第41話 とある疑惑(1)
帰りのホームルームが終わって椅子から立ち上がろうとした時、そろりと現れた木崎さんに呼び止められ、おどおどした態度で唐突に伝言を伝えられた。
なんでも、この後すぐ生徒会室に寄ってほしいのだとか。
「突然ごめんね。ちょっと……ある人から二色さんを呼ぶように頼まれてて」
「私を? なんの用だろ」
「う……その……わたしも、あまり詳しくは聞いていなくて……とりあえず、生徒会室に行けばわかると思う」
「わかった。わざわざありがとう、木崎さん」
今朝言葉を交わしたとはいえ、まだ完全には打ち解けられていないらしい。
木崎さんは律儀にぺこりと頭を下げて、緊張した様子のまま引き返していった。
それにしても、生徒会室への呼び出しか。前にもそんなことあったな。
生徒会室ということは呼び出した張本人が先生とは限らない可能性がある。
一年生の時よりはだいぶ真っ当に過ごしているし、誰かに目を付けられるような行動はしていないけれど。
抜き打ちで呼び出されるほど怖いものはない。若干憂鬱な気分になりながら、生徒会室へ足を運ぶ。
「失礼しまーす……」
警戒しながら扉を開くと、真っ先に鋭い視線を感じた。
明らかに好意的ではない、むしろ敵意のような、反抗的とも言える眼差しが突き刺すように私へ向けられている――。
そのとんでもない目力の持ち主を見てみると……全く知らない人だった。
中央の待合ソファで姿勢よく座っているハーフアップの女子生徒が、今にも飛びかかってきそうな危ない雰囲気を醸しながら、私の一挙手一投足を瞬きもせず観察している。
もしこの子に呼ばれたのだとしたら、今すぐにでもここから出て行きたい。
直感が告げている。この名も知らない女子生徒は、初対面のはずなのに私のことをとんでもなく嫌っていると。
「……失礼しました」
彼女が私を笑顔で睨んだまま何も言ってこないので、こちらも何事もなかったかのように生徒会室から退室しようとした時。
「こら、二色さん! 逃げようとしないの!」
聞き慣れた叱り声に呼び止められる。
その声の主は、女子生徒の斜め向かいに座っていた咲間先生だった。
小さくて視界に入らな……じゃなくて、女の子のオーラがあまりにも強すぎて気付かなかった。
ということは、私に用があるのは先生の方だったのか。渋々ドアノブから手を離す。
「……用件は?」
「とりあえずここに座ろうか」
そう言われて促された場所は、女子生徒の対面にあるソファだった。
まじか。あの子と向き合わなきゃいけないの? 目のやり場に困るんですけど。すんごい見てくるし。
視線だけで相手を怯ませるほどの異様な存在感が気になって仕方ないので、呼び出された理由よりもまずはこの子が何者なのか、なぜここにいるのかを確認したい。
「えっと……あんたも咲間先生に呼ばれたの?」
「咲間先生はあくまで立会人です。貴女をお呼びしたのはわたくしですわ」
まさかのそっち? そんで意外にもお嬢様な話し方だった。
姿勢もそうだけど、話し方や声の調子にただならぬ風格を感じる。同じ高校生とは思えないくらいに。
ただ、その上品な雰囲気とは裏腹に、気を抜いたら噛み付かれるのではないかと思うほどの尋常ではない威圧感が漂っていた。
表情はどちらかというと笑顔なんだけど、目が全く笑っていない。
それどころか、瞳に光がない。
品格のある所作と凄まじい殺気というアンバランスな組み合わせが、不気味さを増長させていて……なんか怖い。
「貴女がわたくしに呼び出された原因はおわかりで?」
「いや、わかんない」
「ええ、そうでしょうね。そのご様子だと、ご自身の犯した重大な罪を遺憾にも自覚なさっていないようですし。己の過失をまるでなかったように反省もせずのうのうと生きていらっしゃる貴女のような蛮人ならば、調教の施しようがないのは万歩譲って致し方のないことなのかもしれません。ですが、いつまでも」
「加賀宮さんストップ。二色さんもだんだん眉間にシワ寄せない! 怖いからっ」
そんなこと言われたって。
いきなり知らない女子に呼び出されたかと思えば、敵意のこもった視線で睨まれて、挙げ句にまあまあの暴言混じりで訳もわからず説教されている状況を、黙って受け入れられる?
