第49話 勉強会(1)

「……え、マジで?」

「ごめんなさい! 絶対にわたしのせいだ……」


 一通り私の置かれている状況を話してみた。


 雪平は気まずそうに顔を強張らせ、木崎さんは直角を超える角度で腰を折り深々と頭を下げた。

 なんでそんなに大慌てで謝るんだろう……。


「あの時、わたしが詩恩ちゃんに二色さんのこと話しちゃったの。それで、何が起こったのかいろいろ調べたんだと思う……」

「そうだったんだ。でも、軽率な行動をとった私に落ち度があるから、誰のせいでもないよ」


 加賀宮さんの前で隠し事をしようものなら、どんな手を使ってでも吐かせようとするだろうしね。


 そういえば、木崎さんは生徒会に入ってるんだっけ。

 それなら、役員の間で生徒に関する情報を共有していても何らおかしくはない。


「三位以内って……できんの?」

「どうかな。今のところは何とも。ただ、可能性はゼロじゃない」


 明らかに不安丸出しの表情で、雪平が恐る恐る訊いてきた。


 絶対に実現できないとは思わない。

 けれど、絶対に大丈夫だと胸を張れるほどの自信が今は足りない。


 曖昧な回答を出したところで、雪平の煮え切らない態度に違和感を覚える。


「あれ。私には退学になってほしいんじゃなかったんだっけ」

「なっ……べ、別に……どっちでもいいっつーか…………単純に気になって訊いただけだし」

「おー、そっか」

「その顔、信じてねーだろ」

「別に。ま、雪平の思ってることは大体わかるよ」

「お前っ……! 余裕こいてられるのも今のうちだからな!」


 顔を真っ赤にして怒鳴り散らすいつも通りの反応に、少しばかり癒された。


 雪平は本当に短気だなと呆れつつ、どんな時でも変わらない反抗心剥き出しの態度が今は逆にありがたいと思う。

 一人でいると、無駄に物思いに耽ってしまうから。


 何とかする、と前向きに考えてはいたけれど、内心では切羽詰まっていたのかもしれない。

 そうでなければ、睡眠時間をほとんど犠牲にするほど追い込んだりしないだろうし。


 恥ずかしながら、今まで目標を持ってテストや試験に臨んだことがなく、点数や席次をそこまで気にしたこともなかった。


 だから、何が何でもこの順位に入らなければならないという使命感を抱きながら勉強するのは、どうにも慣れない。


「……わたし、詩恩ちゃんを説得してみるよ。二色さんは悪くないって」

「いや、説得してどうにかなる相手じゃなくね。副会長、めちゃくちゃ頑固だし」

「確かに、あの一辺倒な姿勢じゃあ今さら何を言っても聞かなそう。だから木崎さん、そう言ってくれるだけで充分だよ」


 ただでさえ偏屈な加賀宮さんがピリピリしている状態の時に乗り込んで行ったら、今度は木崎さんが毒舌の餌食になりかねない。


「でも、このままじゃ二色さん、退学になっちゃう」

「三位以内に入れなければ、ね」


 さらっと心を抉るようなことを言われた気がしなくもないので、それとなく補足を強調しておいた。


 悪い噂を信じていた彼女からしてみれば、私に対して勉強が得意ではないという印象があるのかもしれない。


 授業をサボりまくっていた人が、いきなり上位の成績を収めるのは不可能ではないだろうかと。そう懸念するのは当然だ。


 加賀宮さんもそれを見越して、望み薄な条件を私に課したのだろう。

 十中八九自分が賭けに勝てる、そんな都合のいい条件を。


 一見、チャンスを与えたことで情けをかけてくれたかと思いきや、やはり彼女は意地がよろしくなかった。


 けれど、どうせ成し得ないと高を括っている加賀宮さんの鼻っ柱をへし折ることができたら、絶対にスカッとするはずだ。


 私への傲慢な態度も改めてくれるかもしれないと思うと、ますます対抗心が強くなってくる。


「…………あのさ」


 図書室へ向かうため、話もそこそこに切り上げて解散しようとした時、雪平が控えめに声を上げた。

 彼女のことだから、"自業自得だろ"みたいな冷やかしを言ってくるかと思っていたら。


「前、あたしに勉強教えてほしいって言ったよな」

「うん……?」


 そういえば、雪平にそんなことを頼んだような。


 様子のおかしかった雪平を試すために、あえて自分から"やっぱ諦める"と願い下げたきり、すっかりお願いしていたことを忘れていた。

 え、もしかして……?


