第75話 肝試し(2)
神社は年に一度の初詣の時にしか行かないから、どちらかというとあまり馴染みのない場所だった。
通学とかで側を通ることはあっても、日常でわざわざ足を運ぶことはない。
なんとなく神聖な場所なんだろうなーと、昼間はそれくらいの印象しか抱いたことがなかったけれど、夜の神社はだいぶ雰囲気が違って、魔界への入口かと思うほどどこか禍々しい。
神社の周囲は街灯が申し訳程度しかなく、真っ暗よりも仄暗い感じが逆に恐怖を煽る。
咲間先生が昼間、事前に下見やルートの確認をしてくれたようで、二十四時間参拝可能だから遠慮なく楽しんでいいとのこと。
ただし、当然節度は守って。
肝試しで近隣迷惑になるくらいはしゃぐ人なんているのかね……別の意味で大声上げる人はいそうだけど。
肝試しのルールとしては、咲間先生以外の四人が二人一組になって境内を回るという、至ってシンプルなもの。
まず最初の一組が先に入って、その二十分後にもう一組が入る。
神社の出入り口である鳥居をくぐり、そのまま参道を進む。
ほぼ直線のため変わり映えはしないけれど、拝殿までの距離がそこそこあるらしい。
途中にある
最後は裏参道を通り、最初に入った場所とは別の鳥居へ出て肝試しは終了。
というのが、一連の流れだ。
言ってしまえば、普通に参拝するだけ。
ちなみに、私たちが肝試しを始める前に、咲間先生が先に一人で参拝を終わらせていて、ゴール地点の鳥居で待っているそうで。
木崎さんのスマホに『すごく不気味だったよ☆』と、怖がっているのか楽しんでいるのかよくわからないメッセージが届いた。
この先生からの連絡が、肝試しスタートの合図だ。
予めくじで決めておいたペアに分かれて、じゃんけんで勝った方が先に始める。
じゃんけんに負けた私のペアは、後からスタートすることになった。
鳥居をくぐる二人の背中を見送り、二十分経つまで大人しく待つことに。
「……はあ」
時刻は午後八時。
夜でもやっぱり暑いなーと思いながら、首にぶら下げているハンディファンを顔に当てていたら、隣からため息が聞こえた。
恨みつらみを含んだ、それはもうとてつもなく深くて大きなため息が。
「そんな辛気臭い顔してたら取り憑かれんじゃない?」
「うっせー黙れ能天気次脅かすようなこと言ったらぶん殴る」
「いつものキレがないねー」
地面にしゃがんで、縮こまりながら頭を抱えているのは、終始不機嫌そうな態度をとっている雪平だ。
不機嫌というより"怯えている"の方が適切かもしれない。
ルール説明があった午前中から、ずっとこんな感じだ。
食事もきっと喉を通らないくらいなんだろうなと思っていたら、お昼はしっかり杏華さんの手料理をおかわりしていたけど。
「怖いの?」
「怖くないッ!」
「涙目で言われても」
加えて声が震えているから、今の雪平は萎縮している小動物みたいだった。
別に強がらなくてもいいのに。
雪平がああ見えてヘタレなのは今に始まったことじゃないし。
「よりによって何で二色と……」
「雪平の場合、誰と行ったって同じでしょ」
「お前とだけは組みたくなかった」
「そりゃ運の悪いことで」
「はあ?」
ギロリと睨まれる。
怯えながらも、今にも噛み付いてきそうなほどの威勢を見せる余裕はあるようだ。
「気が散るからもう話しかけんなよ」
「はいはい、わかった」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……なんか喋れ」
「どうしろと」
「独り言とか言ってろ」
「そっちの方が怖くない?」
話しかけてほしくないけど無音なのは嫌だ、ということだろうか。めんどくさ。
歌でも聴かせてあげればいいのかな?
