第225話:勝利の喜びとは
「お兄ちゃん! おめでとう! ボク、ボク……くずっ」
「朝市」に来るとイの一番にエルフが飛びついてきた。
「エルフ、泣いてるのか⁉」
「そ、そんな訳ないだろ!」
そう言いながら、目元を拭うエルフ。どうしてこいつはこう、無駄に意地っ張りなのか。
でも、今回の件でも物凄く貢献してくれているし、頭を撫でてやった。
「お嬢様がどうになかったら……。本当に良かった。お兄ちゃんありがとう!」
信一郎さんは、さやかさんの実のお兄さんだ。さやかさんをどうにかしようとした訳じゃないだろうに。それでも、こいつはこいつなりに心配してくれていたんだろう。
「ありがとうな、エルフ。お前の力は本当に助かったよ」
エルフの頭を撫で続けていると、もう一人近付いて来た。
「せんむー、2号さんが戻ってきたんですねー……。ウチを3号にするって約束はー……」
いや、東ヶ崎さんは2号ではないし! しかも、一度も聞いたことがない約束をねじ込んできてるし!
「あと、ボーナスとぉー……、肉まん食べ放題とぉー……、デートとぉー……」
更に色々ねじ込んできた。それなのにこのゆるい喋りとキャラクターのお陰で全然悪意を感じない!
光ちゃん、ある意味恐ろしい女だぜ。
俺は華麗にスルーした。
「狭間様! おめでとうございます!」
今度は領家くんだ。また狭間「様」になってるし……。
「『専務』ね。『専務』」
「ああ、そうでした! 狭間専務! おめでとうございます! 今回、噂ではブライテストまで動いていたと聞いています。それに勝ってしまうなんて!」
いや、後から考えたら絶対ブライテストは手加減してくれていたというか、俺の勝利に手を貸してくれていたような気がする……。
ギネスに載るような世界企業の製造ラインをぶん取ってしまうくらいだ。多少の世界の
「狭間専務、なぜか肉まん製造のスタッフがたくさん押し寄せてきて、すごい勢いで製造方法をマスターして手伝ってくれています」
「俺もついさっきその話を聞きました。なんでも工場まで建ててくれるらしい……」
「さ、さすがです!」
領家くんがキラキラした羨望の眼差しで見つめてくれるんだけど、俺の力じゃないからやめていただきたい。
「は、狭間さん! 売上げ10億円のライバルを力でねじ伏せたって本当ですか⁉」
今度は、松田
「ネットやテレビなどの媒体を裏で操って爆発的な売り上げを仕掛けたって聞きました!」
松田さんにこういうねじ曲がった情報を届けたヤツは誰だ⁉
ただでさえ、彼女は「芸能」と付く仕事をしている人や会社の役員など権力がありそうな人に弱いのに、そういう言い方をしたらまた俺のところに変なお願いをしに来てしまう。
「あの、狭間さん! 何でもしますから、またテレビのお仕事をください!」
そう言いながら頭を90度下げてお願いしたかと思ったら、脱兎のごとく目の前から消えた。
「ふぅ……」
松田さん……「何でも」って言ったな。
(ぎゅ~~~~~)「痛い痛い痛い!」
ふと気づくと、二の腕を左右からつねられていた。右にはさやかさん、左には東ヶ崎さん。
「へ、変な意味じゃないですからね! きっと! 誤解ですから!」
「じゃあ、なんでそんなに慌ててるんですか!」
さやかさんに半眼ジト目で責められる俺。何もしていないのにピンチだ。
「と、東ヶ崎さん助けてください! さやかさんになんとか言ってください!」
東ヶ崎さんのほうを見ると、彼女はさやかさんの後ろに回りこんで言った。
「私はいつでも主人の味方ですから」
なぜか表情が怒っている! いつもクールな東ヶ崎さんがあまり表情を変えていないのに怒っているのが伝わる!
「だから、本当に何でもありませんからね⁉」
「じゃあ、中に行きましょう!」
右側からさやかさんに腕を組まれた。組まれたというよりは、捕まったみたいになってるけど……。
「東ヶ崎さん、そっちお願いします!」
「かしこまりました」
反対側から東ヶ崎さんが同様に腕を組んできた。少しひんやりした彼女の腕は、するりと俺の腕に絡んできた。
東ヶ崎さんとは付き合いも長いし、よく話すのだけど、こんな風に触れ合うのは珍しい。ちょっとドキリとしてしまったのは秘密だ。
その後、肉まんを製造している作業部屋で今も肉まんを作ってくれているスタッフたちを労った後、メイド喫茶「異世界の森」では盛大なパーティーをした。
俺たちは、ひと時の勝利を味わったのだった。
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