第217話:ようやく立ったスタート地点とは

 俺たちは銀髪ボブのワカメちゃんに色々教えてもらいながら、肉まんのランディングページを完成させた。


「朝市」の会議室のプロジェクターには肉まんのランディングページや販売ページが表示されている。


「できたね」


 エルフがプロジェクターに映し出された映像を見ながらつぶやいた。


「そうだな。みんなでアイデアを出しまくったからな」


 労うつもりで俺が言った。


「ウチ的には頭使う仕事は苦手っスねー」


 光ちゃんはどっちかって言うと、現場向きで、実践向きで今回みたいな事務仕事は向いていないのかもしれない。でも、頑張ってくれた。


「光ちゃんはいい働きをしたと思うよ」


「せんむー、じゃあボーナスはー……?」


「もちろん! ちゃんと準備するよ」


 相変わらず現金だなぁ……。


 ランディングページのベースはできたので、これを肉まんからスパイスカレーまんに横展開するだけだ。元のページに情報を追加するだけでもいいと思う。


「僕のスパイスカレーまんも量産に向けて多少改良しましたから!」


 そうなのだ。山口さんは試作品を作り上げていたけど、量産のためにカスタマイズしてくれていた。


 そして、テーブルの上には「肉まん」「スパイスカレーまん」の他に、「野菜まん」「ステーキまん」「ビーフシチューまん」「あんまん」と目新しいメニューを含む6種類が並んでいた。


「商品も最高の物ができたと思います」


 さやかさんが並べられた肉まんたちに視線を送って言った。


 そうなのだ。山口さんのスパイスカレーまんと同時進行で複数商品を開発してもらっていた。


 スパイスカレーまんはもちろん山口さん。


 その他、ステーキまん、ビーフシチューまんは山口さんの先輩たちとその上司の鏑木総料理長が考えてくれていた。


 それぞれ「屋台」の時に出品されていたものがベースになっている。これまでのことがここにつながっていたのだ。


 しかも、ホテルの名前を使っていいと支配人さんからも了承をもらっただけではなく、ホテルの通販サイトでも扱ってもらえることになったのだ。


 さらに、各料理人にはレシピ考案料を支払う上に、今後「朝市」に出店する際は俺たちが全面的にバックアップするという約束をした。


 料理人たちは、考案料はさることながらバックアップのほうに食いついてくれたみたいで、積極的に料理を考えてくれていた。自分の考えた料理が全国に販売されるという栄誉のほうに目が行ったのかもしれない。


 当然、この肉まんたちがヒットすれば「○○まん考案の△△のビーフシチュー」などと謳えば店の成功は約束されているようなものだ。


 ちなみに、野菜まんとあんまんは「朝市」のメンバーで開発してもらっていた。松田茉優まゆさんがレシピを考案して、各農家さんが協力する形で実現させたのだ。


 野菜まんは、宗教的に豚肉などの肉類が食べられないかたも意識している。代表的なものとしてイスラム教の「ハラール」があるけど、これには豚肉や畜肉が使えない。アルコールなども使えず、これは調味料に含まれるものもダメだという人もいる。


 原材料だけではなく、調理工程や流通までハラールである必要があるので、俺たちはハラール認証が得られるまでには至っていない。今後取得することも視野に入れているが、現状は時間的な問題と費用的な問題で見送っている。


 ただ、原材料がはっきりしていることと豚肉などが使われていないことを明確にしているので、人によってはイスラム教でも食べられるものに仕上がっている。


 あんまんはあんこが主役なので小豆が必要だ。ところが、全国の小豆の生産の8割は北海道。他の地域を見ても寒い地域が多い様だった。そんな中、九州では唯一熊本で栽培されている事を突き止めた。そこから特別に小豆を仕入れ、あんこを作ったのだ。


 これまでの野菜、肉、卵、などの原材料、そして「朝市」での総菜や弁当の調理技術、これらの商品開発がここにつながっていた。


 みんなの努力と経験がここに肉まんとなって形になっていた。その結晶がテーブルの上に試食として並べられている。


「お兄ちゃん、ボクたちのことを忘れてるんじゃないの?」


 エルフが俺の前に立ちはだかった。


「もちろん、忘れてないよ」


 そう、エルフを忘れてはいけない。彼女はVtuberとして、いまや数百万人の登録者を抱えている。リスナーが配信を見て商品を買ってくれるだけではなく、紹介の仕方次第ではネットニュースに上がり、一般の人にもリーチする可能性がある。


「今回、私だって協力してるからね?」


 エルフだけじゃない。次は、銀髪ボブのワカメちゃんだ。


 彼女は販売ページ作成のためにノウハウを提供してくれた。しかも、それだけじゃないのだ。


「うちの会員に販売させるから。組織だけじゃなくて一般にも売るから商品ちゃんといっぱい作ってよね」


「分かってますよ」


 彼女はマルチの会員約3万人を持っている。それは、3万人の顧客と3万人の販売者を持っている事を意味していた。しかも、なんとか言って高確率で商品を買ってくれる環境があるらしい。押し売りはしないでくれると助かるんだけど……。


「私もイルヨ」


 そう、ライさんも協力してくれていた。スパイスカレーまん用にスパイスの提供から、外国人のネットワークへの紹介まで手伝ってくれている。


 その他、「スーパーバリュー」を中心にPB(プライベートブランド)商品として、各地方の小さなスーパーマーケットに卸すことが決まっていた。


 今日日きょうびスーパーはどこも経営が厳しく、横のつながりも少なくないのだ。ヒットする確率が高い商品として各店が一枚噛んでくれていた。


「森羅万象」でも営業先である各飲食店に通販のチラシを作って配ってくれていた。各店にもチラシを置いてくれることになっている。


 俺が作ったWEBサイトでも肉まんのランディングページにリンクを貼っている。


 これで全部だ。


 俺たちがこれまでに出会ってきた人たち、作ってきた仕組み、全てをここに注ぎこんだと言っていい。商品と販売ルートとプロモーション。


 信一郎さんから遅れること約1か月。俺たちはようやく商品を準備できた。製造ラインはまだ安定していないし、プロモーションは始めたばかりだ。


 心配要素は数えたらキリがない。


 ただ、俺が……、俺たちができる全てを集めて商品の完成と販売ルートの立ち上げにこぎつけたのだ。


「やっとここまで来ましたね」


 俺がさやかさんのほうを見て言った。


「そして、ここからですね。やっと本当の意味でのスタート地点です」


 彼女が答えた。


 ここから約1か月間、俺たちは身を粉にして肉まんを売りまくる。そして、勝負スタートから約2か月半経過した時に絶望の淵に落とされることになる。

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