第14話 面接(1)
「二色さんっ……!」
「…………」
うるうると感動したような眼差しで見上げてくる咲間先生に、私は全力で目を逸らす。
……気まず。先週、もう学院には来ないと言っておいて、週明けで普通に登校してくるって意志弱くね? と自分でも思うけど、今日は授業目的で来たわけではないし。
咲間先生は担任だから、どのみち朝のホームルームで顔を合わせることにはなるのだけど、まさか登校時間の、教室に入る前の時点で鉢合わせになるとは。
……早く立ち去りたい。
「やっぱり退学なんてしないよね、心配させないでよ。いっそ遅刻しても早退してもいい、もう登校さえしてくれればいいから!」
「教師がそんなこと言っていいんですか……」
学院に来たことで、咲間先生の期待に応えるような形になってしまったのは心外だけれど。
あくまで神坂さんに言われたから登校しただけで、面接の場所として指定されなければもう縁はないと思っていた。
それに、用が済んだらいつもの如く早退するつもりだ。
「あ、でも授業中の居眠りはダメだからね」
「はいはい、今日は寝ませんよ」
遅刻や早退は良くて居眠りはダメという、よくわからない先生の謎理論を適当に受け流す。
授業をまともに受けていたのは一学期の途中までで、それ以降はアルバイトによる睡眠不足を補うため授業中に寝てしまったり、最悪欠席したりしていた。
週明けは比較的疲れが溜まっていないので、大人しく授業を受けることが多いけど、土台となる基礎範囲の学習をごっそり怠ってきたため、正直内容は全く頭に入ってこない。
お経のように聞こえる先生の説明を聞いていると結局眠くなってくるので、終始起きていることの方が稀だった。
さて、今日はどれくらい起きていられるかな……。
「また後でね」と嬉しそうに職員室へ向かった先生の後ろ姿を一瞥し、私は重い足取りで教室へ向かった。
◇
目を覚ましたのは、聞き覚えのない声で私の名前を呼ばれた時だった。
案の定、1限目の数学から内容がさっぱりだったので、気付かないうちに寝落ちしてしまったのだけど、教室のスピーカーから呼び出しの連絡放送が流れ、意識が現実に引き戻される。
『1年C組二色奏向さん、生徒会室にお越しください。繰り返します――』
……私、だよね?
スピーカーの横に掛けてある時計を見ると、一限目が終わり五分ほど経っていた。あと少しで二限目が始まるのに、こんな時間に呼び出しとは一体何の用件だろう。
素行不良で職員室に呼び出されることはあったけど、時間帯はいつもお昼休みか放課後だったので、授業の合間というのは珍しい。
どうせまた説教か。めんどくさい……。三学期ももうすぐ終わるのだから、大目に見てくれないかな。
渋々椅子から立ち上がり、鉛のように重い体をどうにか動かす。教室を出たところで、はたと立ち止まった。
……生徒会室ってどこ?
馴染みがなく一度も訪れたことのない部屋なので場所がわからない。それどころか、存在すら初めて知った。
仕方ないと内心ため息を吐き、近くにいたクラスメートに生徒会室の場所を聞いてみる。
私に話しかけられたその子は、一瞬肩を震わせ怯えたような目を向けてきたがすぐに視線を外し、上ずった声で教えてくれた。
「ありがとう」と返したけど、引きつった笑顔でそそくさと自席へ戻って行ってしまった。
教えてもらったはいいものの、迷わず辿り着けるかというとそうでもなく。自分の教室と移動教室で使う場所しか見覚えがないため、見つけるのに時間がかかった。
最終的に到着したのは、教室を出てから約十五分後。二限目が既に始まっており、廊下に残っている生徒は私しかいない。
さすがにここまで待たせたら相手はカンカンだろうな……。
というか、誰が私を呼び出したのかは全く不明だ。呼び出し先が職員室なら先生の誰かだろうと見当がつくのだけれど。
生徒会室の前に立ち、憂鬱な気分で扉をノックする。
「失礼します」
ドアを開け、部屋の中をさっと見回す。
一般的な教室とは違い、小綺麗でオシャレな空間だった。
カフェで見かけるような丸テーブルに肘掛けソファが数台と、十人ほど掛けられそうなミーティングテーブルが鎮座している。
そして、部屋の奥にある一際目立つデスクの横で、窓から外を眺めている制服を着た少女の後ろ姿があった。
とうとう生徒にまで呼び出しされるようになるとは……。いくら授業態度が悪くても、周囲に迷惑をかけた覚えはないんだけど。
