第43話 抗議(1)
"蛮人"と呼ぶくらいならフルネームで呼ばれた方がマシ、と横槍を入れられる空気でもなく。
思い切った問い掛けに、夕莉は目を丸くしていた。
本人の口から直接聞かないと気が済まないのだろう。
私がストーカーではないという紛れもない事実が、今から発する夕莉の証言によって決まる……気がする。
加賀宮さんからの核心を突くような鋭い質問に、夕莉はどんな答えを出すのだろう。
主人と付き人という特殊な関係性を先生がいる前で正直に公言すれば、またややこしいことになりそうだし。
かと言って中途半端な返答をすれば、気難しい加賀宮さんは絶対に納得しない。
「彼女は……」
全員が固唾を呑んで発言を待つ中、また夕莉と目が合う。
何と言えばこの場を凌げるのか、そう悩んでいるような表情だった。
その気がなかったとはいえ、ストーカーと勘違いされるような原因を作ってしまったのは私だ。
私だけが非難されるならまだしも、何も悪くない夕莉がとばっちりを受けるのは違う。
ストーカーではないと否定してくれた彼女を困らせないように、ここは素直に謝った方がいいのかもしれない。
やったやっていないの問題ではなく、怪しまれるような振る舞いをしてしまったことに対して。
夕莉が言い淀んでいる間に、意を決して口を開く。
怒りが収まるとは思えないけれど、この際"不審者"でも"変質者"でも罵ってくれて構わないから、とりあえず加賀宮さんの不満の矛先が私に向いてくれればいい。
「加賀宮さん、私が――」
「付き合っているの」
「全部悪か…………え?」
遅れて耳に入ってきた夕莉の返答に、話そうとしていたことが全部吹っ飛んだ。
時が止まったかのような静寂が不意に訪れる。
さっきまで顔をしかめていた夕莉は、開き直ったように表情から感情がなくなっていた。
予想だにしない言葉に衝撃を受けたのか、誰も瞬き一つせず体を硬直させていたが。
「〜〜〜〜ッ!?!?」
加賀宮さんが声にならない悲鳴を上げながら仰け反ったことで、我に返る。
ショックどころではない、今にも失神してしまいそうなほど顔面蒼白である。この場にいる誰よりも頭が混乱していそうだ。
一応、私も驚いてはいるんだけど……。
「夕莉……? つ、付き合っ…………誰と誰が、付き合ってるって?」
「私と、奏向が」
「あっ……純粋に親しい仲としてって意味だよね……?」
「恋人として交際している、という意味よ」
止めを刺されたのか、加賀宮さんはソファの背もたれに寄り掛かり、魂が抜けたように動かなくなった。
……わかってる。
これがその場凌ぎの言い訳で、ストーカー紛いの行為を誤魔化せるくらいの関係を証明できないといけないから、本気で言っているわけではないと。
ここで私がさらに動揺すれば、せっかくの爆弾発言に信憑性がなくなってしまう。
わかっている、けど……何でそこまで平然と言ってのけてしまうんだろう。
言い逃れするためならどんなはったりも利かせるのかこの子は……。
清々しいまでに抑揚がなく無表情だ。
こっちは開いた口が塞がらないというのに。
「なぁーんだ、そういうことだったの? 確かにそれだったら、なかなか言い辛いよねぇ」
咲間先生はというと、初々しいカップルでも見守るような目で、ニヤニヤと気持ち悪い微笑みを浮かべていた。
どうか真に受けないでほしい、なんて思いが届くはずもなく、納得したように深く頷いている。
激しく訂正したいけど、付き合ってなどいないと否定したところで、他に通用しそうな関係性が思い浮かばない。
私と夕莉が仮に、天地がひっくり返ってもあり得ないくらいの可能性だけど、実際に付き合っていたとしたら、背後をつけ回すという挙動も正当化されることになる……のか?