夜の神社の前で誰からも相手にされず一人で喋るなんて、不審者がやる奇行なんですけど。
「マジでむかつく……こんな時でも余裕こきやがって。少しは怖がれっての。どんだけ心臓に毛が生えてんだよ。ほんとに人の心持ってんのかコイツ……」
あまりの恐怖で精神的に追い詰められているのか、意味のわからないことを呟いている。
怖がるのか悪態をつくのか、どっちかにしてほしい。
とりあえず、暴言を吐く余裕があるのならまだ大丈夫だろう。
話しかけるなと言われたけど、なんだかんだで反応してくれる雪平と適当に時間を潰す。
そして二十分が経ったことを知らせるアラームが鳴り、いよいよ肝試し開始──という時に。
「……おーい。早く行かないと終われないよ?」
「…………むり。やっぱむり。神社で肝試しとかバカじゃん頭イカれてる絶対祟りに遭う死ぬもう帰りたい」
雪平が駄々をこねる子どものように、しゃがんだまま一向に立ち上がろうとしないどころか、ブツブツと呪文のように愚痴をこぼしている。
傍から見れば、明らかに怪しいのは雪平の方だ。
……仕方ない。
これほどまでに怖がっている子を無理やり連れて行くわけにもいかないし。
「じゃ、先行くわ」
「待てッ!? 鬼かお前は!?」
入口の鳥居へ向かおうとしたら、凄まじい力で腕を掴まれた。
振り向いてみると、今にも泣きそうな目で雪平が私を凝視している。
お、やっと立ってくれた。
「何よ」
「一緒にいろよ! 普通こんな危ない場所に置いてこうとしねーよな!? お前に少しでも慈悲の心があんのならッ!」
「だって、あんたの決心がつく頃には朝になってそうだし。先生たち待たせるわけにいかないでしょ。時間になったら始める。これルール」
「だ、だからって……!」
「いて……いててて……ごめ、わかった。わかったから腕、一回離そ?」
何でこんな時だけ無駄に怪力なのだろうか。
いつもならグーでぽこぽこ殴られても、赤ちゃんみたいな力で全然痛くないのに。
今のこの握力は危険すぎる。
爪が皮膚に食い込みまくってんのよ。
そんで歯を食い縛るな。私の腕、雑巾か何かだと思ってる?
「……次、一歩でもあたしより前に行ったら腕捻る」
「……はい」
もう捻るのと同じようなことされたけどね……。
とりあえず並んで歩け、ということらしい。
怖気付いている雪平の歩幅に合わせていたら、終わるまでに余裕で一時間超えそうな気もするけれど。
うだうだやっている時間も惜しいので、何とか雪平を丸め込んで鳥居をくぐることまではできた。
夜の時間帯ということもあり、境内に私たち以外の人はいない。
常夜灯があるおかげか、暗闇で視界が悪いということはないけれど、やはり雰囲気は物々しい。
まずは手水舎へ向かうため、参道を歩いていく。
笑っちゃうくらいのろのろとした足取りで。
一歩出しては止まり、また一歩出しては止まる。バージンロードかここは。
横には、私の腕を両手でしっかりと掴んで、ずっと下を向いている雪平がいる。
何が何でも先には行かせないという、無言の圧力を醸しながら。
ゆっくり歩けばその分恐怖が長引くだけで、さっさと歩いた方が早く終わるのに。
何か雪平を焚きつけられそうなものないかな……。と思い、ふと閃いて立ち止まる。
「……え、ちょっと待って。あそこに人影が……」
「〜〜〜ッ!!?」
「ぐェッ」
声にならない悲鳴をあげた雪平がイノシシの突進の如く私に抱きついて、思わず蛙が踏み潰されたような声が漏れてしまう。
今まで雪平から受けてきた可愛い暴行とは比にならないほどの万力で、私の体を締め上げている。
……やばい。肝試し云々よりも、命の危険に脅かされている恐怖を今本気で感じる。
「いだだだだッ!! ……肉! 腹の肉思っきし鷲掴んでるッ! ひしゃげるッ!!」
「言ったよなあ!? 脅かすなって!! てめえの脳みそはニワトリか? 人の言ったことすぐ忘れる単細胞なんか!? そんなに嫌がらせすんのが楽しいか!? この恨み一生忘れねーよ?! 死んでも呪うッ!」
「ごめんて! 私が悪かった! 冗談だからそんな怒んないで……」
「ふんッ!」
恐怖よりも憤怒が上回ったのか、私を乱暴に離した雪平はズカズカと一人で先に行ってしまった。
何だこの豹変ぶり。
さっきまで腰が抜けてまともに動けなかったのが嘘のような俊敏さだ。
うん、計算通りっちゃ計算通り……。
多大なる犠牲を払ってしまったけど。
痛む脇腹をさすりながら、ちらっと前方に目を向けると。
「早く来いよっ……!」
手水舎の前で雪平が身を震わせながら、小さな声で急かしていた。
先に行ってもいけないし遅れてもダメ。
……あれ、私だけいつの間にルール増えてる?
