第5話 母と私(1)
私たちが辿り着いたカフェは、小ぢんまりとした落ち着きのあるお店だった。
オシャレすぎず地味すぎず、木目調の壁や床に程よく観葉植物が装飾されている。
小ぢんまりというだけあって店内はそこまで広くはないが、天井が高いため圧迫感はなく開放的だ。
天井から吊るされている球体の間接照明が、空間全体を柔らかな暖色で照らしている。夜の雰囲気にぴったりだった。
昼間だと照明の色が違うのだろうか。
遅めの時間帯ということもあり、お客さんの数はまばらだった。
私たちは入り口から離れた2人掛けのテーブル席に腰掛ける。隣の席との間隔が広く、ゆったり座れて快適だ。
店員さんから一枚のメニュー表を渡され、ざっと目を通す。
お店のメインであるドリンクの他、デザートにケーキやアイス、パフェなども載っていた。
美味しそうだなと感動する一方で、値段を見て落胆した。決して高いわけではないが、チェーン店よりは値が張る。
個人経営のお店のようで、商品にはこだわりがあるのだろう。
どちらにしろ、節約生活を余儀なくされている身なので、あまりお高いものは頼めない。
お水で、と言いかけたところで、杏華さんから「私が奢りますので、遠慮せずお好きなものを注文してください」と笑顔で告げられた。
水なんてタダの飲料をお願いしたら、彼女の厚意を無下にしてしまう。
喉まで出かけた声を引っ込めて再度メニュー表を確認し、比較的安価なアールグレイを注文することにした。
店内に流れる心地よいBGMを聴きながら、待つこと数分。注文したドリンクが運ばれてきた。
杏華さんにはエスプレッソが、私にはアールグレイが置かれる。
湯気と共に立ち込める紅茶の匂いを堪能し、カップに口を付ける。熱い。猫舌のくせに充分冷ましてから飲むことを怠ったせいで、口内を火傷してしまった。
舌のヒリヒリした感覚が治るまで、紅茶には手を付けないでおこう。
ソーサーにカップを戻し、ふと向かいに座る杏華さんを見る。
相変わらずの姿勢と所作の美しさで、思わず目を奪われてしまう。
……いけない。そろそろ本題を切り出さなければ。
気を遣ってくれているのか、ここに来るまで杏華さんから例の話題を振られることはなかった。
私の口から話されるまで待っているんだ。
本当に優しい人だな、彼女は。
一呼吸置いて、私はようやく重い口を開いた。
なぜ元気がなかったのか、聖煌学院の退学を考えていること、元々特待生制度で入学したこと、来年度からその特待生資格を剥奪されること、家が貧乏すぎてアルバイトをいくつか掛け持ちしていること、先生や親は私の退学に否定的なこと。
杏華さんは膝に手を置いて、私の目を真っ向から見つめていた。
あまりに真剣な眼差しだったのでつい目を逸らしてしまったが、何もやましいことはないので、私は緊張を和らげるように口角を上げる。
そこまで重く捉えてほしくなかったので、思い出話を語るような明るい口調を意識しながら。
「私は母子家庭なんです。七年前に父が亡くなって。私と母の二人になってから、生活は一変しました」
お父さんが亡くなった数ヶ月後、多額の負債を抱えていたことを知った。
連帯保証人になっていたというお母さんの様子が徐々におかしくなっていったことに違和感を覚え、何かあったのかと問い詰めたら号泣しながら事情を話してくれた。
私は幼いながらに、事の深刻さを理解してしまった。
お母さんはパートで働いていたけど、借金を返済しながら当時まだ小学生だった私を養うために、水商売を始めた。
朝昼はパート、夜はホステスとして働くお母さんの生活習慣は当然のように乱れ、家にいる時はほとんど寝ていることが多くなった。
多忙を極める仕事と蓄積する疲労のせいか、親も参加するような運動会や学芸会、授業参観などの学校行事は来てくれなくなった。
小学校の卒業式と中学校の入学式は出席してくれたけど、保護者席で爆睡するだらしない姿を見て、かなり恥ずかしかったのを覚えている。
そんな生活が続き、とうとう午前中に起きられなくなったお母さんは遅刻や無断欠勤を繰り返し、パートをクビになった。
その失敗を補うかの如く、ますます夜職に精を出すようになった。
しかし、それに伴いお母さんのお酒を飲む量も増え、お店で知り合った男の人たちと食事に行く姿をよく見かけるようにもなった。
夜中に帰宅するお母さんの酒臭さで目が覚めることも少なくなかった。
その頃中学生だった私は、お父さんが生きていた頃のお母さんとはまるで別人のように変貌していく有り様を近くで静観しながら、自分自身の心境にも変化が生じていることを感じた。
私がお母さんを支えなければ。
お母さん一人に全ての負担を背負わせたら、いつか心も体も壊れてしまう。
少しでもお母さんの力になれるよう、家事は全て私がこなし、必要最低限の物以外はねだらないようにして、生活費などの出費を極限に抑えるためありとあらゆる節約を実践した。
中学を卒業したら、絶対に働こう。そう強い決意を抱きながら。
中学三年生になって本格的に受験対策を始める時期に、先生との面談で志望校について話す機会があった。
せめて高卒資格は取得しておきたいと思っていたので、高校には進学するつもりだった。
ただし、学費はかけたくないため公立校か時間の融通が効く通信制で。
その旨を伝えた結果、先生からそんな所には行くなと激しく抗議された。
困惑する私をよそに先生から勧められたのは、国内でも屈指を誇る名門の私立聖煌学院。
知らない人はいないほど名の知れた女子校だったが、私には学費がバカ高いという印象しかなく庶民には無縁の高校だと、ある意味初めから眼中にはなかった。
しかし、これまでの成績を考慮すると充分可能性があると力説され、聖煌を志望しないそもそもの原因である学費について言及したら、特待生制度を利用すれば全額免除されるから大丈夫と言い包められた。
もう少し考えさせてほしいと結論を保留し、お母さんに相談することにした。
聖煌のことについて話したら、お母さんは目を爛々と輝かせ全力で肯定した。
名門校に入学すれば難関大学への足掛かりにもなるし、きっと大企業にも就職できるよ、と。
高学歴の方が年収が高いと言われているし、将来的にお母さんを楽させることができるのなら、確かに名門校を目指すのも悪くはないかもしれない。
自律を尊重する聖煌はアルバイトを許可しているため、学業と労働を両立させることも可能だった。
何より、最大の問題である学費が免除されるのなら万々歳だ。
先生とお母さんの猛烈な推薦により、ダメ元で聖煌を受験することにした。
仮に落ちたとしても、当初の志望通り公立か通信制に通えばいい。
軽い気持ちで挑んだ試験の結果は、見事合格だった。しかも首席。
お母さんに合否の結果を伝えると、狂喜乱舞した。今夜は宴だと騒いで珍しく仕事を休み、朝まで飲み明かした。
人前では到底晒せない醜態に呆れつつも、心から喜んでいるお母さんの姿を見ていたら、昔の面影を思い出してつい瞳が潤んだ。
春から始まる心機一転の学院生活に、私は期待を膨らませた。
無事、聖煌学院への入学を果たし、私は早速アルバイトを始めた。平日は学校が終わってから夜まで、休日は朝から晩まで。
丸一日休みという日がほとんどなく、疲労が抜けないまま学校に行くこともあったが、体力にはそれなりに自信があったので授業についていけなくなることはなかった。
ある事態が起こるまでは。
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