こんなことする人の目的なんて、一つしかないでしょ。
「タイマン張りに来た?」
「違う違う! いったん落ち着こう、ね?」
「やはり、脳みそが筋肉で構成されていらっしゃる方の言動は全く脈絡もなく理解が及びませんわ」
「お願いだから火に油を注がないで加賀宮さん……」
私とこの子だけだったら絶対に話が進まなかったことを見越して、咲間先生が立会人になったのだろうか。
だとすれば、心底良かったと思う。
穏やかそうな顔して皮肉を吐いてくるこのよくわからない女子が、延々と挑発を繰り返していたかもしれない。
仏でもない限り、さすがに堪忍袋の限界がいつかはくる。
「まずはわたしから二色さんに説明するから、加賀宮さんは大人しくしててね」
「……わかりましたわ。ただ、彼女相手に忖度は許しませんので」
「も、もちろん!」
先生、気圧されてんじゃん……。弱みでも握られているのかと思うほど顔が小刻みに震えている。
私とこの子の板挟みで立場が苦しいのだろう。お気の毒に。
機嫌が悪いのか、元々ああいう態度をとる人なのかは知らないけど、先生相手にも全く容赦しない物言いは、だいぶ肝が据わっているなと思う。
単に咲間先生が怖がりなだけか。
「えっと、本題に入る前に……」
「はい、質問があります」
「はい。何でしょう、二色さん」
「この人誰ですか」
視線で目の前の彼女を指す。
本人に直接訊けばいいのだろうけど、話しかけたらまた皮肉を浴びせられるような気がして。
明らかに私のことを良く思っていないのは別にいいとして、一を言えば十は返ってくるタイプの人っぽいから、変に関わると面倒臭くなりそうだなというのが本音。
「あれ、知らなかった? 彼女は生徒会副会長の
「そうですか。じゃあどうぞ本題へ」
「関心薄くない?」
まぁ、この子――加賀宮さんが何者なのかを簡単に把握しておきたかっただけで、名前以外のあれこれには興味ないですから。
生徒会所属というのがまた厄介ではある。
目を付けられたら嫌だな……って、既になぜか、かなり警戒されていて面倒な状況に陥ってしまっているのだけど。
「じゃなくて、本題の前に! ……その…………最近ね、学院の生徒をつけ回してる、いわゆる"ストーカー"? がいるって噂になってて」
「へぇ……それは物騒ですね」
そんな噂は初耳だけど、結構重大な情報なのでは?
付き人のアルバイトをしている身としては、もう少し詳しく話を訊きたいところだ。
夕莉の身を危険に晒さないためにも。
しかし、ストーカーの話が本題とどう結びついてくるのか。
「ストーカーの特徴とかはわかっています? 人数は一人、それとも複数? 被害が起きた場所は? 狙われる時間帯はいつ頃が多いんでしょう?」
「あぅ……えっと……」
歯切れの悪い先生は、わかりやすく動揺し始めた。
やましいことでも隠しているかのように、しきりに目を泳がせて体をソワソワさせている。
そんなに答え辛い質問ではなかったと思うけど……。
ふと正面を見ると、引き攣った笑顔で加賀宮さんが貧乏揺すりをしていた。
……こわ。口を挟みたくて仕方がないという雰囲気を痛いほど感じる。
先生も彼女の心情を察してか、さらに追い込まれたように冷や汗を流していた。
前置きも忖度もいらないから、遠慮せず本題を切り出してほしい。
じゃないと恐ろしい追撃が正面で待ち構えてるんで……。
「……二色さんは、あの……ストーカーをしている人のことを、どう思う?」
「……? 普通に気持ち悪いと思いますけど」
「じゃあ、逆にストーカーされている立場だったら?」
「そりゃあ当然嫌でしょうね」
「もし、仮にね、加害者が自分の知り合いかもしれなくて――」
「……先生。質問の意図がよくわからないんですが」
ストーカーがいるから気をつけて、という注意喚起であれば、個人を呼び出すのではなくクラス全体に連絡すればいい。
まさか、昨今のストーカー事情について私と議論をするためにこの場を設けたわけではないだろうし。
そもそも、私をここへ呼んだ張本人は加賀宮さんだ。
生徒会の副会長サマが露骨に反抗的な態度を剥き出しにしてまでわざわざ私を呼び出した理由が、そんな意味のわからない話題について語り合うためのはずがない。
「つまり、えと……何が言いたいかっていうと……」
「貴女ですよ」
とうとう我慢ならなくなった加賀宮さんが、鋭い口調で単刀直入に切り出した。
とんでもない尾ひれを付け加えて。
「生徒をつけ回しているのは貴女でしょう? 二色奏向」
「…………は?」
……待って待って。今なんつった?
私が生徒をつけ回してる……あ、噂になってるストーカーの正体が私ってこと?
んなわけあるか。私がいつ誰に対してそんな奇行に走るようなことをした?
一体何の噂が独り歩きしたら、ストーカーなんていう冤罪がでっち上げられる?
「人目のある場所でもお構いなしに、特定の生徒に対して執拗にまとわりつくその腐った執着心と行動力、吐き気がしますわ。会長は大変慈悲深いお方ですから、同じ学院の生徒であるという理由だけで貴女にご温情を施しになられているのかもしれませんが、わたくしは断じてその愚行を許すつもりはありません。大体、本来なら既に退学しているはずの問題児の分際で我が校の崇高な模範であられる会長の背後を下卑た目で見ながら」
「加賀宮さん……! もう少しオブラートにっ……」
オブラートに包めば何を言ってもいいわけでもないけど?
咲間先生は私と加賀宮さんのどっちを擁護したいのよ。ていうか、そもそもなんで立会人が咲間先生なの。
「あのさ、さすがに妄想が過ぎる……」
いろいろと突っ込みたいところはあるけど、ひとまずマシンガンのように止まることを知らない加賀宮さんの饒舌な口を黙らせるため、無理やり割り込もうとした時。
「失礼します」
生徒会室のドアがノックされ、誰かが入室してきた。
この場にいる全員がドアの方を見やると、そこには難しい顔をした夕莉がいた。
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