第42話 とある疑惑(2)

「神坂さんっ……!? ああ……もっとややこしいことに……」


 夕莉の姿を見るや文字通り頭を抱えて、可哀想なくらい縮こまっている咲間先生に、なぜか同情してしまう。


 そういえば、つらつらと不満を垂らしていた加賀宮さんの話の中で、"会長"という言葉が出ていたような。それって生徒会長――つまり、夕莉のことを指していた?

 なんでまた夕莉が…………いや、まさか。


「夕莉さん……なぜこちらに……」

「当事者抜きに話を進めるのはフェアじゃないと思うのだけど」

「しかし……」

「例の件は私とあの子の問題だから、下手に詮索しないでと言ったはずよ。そのお願いを無下にして、あなたの一存でこの状況を招いたのだから、私がここで割り込んでも文句は言えないわね」

「……っ…………はい」


 もはや誰にも止められないほどの暴走ぶりだったにもかかわらず、夕莉を前にして借りてきた猫のように大人しくなった。


 彼女のポーカーフェイスと冷淡なオーラは、お喋りな毒舌お嬢様さえも黙らせてしまうようだ。

 先生すらも手を焼いていたというのに、なんという威厳……そんなことよりも。


 夕莉は"当事者"と言った。

 ストーカー然々の噂を認知していたうえに、彼女自身がそれに関わっているという自覚がある。

 加賀宮さんの話の内容からしても、ストーカーの被害者はきっと夕莉だ。


 私だけが呼び出されたのは、加害者と被害者を会わせるわけにはいかないという配慮によるものか。


 確かに、生徒間で起きた問題に介入するのなら、一人ずつ話を聞くのが妥当だと思う。

 大前提として私は加害者ではないけれど。


 ……なんとなく、今回のストーカー冤罪事件の全貌が見えてきたような気がする。


 私は神に誓って誰かをつけ回すという下劣な行為をした覚えはないと断言できる。


 しかし、よくよく考えてみると全く心当たりがないわけではなかった。

 傍から見れば不審に思われるような行動に映っていたかもしれないから。


 全てを悟った私に何か言いたげな視線を送りながら、夕莉は加賀宮さんの隣に腰掛けた。


 各々が三者三様の表情を浮かべる中、ただ一人冷静な態度の夕莉が状況の整理を始める。


「咲間先生、勝手に押しかけてしまい申し訳ありません。ただ、彼女たちだけで話を進めると事実がかなり歪曲してしまうかもしれないので、私も同席させていただいてよろしいでしょうか」

「でも……この面子だと話し辛いんじゃ……」


 咲間先生は、あくまで夕莉を被害者として扱うつもりなのだろう。

 私の方をチラッと見ながら、遠慮がちに夕莉の顔色を窺っている。


「構いません」


 けれど、そんな心配など何処吹く風でスッパリと言い放った。


 もう、何が何だか……。

 お呼びでないはずの夕莉がここに来たということは、私たちの会合の目的を知っていたことになる。


 なぜか私がストーカーの犯人として責め立てられている理由も、彼女は恐らく全てわかっている。……で、問題はどの立場から意見するのか。


「ひとまず、改めて咲間先生から事の顛末をご説明いただきたいです。……彼女の様子を見る限り、状況を正確に把握できているかも怪しいので」


 私の斜め前に座っている夕莉が、さりげなく視線を寄越してくる。

 カオスな空気の中で思わぬ助け舟が、と喜ぶべきか。


 一方的に批判されるのは正直気分が悪いし、私の意見もちゃんと聞いてほしいと思っていたところだったから、この場をしっかり取り持ってくれる存在は非常に助かる。


 主導権が夕莉に移ったことで、多少肩の荷が下りたのだろうか。

 ほっと胸を撫で下ろし、けれど疲労感漂う面持ちで咲間先生はゆっくり頷いた。


「……生徒がつけ回されてるっていう噂は、先月から一部の生徒間で流れていたらしいの。しかも、そのストーカーが同じ学院の生徒かもしれないと。念のため、相談を受けた加賀宮さんが聞き取りをしながらできる範囲で内密に調査をしてくれたんだけど……その結果、浮上したストーカーの容疑者が、二色さん」


 容疑者って……。本当に悪いことをしているみたいな言い方はやめてほしい。


 何度でも否定するけど、私はストーカーではない。周りにそう捉えられるような行為を見せてしまっていたとしても、下心なんてこれっぽっちも抱いていないのだから。


「二色さんが……神坂さんの後をつけているところを、加賀宮さんが何度も確認してるの。神坂さんは、皆より早めに登校してるでしょ? それを見計らったように、二色さんも同じ時間帯に来てる。下校する時も……神坂さんを尾行してるみたいだし」


 要するに。私が夕莉の付き人として一緒に登下校している様子が、何の勘違いか他の生徒からはストーカーをしているように見えていたと。


 夕莉から距離を取りながら歩いていたから、悪い意味で絶妙なその間隔が、尾行している人の距離感だと思われてしまったのだろう。


 普通に考えて、そんなあり得ない可能性を鵜呑みにしてしまう方がどうかしていると思う。

 生徒が生徒をストーカーするという発想がまずやましい。


 偶々登下校の時間帯が同じで、偶々行く方向が同じだったとか、私と夕莉が知り合いで偶々縦に並んで歩いていたとか、ポジティブに考えることはできなかったのだろうか。


「二色さんは前まで遅刻早退欠席の常習犯だったし、出席しても授業は真面目に受けてくれなかったし、先生たちからの評判は正直良かったとは言えないし、周りから怖がられるようなオーラを出していたけど。それでも絶対、他人が嫌がることをするような子じゃないから」