「その……今回だけ、教えてやっても……いい、けど」

「……ほんとに?」


 かなり自信なげに申し出てきたもんだから、聞き間違いかと思って一瞬ぽかんとしてしまった。


 あれほど頑なに拒んでいたのに、雪平から承諾の話を持ちかけてくるなんて、どういう風の吹き回しだろうか。


 ただ、恥ずかしそうに俯いているところを見ると、とても冗談で言ったようには思えない。


「そもそも、あの騒動が起こった根本的な原因はあたしにあるし……二色だけが責任負うのは、ちょっと、違うっつーか…………申し訳、ない、ような……」


 語尾が段々と小さくなっていく。

 いつも私に吠えてくるあの雪平が、たじたじになりながら恐縮している。


 素直すぎる反応に笑みを堪えきれず、感謝の言葉より先に手が動いてしまった。


「おい……! 触んなよっ……!」

「いいじゃん。なんか無性に嬉しくて」


 雪平の頭をわしゃわしゃと撫でる。

 鬱陶しそうに私の手をぺちぺちと叩いてくるけど、力が赤ちゃん並なので痛くも痒くもない。


 寝起きの如く髪の毛が乱れてしまったところで、さすがにやりすぎたと思い手を引っ込める。めっちゃ睨まれた。


「あ、わたしもっ……協力させてください! 今からでも遅くないし、みんなで一緒に勉強した方が絶対効率いいと思うから」

「木崎さんも? いや、でも……」

「テスト前は、いつも朱音ちゃんと勉強会やってて。せっかくだから、二色さんもわたしたちと一緒にやりませんか……? 」

「……茅もそう言ってんだし、片意地張るなよ」


 ダメ押しで雪平が呟く。


 まさか二人から協力の意を示されるとは思わなくて。

 そんなつもりで事情を話したわけではないけれど、純粋に嬉しかった。

 雪平と木崎さんは、少なくとも私が退学になることを望んではいないのだと。


 ここまで来たら、素直になるべきなのは私の方だ。


「――ありがとう。それじゃあ、お言葉に甘えて」


 快諾した私に、木崎さんは笑顔で頷いてくれた。

 雪平は相変わらず不機嫌そうに顔をしかめながらも、頬の赤みは引いていないまま。


 これは私と加賀宮さんの勝負だけれど、誰かの力を借りるのは反則ではないはず。

 心強い味方ができて、幾分か緊張が和らいでいくのを感じた。


「二色。この後、自習するつもりだったんだろ。あたしらも混ぜろよ」

「積極的だねー。じゃ、早速行こうか」


 赤面した雪平に肩をど突かれた。


 そんなこんなで、一人で行く予定だった図書室には三人で向かうことになった。


 テスト期間前ともなると、やはり自習目的で放課後に図書室や自習室を利用する生徒が多い。


 私がいつも図書室で勉強するのは、単に人が少ないから。

 いつ来ても余裕で席が空いているくらいには、利用者がそこまで多くはない。


 一人一台の机が用意された個別ブースで、仕切りや電源コンセントがある自習室の方が、勉強する環境としては最適なのだろう。


 空いている席を探すのが面倒、ということもあり、定席のある図書室へ行くようにしている。


 案の定、到着した図書室には生徒がちらほらいるものの、座席はほとんど埋まっていなかった。

 お決まりの四人席の机に、私たちは腰掛ける。


 急展開でこんなことになるとは予想もしていなかったけれど、せっかくの機会だ。

 存分に活用させてもらおう。


「よろしくお願いします、先生。やるからには遠慮なくしごいてください」

「よ、よろしくお願いします」

「その言い方やめろ。茅もこいつに乗んなくていいから」


 こうして、即席メンバーでの唐突な勉強会が始まった。

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