恋愛経験が皆無なので、恋人同士でどこまでの行為が一般的に許容されるものなのか全くわからないけれど。
でも、毎日の登下校が一緒ということに関しては、充分説明がつくと思う。
「はい。彼女とは先月から付き合い始めたのですが、毎日送り迎えをしてくれるんです。ただ、彼女は少しシャイな面もあるので、人目のある場所では私の隣に並びたがらなくて。もう一ヶ月以上経つのだから、いい加減人前でも堂々と一緒に歩きたいとは思っているのですが」
途端に饒舌になるなおい。
もう付き合ってるっていう設定でいくのね。それっぽい証言まで並べて……。
嘘だとわかっていても、本当のことだと信じてしまうくらいに公然と話すもんだから、全く違和感がない。
ひとまず、ここは夕莉の話に合わせておくべきか……。
「うんうん、そっかそっか。毎日送り迎えなんて、よっぽど大事にされてるんだね! いいなー、青春だなぁ。どういうきっかけで付き合うことに……って、生徒の恋愛事情に踏み込むのはさすがに無粋か! あはは、ごめんね。でも、ちょっと意外だったから」
こっちはこっちで変に盛り上がってるし。
ストーカーではないと納得してもらうためだけの擬装なのだから、あまり話を広げないでほしい。
「二色さん、神坂さんとお付き合いしてたんだね。道理で進級してから丸くなったわけだ」
「いや……まぁ、はい……」
答えづら。
今のは素直に認めてもいいのやら……。
私が真面目になった理由が、夕莉と付き合い始めたからということになってしまった。
当たらずといえども遠からずなところがまた複雑だ。
実際、彼女に雇われたおかげで退学を免れて学院に通い続けられることになったし、時間の余裕ができて勉学にも励めるようになった。
その点ではとても感謝しているけれど、純粋にその思いを認めてしまうのがなんだか
「てことで、二色さんのストーカー疑惑についてはただの勘違いでした。わざわざ呼び出して、不快な気持ちにさせてしまってごめんね、二色さん」
「いえ、お構いなく……」
終わった、か。
心当たりのない疑惑で突然呼び出された挙げ句、夕莉の仲裁にとんでもない発言でどうなることかと思ったけど、何とか容疑が晴れて良かった……と、手放しで喜べない。
無実の証明と引き換えに、新たな誤解が生まれてしまったのだから。
「無事解決したよ、加賀宮さん」
一人スッキリとした面持ちの咲間先生が、未だ放心状態の加賀宮さんに声をかける。
すると、微動だにしなかった体がピクリと反応した。
のそりと姿勢を正し、前髪の隙間から覗く怨霊のような眼差しが私を射抜く。
「……いいえ、解決などしておりません。むしろ問題は深刻化してしまいました。会長とお付き合い? 世迷い言を抜かさないでいただけます? 前世でどれほど徳を積んだとしても魂が生まれ変わらない限り貴女と会長の人生が交わることすら決してなかったはずなのです」
よくもまあ早口で一度も噛まないなと感心してしまう。
付き合っていると豪語したのは私じゃないけどね……。
やたら夕莉にこだわっているようだけど、ストーカーに遭っていないとわかったのなら安堵するべきでは?
それとも、どんな理由であれ私と夕莉が関わっているという事実が許せないのか。
嫌われるのは別に構わないし、敵意を向けるのも勝手にしてくれと思う。
ただ、これ以上何かと難癖をつけて説教垂れるのは勘弁願いたい。
「会長とのお付き合い云々に関しては後ほどじっくり尋問するとして――二色奏向。貴女を呼び出した目的は一つだけではありませんの。ストーカーよりも遥かに悪質な問題行動を起こしたこと、身に覚えがないとは言わせませんわ」
加賀宮さんは怨念のこもった目で私を睨みつけると、声を低くして詰問した。
「先週金曜日の放課後、貴女はどこで何をされていました?」
「……!」
今までの曖昧な憶測とは打って変わり、的確な指摘に思わず息を呑む。
問い掛けてはいるけど、その答えはすでに知っていて、私がどんな返答をしても糾弾する気満々の雰囲気をまざまざと感じる。
先週金曜日の放課後――どこで情報を入手したのかは知らないけれど、間違いなく小高さんたちとの騒動のことを指しているのだろう。
あの場を誰かが目撃していて、学院に連絡でも入れたのか、はたまた加賀宮さんが独自に調査でもしたのか。
前者であれば、とっくに先生たちから呼び出しを食らっているはずだし、咲間先生の普段と変わらない様子からして、教師間で情報の共有が成されていないと予想できる。
となると、後者かそれ以外になるが……。
私の目配せに気付いた夕莉が、余裕のない表情で眉をひそめながら小さく首を横に振る。
雪平や木崎さんは、私が二人を帰らせた後に何が起こったのかは知らないはずで、あの出来事を詳細に知っている第三者は、夕莉だけ。
けれど、彼女は絶対に口外したりしない。
どちらにせよ、咲間先生の前でこの話題を出されたらもう隠し立てできなくなる。
彼女はどこまで知っている……?
私があの公園にいたという事実だけか、それとも、チンピラ共と殴り合ったことも全てお見通しなのか。
もし大っぴらに暴こうものなら、今度こそ洒落にならない事態になる。
「何も仰らないということは、人様に明け透けにできないほどのことをなさった、と解釈してもよろしくて?」
「そういうわけじゃ……」
「加賀宮さん……? どういうこと?」
不穏の兆しを察したかのように、穏やかだった咲間先生の表情が徐々に陰る。
……いよいよ大変なことになってしまった。
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