第29話 昼休み(2)

「神坂さんってさ……もしかして、誘うの下手な人?」


 つい確認せずにはいられなかった。

 だって、あんなに意味ありげな言い方をしていたから、とんでもない命令でもされるのではないかと構えていたのに。


 私たちが今いるのは、食堂の窓際の席。

 飲食関連の施設や設備が集まる食堂棟の1階がフードコートのようになっていて、昼食はここでとる生徒が多い。


 この棟には食堂の他にもカフェやコンビニ、ベーカリー等が併設されており、ここに来れば大抵のものは食べられる。


 席数が多いから、昼時でも座れないことはまずないのだけど、見晴らしの良い大きなガラス窓付近の席なんかは人気で、早く行かないとすぐ埋まってしまう。


 今日は偶々席が空いていて、ここにしようと二人で腰掛けた次第である。窓の外には木々や芝生が広がり、自然を眺めながら食事を楽しめそうだ。


「……どうしてそんな質問が出てくるの」

「お昼の誘い文句にしては風情がないなーと思って」


 一緒にお昼ご飯食べようって言ってくれれば、わざわざ権力を使わなくても喜んで付き合うのに、この堅物なお嬢様ときたら……。


『専属の付き人は主人と一緒に食事をする義務がある』なんてお堅い命令で遠回しに誘われた。そんなの初耳だったんだけど。


 実は、神坂さんと学校で昼食を共にするのは初めてだ。

 基本的に下校時しか連絡をしてこないこともあり、学校にいる間はほとんど顔を合わせない。


 その分私も勉強の時間に費やしているから、こうして大勢の生徒がいる空間に二人で連むのは、意外と稀だったりする。


「いつもはどうしてる?」

「生徒会室で仕事をしながらお弁当を食べたり、他の子に誘われて食堂で一緒に食べたりすることもあるわ」

「おー……そっか」


 とりあえず、いつも一人でいるわけではないようで安心した。

 付き人なんて大層な肩書きでやっているけど、生徒としての神坂さんに関しては、案外知らないことの方が多いから。


 クラスでどんな立ち位置なのか、どんな子とよく一緒にいるのか。そこまで把握しておく必要はないとは思うんだけど……。


「時間もったいないし、注文してくるわ。何にする?」


 券売機に行列ができ始めているのを見計らい、席を立つ。


「ランチメニューに数量限定のハンバーグがあるのだけど……」

「ハンバーグね、おっけー。じゃあ、行ってくる」

「待って」


 呼び止められて振り返る。懐から何やらカードを取り出した神坂さんは、それを私に差し出してきた。

 何だこれ、と思いながらも手が勝手に受け取ってしまう。


「代金はこれで支払ってくれるかしら」

「これ……プリペイドカード?」


 食堂に来ること自体はあったけど、実際にここのメニューを注文したことは片手で数えられる程度しかない。


 しかも常に現金払いだったから、キャッシュレスも使えることを今思い出した。

 私がそういう便利なものに興味がなくて全く利用しないからという理由もあるけど。


 そういえば、今の私の手持ちってそんなになかったような。カードを渡されなかったら多分払えなかっただろうな……。

 券売機であたふたする前にここで気付けて良かった……。


「初めて見るの?」

「んなわけないでしょ」


 あんまり私がまじまじとカードを凝視するもんだから、珍しいものでも見ていると思われたらしい。

 いくらキャッシュレス化に追いついていない私でも、さすがに実物くらい見たことはある。


「使い方はわかる?」

「舐めてんの?」


 扱い方が完全に幼児に対するそれだ。

 私がカードを持っていなくても、飲食店とかレジのバイトで会計時に散々使ってきたんだから。まったく……初めてのおつかいじゃあるまいし。


「ちゃんと注文できるから。あんたは大人しく待ってて」


 心配しているのか、からかっているのか。どちらにしろ、これ以上神坂さんの戯れに構っている暇はないので、ひらひらと手を振って席を後にする。


 お昼休みは50分設けられているとはいえ、券売機に並ぶ時間も、配膳を待つ時間もあるのだから、あまり悠長にしていられない。

 それに、せっかく窓際の席を確保できたんだし、昼食は余裕を持ってマイペースに食べたい。


 と思っていたら、券売機に並んでから2分も経たないうちに自分の番がやってきた。


 券売機はタッチパネル式になっていて、カテゴリの中から好きなメニューを選択するだけ。料理の種類によってはトッピングをアレンジしたり、セットのサイドメニューを変更したりできる。