やれやれとため息を吐きながら、足早に後を追った。
柄杓で水を汲み、左手、右手を清めて、最後に口をすすぐ。
年に一回しかやらないから、作法が合っているのか怪しいけれど。
相変わらずグズっている雪平をまたしても宥めて、ようやく目的の拝殿に辿り着いた。
確か、最初に鈴を鳴らしてからお賽銭を入れるんだっけ。
それから二礼二拍手一礼、と。
お祈りは好きにしていいらしいから、密かに願い事を祈願しておいた。
参拝までの手順を全て踏んで、最後はこの神社を出るだけ――ではなく。
実は、大事なルールがもう一つある。
参拝の後におみくじを引くのだ。
二人の運勢を比べて、良かった方はそのまま出口の鳥居へ向かって肝試しは終了。
悪かった方は、引いたおみくじをおみくじ掛けに結んでから出口へ。
運勢が同じだった場合は、二人で一緒に帰れる。
ただし、同じでも『凶』以下であれば、二人でおみくじを結ばなければならない。
つまり、お互い同じ運勢を引かなければ、そこから先は各自一人で行動することになるのだ。
雪平にとっては、本当の恐怖はここからということになる。
「……いいか。おみくじ、あたしに合わせろよ」
「なんで」
「……っ! ……一人になるのが嫌だからに決まってんだろ!」
「お、素直に認めたねー。それなら、雪平が私に合わせてくれてもいいんだよ?」
「〜〜ッ! あーもうッ! とにかく同じやつ引け!」
理不尽な怒りだなぁ。
おみくじってこんな気合い入れて引くものだっけ……。
とりあえず、お金を入れて一枚ずつくじを引いていく。
険しい表情で両手を組みながら祈りを捧げている雪平が、私を睨みつけて合図を送った。
「……開けるぞ」
「うい」
二人で一斉におみくじを開く。
私は『凶』以外だったら何でもいいかな。
あ、雪平と同じじゃなきゃダメなんだっけ。
こっちとしては別行動でも全然構わないんだけど、可哀想なほど怖いものが嫌いな雪平を一人にさせるのは……うん、それはそれで見てみたい気もする。
開いたおみくじの中身を確認した瞬間、「えっ……!?」という驚きの声が隣からあがった。
「大吉だ……!」
普通に喜んじゃってるじゃん。
怖がったり怒ったり歓喜したり、情緒が忙しい子だ。
これが肝試しじゃなくて初詣とかなら、私も純粋に喜んであげられるんだけど……大変残念なことに。
「ごめん。小吉」
「てめえーッ!!」
胸倉を強く掴み上げられる。
いや、これ私が悪いの?
くじを合わせられる確率なんてそもそも低いんだし、私を責めるのはお門違いでは……なんて反論したら次は首を絞められそうだからやめておく。
きっと何かに当たっていないと、精神がおかしくなってしまうんだろう。
そう思うことにしよう……。
「私より上なんだからまだマシでしょ。ほら、あとはもう出口行くだけなんだし」
「一人で行けっつーのか!? あの薄暗い参道をあたし一人で!?」
「だいじょーぶ。鳥居の前で先生待ってるから」
「だからってッ――」
終始発狂している雪平をあれやこれやと言いくるめようとして、かれこれ経過した時間は約十分。
非常に不本意ながらも渋々、というかおずおずといった様子で、雪平は出口へ歩み出してくれた。
縮こまりながら歩いているせいか、彼女の背中がとても小さく見える。
むしろ物理的に屈んでいる。
あんな状態でちゃんと出口まで辿り着けるか不安だけど……まぁ、表の参道に比べれば距離は短い方だから多分大丈夫だろう。
さて。雪平より運勢の低い『小吉』を引いた私は、おみくじ掛けにおみくじを結びに行かなければならない。
場所は少し離れたところにあって、参道よりも暗い。
手早く済ませて、みんなが待っている鳥居に向かおう。
雪平とのいざこざでだいぶ時間を潰してしまったし。
先に始めた夕莉と木崎さんは、もうとっくに終わらせているはずだ。
おみくじ掛けのある場所まで来たところで、ふと視界にあるものが映った。
砂利の地面にしゃがみ込んで俯いている、長髪の女の子の姿が。
足を止め、無意識に眉をひそめる。
いよいよ私も"見える"ように…………いや、違う。
その子の正体に気付いた瞬間、一気に緊張と心配が押し寄せてきた。
「……夕莉?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます