妄想フラクタル

大市 ふたつ

屋萩朔楽の場合

ん?


寒さを感じ始めた神在月の初旬。

珍しくテレビを見る妹などお構いなく、液タブと睨めっこする3時間。

なかなか納得できる構図を見つけられないまま貴重な日曜日が終わろうとしていた。

少し休憩せねばと思いSNSを開く

これまた珍しく、DM欄を開くと、よく知る大手企業からの仕事依頼なるものが来ていた。

“弊社の新規Vtuber「なつき」のキャラデザ依頼”

なぜこんな無名イラストレーターの端くれ、いやただの趣味絵描きの僕にこんな大役が?

依頼料については平均がよくわからないが、一学生が持つにはかなり大きい額だ。

これだけあれば今の機材環境一式をグレードアップできるな…

ん?いやまてよ...これ新手の詐欺じゃね?

やめだやめ。僕なんかのとこに依頼来るわけないっつーの

 

-次の日-

 ピロンッ♪

「おはよう!すっごい急なんだけどさ、一つ尋ねていい?」

あさ目覚ましの鳴っていたスマホを覗くとそんなメッセージが届いていた。

「なんだろ…」

布団にくるまったまま、メッセージをタップすると。

と、どこかのテーマパークで撮られたようなアイコンの送り主が表示され、さらに追加メッセージが届く。

「なつきって名前、聞き覚え…ない?」

ん?その名前どこかで…

ぼーっとする頭をなんとか使いながら最近のことを思い起こす。

「きのう、見た気がする」

「良かった。で、返事は?」

「え?」

はっきりし始めた意識とともに、からだを起こした。

「ちょっと、電話かけるわね。時間なかったらまたかけ直すから!」

そのメッセージが届くとすぐ、聞きなれない着信音が流れた。

「お、おはよう...ございます」

「おはよー!で、受けてくれるの?その仕事依頼」

「あれって、新手の詐欺かなんかじゃないの?」

「ん?わ…正式な依頼なのだけど」

「なるほど。」

いやまて、なぜ氷坂さんがこのことを知ってる?

このこと誰にも言ってないぞ?それに…

「でもこれ、僕には荷が重いっていうか」

「試しにさ、やってみたら?ね?」

「いやでも…ってか、氷坂さんに何か関係あるの?」

「あぁ..ええっと...わたしのもう一つの人生が"なつき"っていえば伝わる?」

「うそん」

「大マジよ」

「なら尚更、なんで僕なんかなんですか?」

ほとんどかかわった記憶ないってのに…

「簡潔に言うと、君のアイコン絵から、君のツイッチャーのアカウント見つけちゃったからかな」

「うそん」

「君のアイコンの”みかん”ちゃんが私の推しで…で、見たことない神絵だったから調べてみるとあらびっくり」

「な…なるほど」

「それで頼むなら屋萩くんしかいねぇ!って思ったわけよ」 

「んん!?」

「あ、もうこんな時間!?また放課後教室で話しましょ!」

「わ…わかった」

いやいやいやいや。どうしてそこから俺に結びつい...あ

と…とりあえず学校行って、はなしはそれからだ。


昔ながらの木造建築物の並ぶ道を抜け、大通りに出る。

その通りに出て、すぐのところにあるバス停についた。

「寒っ…」

季節の変わり目だからか、ここのところ気温差の激しい日が続いていた。

いつもより一本遅いバスに乗り、道ゆく大人や学生を横目に学校に向かった。

クラスにつくと、まだ半分も人はおらず、スマホ見たり駄弁ったりしている人がちらほら。スライドドアを開けてもういちどクラス全体を見渡したが金附さんは見当たらない。

「まだ来てない…か」

教室のドアを閉めようと後ろをふりむくと眼前に顔が

「わぁ!」

っとおどかしてくる女の子。

「ういぃ!?ご、ごめんなさい」

後ろを振り向くと氷坂さんがいた。

と同時に。クラスの視線はまっすぐこちらに突き刺してきた。

「おはようさん!ってか、うちら家ご近所さんだったんだね!」

「は?え?」

「やっぱ気づいてないかぁ~。ほら思い出してごらんよ。大通りのバス停のとこから私ず~っといたよ?」

「う…うそん」

全くそんな気配無かったぞ?ってかバス停から一緒ってことは

「マジよ」

いつもより遅れたし、普段はすぐ帰ってるからか…見かけたことすらない…ってことか。半年も通ったのに。

「とりあえず、今日一緒に帰りましょ!たしか四時間だったわよね、説明会だか何だかで」

「え、あ、うん。たしか。」

「んじゃ、それで」

「わかった」

さっきの一瞬で、ただでさえ冷えていた教室が凍りついていた。

「あ、えっと、おはよーございまーす」

「…お、おはよう」(数名)

物音ひとつ立たなくなり、一限目始まるまで死ぬほど気まずかった。

一方、氷坂さんといえば教室にカバンを置いてすぐにどこかへ行ってしまっていた。



高校生になってすぐバイトを始めた。そこでためたお金を使ってパソコンと液タブを買った。

僕の進学と妹の通塾で我が家はかなりキツキツの生活で、自分の欲しいものなど到底頼める気がしなかった。

親は、バイトなんかせずとも頑張って出すと言ってくれたが、それでも自分で買うことに意味があるように感じた。

バイトを始めて半年。今までのお年玉やらお小遣いと合わせて何とか50万近くたまった。

それからというもの学校とバイト、家では絵を描いて描いて描きまくる生活が続いていた。

変わり映えのしない日々を繰り返してきたわけだが、そんな日々でも楽しみはたくさんあった。

勿論良い絵が描けたときはうれしいけど、何よりの楽しみは

「今日もみかんちゃんはかわいいなぁ」

いかんいかん。電車の中だというのににやけが...

そうこうしているうちに高1の夏休みも終わり、気が付くと文化祭も終わっていた。

相も変わらず、学校とバイト、家では絵を描いて描いて描きまくる生活が続いている。

そんな中での出来事だった。


「放課後に...なってしまった」

と言っても4時間授業だったのもあり、放課後というには少し違和感があった。

「あ、屋荻くん!一緒にカフェでもいこ~」

そう言って真隣に来ると、にこやかな笑顔でこっちを向いていた。

「ね?」

「へいへい。で、どこのカフェ行きます?この近くだと...」

「うーん、この近くじゃなくって、うちの近くの方でよくない?うちら近所なんだし」

「そ、そーっすね」

まっずい...近所のカフェは2か所しかないけど片方は僕のバイト先だ..なんとかして...!


「着いちゃった...」

「そりゃ着くでしょうよ。カフェ目的なんだから」

「そ...それはそうなんすけど」

喫茶店ハモニカ。僕が週3で通う、家から徒歩3分のバ先だ。

「お~屋荻くん!あれ、今日シフ…」

何かを察するかの如く数秒目と目が合う。

「ごゆっくり~」

店長ぉおおおおおおお

「あの人と知り合い?かなりの美人ね」

「まぁ...知り合いというか、バ先の店長」

「なるほど」

彼女は興味があるのかないのか、少しカウンターの方を覗くも、顔をこちらに戻した。

「とりあえず何か注文します?僕店員なんで、従業員割的なのしてくれると思うんでなんでま、頼んじゃってくださいよ」

「そりゃわるいよ。つきあわせてんのこっちだし。私だってバイトしてお金貯めて...」

ポッケからお財布を広げるも、呆然とする氷坂さん。

「...る、ルイボスティーを1杯...お願いしてもいい?」

面目なさそうにそう言ってきた。

「はーい」

そう返事してチーズケーキ二つとルイボス、いちごオレをたのんだ。

「さて、イラストの件だけど」

「はい。」

さっきまでとは打って変わって真面目な雰囲気を醸し出してきた。

「私、新しい自分…なんて言うんだろ、心の中の自分で言うのかな…外見に囚われない?みたいな生き方をしたいの」

「な、なるほど」

「この業界って、線引きはそれぞれでも顔だけは実写とはっきり分かれるじゃない?」

「そう…ですね」

その事実を敢えて触れないファンもいれば、そこも含めてファンの人もいると聞く。

正直どちらでもいいと言うのが感想だけど…

「身勝手かもしれないけど、氷坂瀬織としてじゃない自分を認めて欲しいって言うのかな…」

「な、なるほど…」

「だから、素の私を知って、その上でキャラクターを描いて欲しいんだ。で、できるかな?」

心配そうにこっちを見つめる氷坂さん。

「…すこし、待ってもらえますか?」

「それはもちろん!いい返事を…期待してるわ」

沈黙が流れそうになるその時、事前に打ち合わせでもしたのかと思うぐらいのタイミングで、チーズケーキが届く。

「はいこれ。美味しいんで食べてみてください」

「え、いいの?」

少し申し訳そうな顔と今すぐにでも食べたそうな顔があわさっててんやわんやしてる...

「あったかいうちにどうぞ〜」

「い、いただきます!」

フォークでチーズケーキの先を刮ぐ。

口に近づけるだけでわかる、甘いチーズの芳醇な香り。

そっと口に放り込み、舌いっぱいに広がるチーズケーキ独特の甘さ。

「美味しぃ...こんなチーズケーキ初めて食べた」

「そうでしょうそうでしょう。この味のためにバイトしてると言っても過言ではないっすから」

まぁ、別の理由もあるにはあるけど...

「別に、答えにくければいいんだけどさ」

ケーキを一通り食べ終わり、一息つくとそう言ってきた。

「まぁ、大体のことは答えられると思いますけど...」

「私の...いわゆる、ママになるってことの判断を渋る理由で何?」

おっと?

「朔楽くん!?え、…えぇ!?」

店長おおおぉぉぉぉぉ

「て…店長。これと言って深い意味はないんですけど…」

「いーや、屋萩くん!これは私たちにとって人生を左右するかもしれないことなのよ?」

「あらあらあら。よくわかんないけど…なんかおもしろそうね」

これどうやって軌道修正すんだよ…




結局店長に対して有耶無耶にしつつも、明日返事をするということで話し合いは終わった。

翌朝、目覚ましを止めてスマホを見ると異様な数の通知が目に飛び込んだ。

設定資料、イメージカラー、サンプルボイス、活動開始予定日、よく知っている他のメンバーの設定資料、etc…

「まだ返事して…」

「やってくれることを見越して、先に送っておくね!ちなみに一部社外秘だったりするから、そこんとこよろ!」

「外堀ぃい〜」

完っ全に逃げ道なくなった。ってか、社外秘って…そんなのリアルで初めて聞いたわ…

え、やんの、本当にやるの?


不意に鼓動が早まる。だんだんその音が耳障りになってきた。

止めるには…もう


「やるよ。やってやんよ。やらせてもらおうじゃないか!」

「ん。ありがと。じゃ、早速今日の放課後にも話し合いましょ!」

「はいよ。」



これは、駆け出しイラストレーター屋萩朔楽と、未来の新人Vをしたい氷坂瀬織の、妄想フラクタル。

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妄想フラクタル 大市 ふたつ @Remone-xo

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