはすごく驚いて――そして何故か、小さくガッツポーズをした。

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