第215話:販売ページの基本とは
マルチの親玉であるワカメちゃんから、見るだけでその商品が欲しくなるページである「ランディングページ」のノウハウを聞いてきた。
それによると、WEBのページは3つの要素からなるという。
・トップ
・ボディ
・クロージング
トップは、お笑いで言うところの「つかみ」で、一目見て気を引くようなキャッチコピーと画像が必要らしい。
ここでどれだけ気を引けるかで、その後の売り上げに大きく影響する重要な部分だ。
トップの中でも重要な要素である「キャッチコピー」はみんなで考えた。ページ全体は同じデータで、このキャッチコピーと画像を変えただけのページをいくつか作って、反応がいいものを積極的に紹介していくなどのノウハウもワカメちゃんからは教えてもらっている。
「エルフ、お前の案はどんなのだ?」
いつもの様に「朝市」の会議室で、エルフ、光ちゃん、さやかさん、俺の小さな会議をしていた。
「『肉まんおいしいよ』だけど」
「ストレートだな!」
こういう時は、否定する言葉を言わないのが次の意見を出しやすくするコツだが、つい反射的にツッコんでしまった。
エルフは自分の案を書いた紙をホワイトボードに張り付けた。
「じゃあ次、光ちゃんは?」
「『1個つまみ食いしていいっスか?』スー」
これまた個人的な願望が前面に出てるな。
「うーん、内輪ネタね。作っている本人たちも食べたくなるっていう方向性自体はすごくいいな」
同様に、自分の案を書いた紙をホワイトボードに張り付けた。
「次、さやかさん」
「はい」
さやかさんが立ちあがって、ホワイトボードに紙を張り付け読み上げた。
「『生産者が自ら作った肉まん』です」
材料は「朝市」で仕入れたものだし、作ってくれているのは農家さんの関係者だ。言ってることは間違いじゃないし、普通の肉まんよりもおいしい気がする。
「これもいいですね。じゃあ、最後俺です」
『みんなで作った肉まん』
これが俺のキャッチコピーだった。
4枚の紙がホワイトボードに貼られている。全員案を出したのだけれど、いまいちピンと来ていないのも事実。
(コンコン)ここでドアがノックされた。特に来客の予定はなかったはずだけど……。
「やや、元気にやってるかい?」
そこにいたのは銀髪ボブのワカメちゃんだった。
いつも座っているイメージだったけれど、立つとすごく背が低い。それなのに気さくな感じで話す感じが面白い。
「どうしてここに?」
思わず俺は聞いてしまった。
「ランディングページの概要を話しただけで、バカ売れサイトができたら誰も苦労しないよ。実際にアイデアを出すって言ってたから、私も協力させてもらいに来たって訳だよ」
意外と人情派なのか?
「それはありがとうございます。実は今まさに困ってるところでした」
「ははは、いいってことだよ。私は恩を売っておいて、隙を見て二人のうちどちらかを引き抜こうと思っているだけだから」
軽口を言うワカメちゃん。
でも、何度も言われている辺り少しは本気が混ざっているのかもしれない。
現状、そんなことはどうでもよかった。プロモーションのプロが手伝ってくれるのならば鬼に金棒。願ったりかなったりだ。
「引き抜きは協力できないかもですけど、できることは協力させてもらいますよ」
「ははは。みんな最初はそう言うんだよ。そのうちマルチにハマったらドップリになるよ?」
なんか悪の道に誘われているようだった。以前ワカメちゃんは、「クリーンなマルチ」を作りたいと言っていた。それなら自虐なのか?
「じゃあ、キャッチコピーを考えているみたいだから、そこから行こうか」
ワカメちゃんがパチンと指を鳴らして言った。
「キャッチコピーはね、3つの要素を取り入れる必要があるんだ」
「3つですか?」
昨日聞いた中には出てこなかった話だ。小出しにしているのか、それとも情報が多すぎて端折られたのか……。
「まずは、『ターゲット』。誰に向けた商品か考える必要があるね。『誰でも食べたくなる』みたいなのはNGだ。『子供が勝手に冷蔵庫から引っ張り出す』みたいなターゲットを限定した方がいい」
「それだと、販売の母数が減らないですか?」
「商品は全年齢対象だとしても、ランディングページは絞った方がいいね。別の年齢層にはそれ用に別のページを作ればいいんだから。ランディングページは、誰か1人に向けた手紙みたいなイメージで書いた方が見ている人に響くんだよ」
「そんなもんですか……」
ついつい幅広い人を取り込もうとしてしまいがちだが、販売ページとは真逆の考えで作る必要があるらしい。
それなら、10代向け、20代向け……など年齢層に分けるのもアリだろうし、学生向け、社会人向け、年配者向けなどの分け方もアリだろう。ページはたくさん必要になりそうだ。そう言った意味で、トップだけを変えたサイトを複数作ると言っていたのかもしれない。
「次は『危機感をあおる』だね。健康食品とかの場合は、『日々取り込んでいる毒を』……みたいにそのままじゃダメだと思わせるんだ」
マルチえげつないな……。
「肉まんだとそれは当てはまらないのでは?」
「『売れすぎて品切れ続出』みたいなのも危機感をあおってるんだよ。人はなくなると思ったら欲しくなる生き物なのさ」
「なるほど……」
マルチ商法が良いか悪いかは別として、人の心理などを十分分析していて、マーケティングの能力としてはかなり強力らしい。
俺たちが白い所しか使わないとしたら、彼女たちは黒は使わないにしても、白と黒の間のグレイのグラデーションの部分まで余すとこなく使うんだ。
俺たちより発想が広く考えられるのかもしれない。俺たちは、素人がただ考えを読みよったアイデア以上のアイデアが生み出せるということだ。
「次は具体的な数字だね」
「数字?」
「そ。『バカ売れ肉まん』とかは実は漠然としている。『売上156%アップの肉まん』のほうが人の心には響きやすい」
なるほど、「バカ売れ」が1.1倍なのか10倍なのかは人によって感じ方が違うということか。
「他にも、『ベネフィット』がある」
「ベネフィット?」
「そそ。その商品を買ったらどんな良い事があるか、どんな幸せな未来が訪れるかを書くんだ」
「肉まんを買ったら、恋人ができた……とか?」
昔そんな訝しいペンダントがあったな。通販で。
「違う違う。まあ、広い意味では悪くないけど、お兄さんが思ってるような方向じゃないよ」
ワカメちゃんは、アメリカ人がやりそうな「さっぱり分からない」のジェスチャーをしながら言った。
「……と言うと?」
「『両親にプレゼントしたら気持ちが伝わる』とか『子供たちがおいしさで笑顔になる』とかだよ」
なるほど、それは響くな。さすがマルチ。考えてみたら、そのノウハウをマルチ以外に活かせないのだろうか……。
「言っとくけど、私はマルチ専門だからね?」
俺の心を見透かしたみたいに、何も言ってないのにワカメちゃんが答えてしまった。いつかこの人は他人の心が読めるとか言ってた。あながち嘘じゃないのかもしれない。
「まあ、要素はあと3つほどあるんだけど、キャッチコピーの授業じゃないんだから、これくらいにしてコピーの作り方の話をしようかな」
ここまで聞いて感心していたのに、キャッチコピーの作り方とは別の話らしかった。
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