 そんなこんなでお目当ての数量限定ハンバーグを見つけ、画面をタッチしようとしたけど、思わず手が止まってしまった。


「……さんぜんえん?」


 ……あれ。ここって一応学校の食堂だよね? 焼肉食べ放題注文できる値段なんだけど。普通のハンバーグ定食でも600円くらいなのにその5倍するって、どんな食材使ってんのよ……。


 数量限定のためか、他のメニューよりでかでかと表示されたハンバーグの謳い文句を見て、高額な理由がわかった気がした。


『A5ランクの国産和牛を100%使用し、ソースに黒トリュフを入れた贅沢な一品!』だそうで。高級レストランで出されるような代物だ。昼間からこんな豪華なもん食べるのか……。


 ひとまず、神坂さんから預かったカードを使って食券を発行する。私の分はどうしようか。


 所持金を確認するため、がま口財布の中身を覗いてみたら、100円玉が4枚と10円玉が2枚しか入っていなかった。小学生のお小遣いじゃん。

 ……仕方ない。300円のカレーライスでも頼もう。惜しみながらも100円玉を投下した。


 代金と引き換えに吐き出された紙切れを手に、配膳カウンターに並ぶ。

 特に滞ることなく列は進んでいき、あっという間に料理が配膳された。ハンバーグいつ焼いたんだろう。


 両手にトレーを持ち、神坂さんが待っている窓際のテーブル席へ戻る。しかし、席にいるはずの彼女の姿が見えない。


 場所は間違っていないはず……と辺りを見回していた時、数人の女子生徒に囲まれている神坂さんがチラリと見えた。何やら会話をしている様子。


「あの……神坂さんっ。今、一人?」

「……そうね。今は」

「じゃあ! 良かったら、私たちとランチしませんか?」

「ごめんなさい、今日は先約があるの。また今度誘って……」


 神坂さんに声をかけようとして、私に気付いた彼女がじっとこちらを見つめてきた。それに倣い、周りにいる女子たちも私に視線を向ける。

 途端、幽霊でも見たかのような青ざめた顔で、女子たちの肩がビクッと跳ね上がった。


「まさか先約って……」

「いやいや、そんなわけないじゃん」

「でも二人分のトレー持ってるし」

「え、どうして生徒会長がこんなやばい人と……」

「接点が全く見当たらんのだけど」

「神坂さん、脅されたの!?」

「じゃないとお昼ご飯一緒に食べようとしたりしないよね……?」

「しっ! 睨まれるよっ」


 狼狽えている割に本人の前でよくもまぁ、あれこれ小言が出てくるもんだ。

 てゆーか、テーブル囲まれてたらご飯置けないんだけど。


「神坂さん、やっぱり私たちと一緒にいた方が……」

「そうだよ。あの人、いい噂聞かないし。絶対関わらない方がいいって」


 この子たちは神坂さんの友達か何かなんだろうか。私との隔たりを作るように、彼女の周りにピタリとくっついている様を見ると、友達というより取り巻きに見えなくもない。


 前々から思ってたけど、噂にどんな尾ひれがついたらこんなに怖がられるわけ?


 はぁ……めんどくさ。複数人を相手に説得したところで警戒を解いてもらえそうにないし、私一人が身を引けば、剣呑な雰囲気も収まるかな。


「神坂さん。私、席外そうか?」

「……退いてくれるかしら」

「わかった。じゃあ、ハンバーグここに置いとく……」

「あなたたち、退いてくれるかしら」

「"たち"……?」


 女子の群れを半ば強引に掻き分けて、テーブルにトレーを置いた時に盗み見た神坂さんの表情は、いつもと変わらず冷たかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る