第218話:順調な絶望とは
『西ノ宮、現在までの売り上げはどうなってる?』
『はい、勝負開始から2か月半経過し、予定売り上げ、8億3333万3333円 に対して、8億4000万円達成していますので、現在の予定進捗の約101%の達成率となっています』
『そうか。実に優秀だな』
『恐縮です』
『東ヶ崎、現在の問題はなんだ?』
『売り上げが若干鈍化していることです。現在の調子では、3か月経過した時に、予定売り上げの97%にしか到達しない可能性が高いです』
『その原因は分かっているのか?』
『はい、本家「博多とおっちゃうもん」と全く同じ形、全く同じ味であることから、消費者に単なる値引き商品だと思われている節があります。おみやげものに強い商品であることから本家のほうが販売数を伸ばしていて、我々の商品が売れなくなっている節があります』
『なるほど、解決策はあるのか?』
『はい、本家はおみやげ用、我々の商品は日常用などと住み分けることで売り上げ回復が見込めます。CMで告知することで軌道修正できます』
『よし、それをやれ』
『かしこまりました』
(ブツッ)
「……」
俺たちの元に沈黙が広がった。
ここは「朝市」の会議室。勝負のリミットまであと2週間となった今、俺たちは売り上げが伸び悩んでいた。
そこで会議をしていたのだが、例によって東ヶ崎さんから電話がかかってきたのだ。
静かにしてその電話に出ると、以前のように信一郎さんと東ヶ崎さん、西ノ宮さんとの会話が漏れ聞こえて来ていた。
相手は売り上げが伸び悩んでいると言っているが、8億4000万円までは行っているのだ。
しかも、東ヶ崎さんの見立てでは、予定の97%に到達するらしい。東ヶ崎さんがあれだけハッキリ言うのだから、現状でも最終的には目標の97%になるのだろう。
そして、東ヶ崎さんが100%になるための対策を取るらしいから、彼女のことだから必ず100%に到達するだろう。
つまり、1000万個売って、売上10億円で利益1億円に達する、と。
「お兄ちゃん、ボクたちの肉まんはどれくらい売れてるの?」
エルフが恐る恐る聞いた。
「い…、1万個にもうすぐ到達する……感じ?」
1万個売れていたら一般的には大ヒット商品と言える。ところが、実際には8000個くらいしか売れていない。
いくら単価と利益率が高いと言っても10倍違う訳じゃない。俺たちだって100万個は売らないと信一郎さん達の利益1億円には届かない。
世の中の人は商品がヒットするよう試行錯誤しまくっている世の中だ。
ヒットしてほしいと思ってヒットしたら誰も困らない。
おいしいと言っても、特に何の変哲もない肉まんだ。それほどの大ヒットになるとは最初から考えてない。
むしろ、8000個も売れたのなら大健闘だと思っているほどなのだ。
「せんむー、利益はいくらっスかー?」
気の抜ける声としゃべりは光ちゃん。
たしかに、経営勝負なのだからどちらがどれだけ利益を出したかって話だ。
「粗利で56万円だね」
「だー! あっちは1億円に達そうとしているのに、こっちは56万円っスかー!」
深刻な内容なのに光ちゃんの抜けた声としゃべりだと緊張感が少ない。
しかし、その内容は事実で俺たちにとって絶望的な内容だった。どう逆立ちしても逆転は難しい。1億円と56万円の差なのだ。
「ボク、自分の番組の中で宣伝したよ?」
エルフが慌てて言った。
「たしかに、俺もお前の放送聞いてたし、宣伝してくれていたのを聞いた」
「え⁉ 僕の配信見てたの⁉」
たしかに、エルフはYoutubeで肉まんについて宣伝してくれていた。
『みんなで肉まん作ったんだぁ。買ってね!』みたいな告知。
サイトのアクセス解析をしたら40%くらいはエルフの番組からの流入なのだ。これは軽視できない数字だった。
「ウチも『朝市』で宣伝してるっスよー?」
光ちゃんが責められたと思ったのか、責任逃れの様に言った。ただ、彼女も「朝市」で十分宣伝してくれているので、責めるつもりは全くない。
みんな頑張ってくれている……それなのに、売り上げが伸びない。現実とはこんなものなのか……。
本当にできることは全部やったと思っている。使える人材は全部使った。できる宣伝は全部やってみた。
正直、これ以上の手がないのだ。
「さやかさん……」
俺はさやかさんのほうを見て思わずつぶやいてしまった。
この勝負で負けたら、さやかさんまで取られてしまう。
俺の日常生活において、東ヶ崎さんがいない時点で大ダメージだ。朝のコーヒーの質も下がっているし、ペースも崩れまくっている。
この上、さやかさんまで取り上げられてしまったら俺はきっと再起不能だ。
「順調に負けて行ってるね」
ぽつりと縁起でもないことを言うエルフ。
「お前、気軽に言うけどお前の大好きなお姉様は既に信一郎さんに取られちゃってるし、このままだと神と崇めるさやかさんだって取られてしまうんだぞ⁉」
「それはダメだよ!」
「絶対おいしいと思うんだけどなぁ……」
俺は準備できた数種類の肉まんを見ながらつぶやいた。
「ねぇ、お兄ちゃん。新しい味ってどんな味?」
エルフが質問してきた。
そう言えば、スパイスカレーまんの後は、エルフも忙しくて試食に参加してなかった。
試食してみないと気になるだろうし、通販用の一通りのセットをエルフにあげることにした。箱に入っていて、全フレーバーが食べられるようになっているやつだ。
「まぁ、ひとセットやるから温めて食べろ」
「ありがとう、お兄ちゃん」
そう言いながら、テーブルの上に置かれたもうひとつの箱のほうに視線を送るエルフ。
ひとセットじゃ足りないってか⁉
恐ろしいぞ、この育ちざかりめ!
「ほら、もうひとセットやるから」
「わぁ! ありがとう! お兄ちゃん!」
ちゃっかり2セット持って行くエルフ。
「せんむー、ウチも……」
光ちゃんも物欲しそうに人差し指を軽く加えてねだってきた。
「はいはい。光ちゃんも2セット持って行け!」
「あざーっスー」
光ちゃんのしゃべりはいつも気が抜けるから、少々なおねだりをしても角が立たないというか、悪い印象がない。すごいな、役得というものだろうか。
そして、「事件」はその日の夜に起きた。
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