第223話:勝因とこれからのお世話とは

 俺は東ヶ崎さんの運転でさやかさんと三人で朝市に車で向かっていた。勝負に勝ったことは一応電話で伝えたのだけど、「朝市」では肉まんづくりは今も続いている。


 すごい注文量なのだ。俺たちだけのんびりしている訳にはいかない。


 でも、勝利は勝利。みんな喜んでくれていた。


 肉まんづくりも必要だけど、みんなの顔が見たかった。久しぶりに東ヶ崎さんもいるし。


「それにしても、お兄ちゃんに勝っちゃいましたね、狭間さん」


 後部座席で俺の横に座っているさやかさんが言った。


「俺が……って言うより、みんなの力がほとんどなのでみんなが……って感じですけどね」


 俺がやったことは限られている。みんなの力で得た勝利なので、「俺の」って言われると居心地が悪い。明らかに「みんなの」だ。


「実は、勝負は始まる前に決まっていたのかもしれませんね」


 東ヶ崎さんが珍しく会話に入ってきた。彼女は普段、俺とさやかさんの会話にはほとんど入ってこない。


「どういうことですか?」


「信一郎様は、チルドレンを連れているとはいえ、おひとりでの戦いでした。一方、狭間さんは最初からみなさんを巻き込んでいかれました」


「それは買い被りですよ。俺なんか東ヶ崎さんがいなくなって慌てまくってただけでしたから」


「そうですよ! 私がいるのに!」


 さやかさんが、片頬を膨らせて拗ねている。こういうところいつまでも可愛いと思う。


「すいません、動揺しちゃって……。やっぱり、東ヶ崎さんがそばにいてくれないと」


「……」


 あれ? 東ヶ崎さんが返事をしてくれない。怒ったのかな? 変なこと言っちゃった?


「あ! 東ヶ崎さん顔が真っ赤!」


「そっ、そんなことありません!」


 運転席で挙動不審になる東ヶ崎さん。ルームミラー越しに彼女の顔を見ようと思っても顔を逸らして見せてくれなかった。


「もう、言っちゃった方がいいんじゃないですか?」


 さやかさんがふいに言った。視線から、運転席の東ヶ崎さんに向けられた言葉らしい。


「何をでしょうか?」


「東ヶ崎さん、狭間さんのことオキニでしょ?」


「そ、そんな。狭間さんは、お嬢様の婚約者様で! そのようなことは……」


「東ヶ崎さんは、私から狭間さんを取ったりしないでしょう?」


「もちろんです」


「しかも、この調子でいくと東ヶ崎さんって一生私の面倒見てくれちゃう勢いじゃないですか?」


「はい、その様に考えていますが、ご迷惑でしょうか?」


「そうじゃなくて、東ヶ崎さん自身の幸せはどうなっちゃうんですか!?」


「お嬢様の幸せが私の幸せですので」


 彼女の表情に嘘偽りがない事は明らかだった。チルドレンは本当に高鳥家の人が好きだなぁ。


「でも、それだと東ヶ崎さんにも幸せになってもらいたい私の気持ちはくすぶり続けてしまいます。東ヶ崎さんにも幸せになって欲しいです」


「ですが……」


「そこで狭間さんです!」


「ん?」


 自分の名前が突然出てきて俺は虚を突かれた。


「私は狭間さんも東ヶ崎さんも好きです。東ヶ崎さんも狭間さんが好きなら、三人で仲良くしたらダメですか?」


 さやかさんの言葉の意図が俺には分からなかった。


「私なんて、とてもとても!」


「でも、東ヶ崎さんはLOVEなんでしょ?」


「……」


「何年の付き合いだと思ってるんですか?」


「……」


「白状しちゃった方がいいんじゃないですかぁ?」


 さやかさんの表情はいたずらをしている子供のそれだ。


 そんな事を考えていると、車が路肩にきゅっと止まった。何かあったのかと思い周囲をきょろきょろ見る俺。


 停められた車の運転席から東ヶ崎さんがこちらに振り返った。


「狭間さん、これからもずっとお側でお世話させていただいてもよろしいでしょうか?」


 特別なことを言われている様な気はしないのだけど、東ヶ崎さんの顔は真っ赤だ。いつもクールなイメージの彼女にしては珍しく慌てているようにも見える。


「はい。いつも助かってます。これからもよろしくお願いします」


 当然のことだろう。俺は改めて言葉にしてみた。


(バシバシバシ)「あいた!」


 さやかさんが、突然横で俺の腿辺りをバンバン叩いた。


「どうしたんですか、さやかさん」


「別に……やっぱり、ちょっとやきもちです」


 再び、片頬を膨らせておむずかりなさやかさん。なんだこの表情。かなり可愛いんだが……。


 まったく意味が分からない。その後、車が再び走り始めたのだけど、東ヶ崎さんは口笛でも吹きそうな勢いですごくご機嫌だ。


 俺は彼女に何を言ってしまったのだろう。

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