「遅れてすみませ……ん……?」
窓辺に佇む生徒に声をかけると、彼女は背中まで伸びた艶やかな長い黒髪を翻し、こちらへ振り向いた。見知った顔に思わず目を細める。
「遅い」
無表情の中にほんの僅かな不機嫌を滲ませて、ピシャリと言い放った。
「これが他の会社であれば、あなたは面接を受けることなく不採用になるでしょうね」
「神坂、さん?」
彼女は唖然とする私から目を逸らし小さくため息を吐くと、近くのソファに腰掛けた。
向かいのソファを手で指し示し「座って」と着席するよう促す。
理解が追いついていない私は神坂さんの制服姿を凝視しながら、ひとまず案内されたソファに座った。
ネクタイの色は紺、ということは私と同学年だ。同じ学校の同じ学年だったってこと? 全然気付かなかった……。
同学年なのだから、おそらく校内のどこかですれ違っていたかもしれないけど、一切面識がないし記憶にもない。
他クラスはおろか、自分のクラスの生徒とさえ関わりが薄いので、そりゃあ知らない人の方が多いか。
とにかく、神坂さんが聖煌学院の生徒であるなら「学校にいて」と指示した理由も頷ける。
「なんだ、同級生だったんだ。言ってくれればよかったのに」
「聞かれなかったから」
「ああ……そう、だね」
確かにそういう類の質問はしなかったけどさ。私の制服姿を見た時点で、同じ学校の生徒だと気付いていたはず。
親近感が湧いたりしない? なんて共感を彼女に求めるのはナンセンスだろう。
喜怒哀楽の"き"の字もなさそうな表情を前に、素っ気ない態度しか返ってこないであろうことは想像に難くない。
「……あれ。じゃあ、あの時何で広場にいたの? 平日の午前中だったよね」
「それはこちらのセリフよ」
「……おっと」
完全に墓穴を掘った。
帰りたくなって勝手に学院を抜け出したなんて言ったら、印象悪いよな……。これから雇用契約に関する面接を行うというのに。
適当にそれっぽい理由を述べてみるか。
「私は……ほら、体調不良で早退?」
「……言い訳は結構よ」
私の答えは想定の範囲内だったらしい。特に失望した様子もなく、静かに目を伏せる。
多少は構えていたのだけど、責められているわけではないようなので安堵した。
感情が読めないから、怒られているかもわからないけど……。
「あなたが真面目な生徒ではないことは、噂で多少知っていたから」
「……あちゃ」
先生たちの間だけではなく、生徒間でもそんな噂が流れていたとは。
あり得ない話ではないか。自分でもひしひしと感じる、周りからの一線引かれた眼差し。裏であれこれ言われていたとしても、何ら不思議ではない。
「"二色奏向"という名前だけは、前から聞いたことはあった。いろんな意味で密かに有名だったから。この学院を首席で入学した秀才。かと思えば、無断で欠席や遅刻、早退を繰り返し、授業態度も不芳な問題児。
それがあなたのことであると知ったのは、つい最近のことだけれど。――今のあなたを見る限りでは、後者が本性のようね」
「……よくご存知で」
"秀才"とまで称されるとは。
残念ながら、その実力を遺憾なく発揮する機会は、これまでの高校生活で一度も訪れなかったわけだけど。
首席で入学したからといって、その後も勉学が円満とは限らない。
スポーツ選手だって、練習を怠ったりブランクがあれば、感覚を取り戻すのは難しい。
それと同じで、勉強そのものを一切放棄してしまえば、それこそ余程の天才でない限り良い成績は残せない。
私は授業を受けることを放棄して周囲から取り残された、ただの落ちこぼれだ。
「財閥令嬢のお世話係になるからには、秀才のままでいてくれた方がよかったかな?」
「……首席であろうが問題児であろうが、それが直接仕事に支障をきたす要因になり得ないのなら、関係のないことよ」
「バカでも大丈夫ってことか。意外と寛容なのね」
お嬢様って高飛車なイメージがあったから、神坂さんも下々の者にはお高くとまるタイプの人間かと思っていたけど、そうでもないのかも。
「それに、あなたがそうなってしまったのは理由があるのでしょう?」
的を射たような指摘に、思わず上がっていた口角が元の位置に戻った。
神坂さんは少しの感情も窺えない瞳で、私を凝然として見ている。
この聞き方、彼女は私の事情を知っている――。
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