「全然フォローになってないんですけど」


 九割批判してたよね今。

 私がストーカーの容疑をかけられていることには一応配慮してくれているのに、過去の非行については容赦ないんだ……。


「神坂さん。加賀宮さんから、二色さんにつけ回されてるかもしれないってことは聞いてるよね? でもあなたは、そのことを深掘りしないでほしいと言った。

 それで、どうしても納得のいかない加賀宮さんが独断で二色さんを糾弾しようとしていたから、生徒会の顧問であるわたしが、第三者の視点から真相を確かめる意味でも仲立ちすることになったの。教師の中で、二色さんの扱いに一番手慣れているからっていうのもあるけど」


 ……なるほど。どんな背景があって今私たちがここに集まっているのか、という経緯は理解できた。


 とりあえず一つ言えるのは、ものすごく面倒な事態に巻き込まれてしまったなと。


 私としては至って普通に登下校していただけだし、何なら夕莉を護衛するという職務を真面目に遂行していただけだ。

 まさか、周りから警戒されるような目で見られていたなんて思いもしない。


「わたし個人の意見としては、二色さんがストーカーをするとは思えなくて……。だから、改めて訊くね。――二色さんは、神坂さんを」

「してません」

「何かよこしまな」

「ありません」

「うん。やっぱり二色さんはストーカーなんてする子じゃない」

「咲間先生?」


 額に青筋を立てる勢いでピキリと表情を強張らせた加賀宮さんが、怒り狂った笑顔で咲間先生を威嚇する。


 私がストーカーではないことを是が非でも認めたくないらしい。そこまでして私を悪者に仕立て上げたいのか。

 何か恨みを買うようなことでもしたっけ……。


「忖度は許しませんと申し上げたはずですが」

「で、でも! 二色さんもきっぱり否定してるし……」

「それでしたら、二色奏向の不審極まりない行為そのものはどう説明するおつもりですの? 人の背後をしつこく付き纏う不埒者をストーカー以外に何と呼ぶのでしょう。加害者は皆、自分はやっていないと否定しますわ。夕莉さんも本当は迷惑だとお思いになられていたのではありませんか?」

「加賀宮さん」


 静かに咲間先生の話を聞いていた夕莉が鋭く名前を呼んだだけで、加賀宮さんはまたもや怯んだように口を噤む。……もしかして、夕莉には逆らえない感じ?


「確かに、傍から見ればそう解釈されてもおかしくないような行為だったと思う。けれど、彼女は私をつけ回すつもりで歩いていたわけではないし、私も被害に遭っているとは思っていないわ」

「そうそう。全くの無実ってことよ」

「……強いて不満を挙げるなら。こんな誤解が生まれてしまったのは、誰かが変に意地を張っていたせいでしょうね」


 ……ん? 誰かって……いやいや、夕莉さん。ちょっとそれは聞き捨てならないな。


「意地って?」

「……背後につけられると落ち着かないと、前にも話したはずだけれど。それでも私の後ろに居続けているでしょ」

「あの距離感がいろんな意味で一番安全なんだって。夕莉も"勝手にして"って言ってくれたじゃん」

「何を言っても奏向が聞かないから、仕方なく譲歩したのよ。大体、一緒に登下校しているのに、縦に並びながら歩くなんて不自然でしょう。常識的に考えて」

「そんな常識知りませんー。私だって好きで縦に並んでるわけじゃないし。そんなに嫌なら、怪しまれないように手でも繋ぎながら仲睦まじげに歩こうか?」

「どうしてそう極端なの? ただ横にいてくれればいいだけなのに、奏向は神経質すぎるのよ」

「そりゃ慎重にもなるでしょーが。あんたから提示されたルールを破らないように徹底してんだから、むしろ褒めてほしいくらい」

「あのー……二人はいつの間にそんな仲良くなったの?」


 おずおずと割り込んできた咲間先生の言葉に、私たちはハッとなって黙り込む。


 ……しまった。こんなところで並び方が縦だの横だのと言い争っている場合じゃない。

 反論するのに夢中で、余計なことを口走ったりしてない……よね。


 ていうか、私と夕莉の関係がただの同級生ではないことを、第三者に明かしてもいいのだろうか。


「そん、な……。お二人は名前で呼び合う仲だったんですの……?」


 そして予想外なことに、夕莉の隣でなぜか大ダメージを受けている人が。


 両手で口元を抑えながら、この世の終わりでも目の当たりにしたような絶望した顔で、ふるふると震えている加賀宮さん。

 さっきまでの威勢はどこへやら。


「……認めません。わたくしは断じて認めませんわ。以前より関係を匂わせる節があったとは言えなくもない様子は所々でお見受けしておりましたがまさか目の前で見せ付けられる羽目になるとは……そもそも彼女の側近であるわたくしですら苗字で呼ばれているというのになぜあの……」


 ぶつぶつと呪文のように何かを呟いていたかと思えば、突然夕莉に向き直り、毅然とした態度で言い放った。


「夕莉さん、この際はっきりさせていただきます。貴女とこの蛮人は一体どういう関係なのですか」

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