第214話:商品を売るためのページとは

「詐欺とは失敬だなぁ」


 喫茶店の大きなテーブル席についているのは、マルチの親玉となっている銀髪ボブの「ワカメ」ちゃん。膝を組んで涼し気に言ったものの、俺たちの言葉に少し頬を膨らませた。


 彼女は大学を卒業してすぐなのか、見た目も若くショートボブが似合っている。


「詐欺とは言ってないですから、『詐欺っぽい』と」


「どちらも一緒だよ。私は日本国が認めた商売方法を使って商売しているだけさ」


 どうしてマルチをやっている人はみんな口をそろえてこのフレーズを言うのだろうか。


「今回は、そのノウハウを教えて欲しいんです!」


 俺の横でさやかさんが頼んだ。


「お姉さんには色々お世話になったからね。協力させてもらわないと女が廃るかな」


 ワカメちゃんは、さやかさんをチラリと見て言った。


 俺たちは三人でいつぞやの喫茶店で会っている。


 彼女はHNL(ハッピーネクストライフ)が破綻した後、その1万人のダウンと、2万人のリストを持って新しいマルチを始めたらしい。


「女と言えば……。やっぱり、お姉さんうちに来ない? 今度はちゃんと月収1000万円準備するからさぁ」


 ワカメちゃんは少しニヤリとしてさやかさんを勧誘する。


「私は自分の会社のことで手一杯ですから」


 さやかさんはきっぱり断った。


「やっぱりぃ? 残念だなぁ。うちには今、お姉さんみたいにアイドルプレーヤーがいないから……。高級車を乗り回して、インスタでラグジュアリーな日常を発信し続けるみたいな人が欲しいんだけど……」


 それこそさやかさんには似合わない気がした。


 ただ、自宅がビルだったり、高級車は1階の駐車場に何台も停まっていたり、ワカメちゃんが言う「ラグジュアリー」のいくつかは地で行っている気もするけど……。


「それより、売り方です! 肉まんをたくさん売るためのホームページに付いて教えてください!」


「分かったよ。しょうがないなぁ……」


 そう言いながら、ワカメちゃんは目の前のノートパソコンの画面をクルリと180度回転させてこちらに向けた。


「まあ、ざっとこんな感じ?」


 そこには、うちの肉まんの販売ページの試作品のような物が表示されていた。


「試作品のような物」と表現は、ところどころ歯抜けになっているからだ。


 俺は販売ページと言えば、製品の紹介、材料と価格、みたいな要素があれば良いと思っていた。


 でも、目の前の「試作」は上からずーっとスクロールしてみて行く感じの縦長のページだ。


「こんなにたくさん読んでくれますかね?」


 俺はたまらず尋ねてみた。


「このページはね、『ランディングページ』って言って見ている人を教育するためのページなんだよ」


 見ている人を教育するためのページ? そう言えば、東ヶ崎さんがリークしてくれた信一郎さんとの会話にもそんな言葉が出てきた。


「ランディングページは、飛行機が空港に辿り着くように見ている人を購入ページに辿り着かせるページのことさ」


 なんか分らないけど、すごそうだ。


 要するに、決済のためのページは別に必要で、今言っているのは「見ているだけでその商品が欲しくなるページ」のことらしい。そんなページがあったら鬼に金棒だ。


「人は何かを買おうと思った時に、何を見たら買うと判断すると思う?」


 何やら難しい質問をワカメちゃんに投げかけられた。


「とりあえず、6つの要素があるんだ。色、形、柄、性能、大きさ、価格、の6つだね」


「色、形……」


「これらの情報が不足していると人は安心して買い物ができない。だから、商品紹介ページにはこれらを過不足なく盛り込む必要があるんだ」


「たしかに、肉まんを紹介しようとしたら、必要な情報はあるでしょうけど、色とか形とかってある程度決まっているし、見ている人も分かっているんじゃ……」


「お兄さんの言う通り。ランディングページにはもう一つ大事な盛り込む要素がある」


「それは?」


 俺は前のめりに聞いた。


「夢だよ」


「夢?」


「願望と言ってもいいかな。この商品を買ったら、自分の生活がどうなるのか……そんなことを書くんだよ」


「自分の生活がどうなるか……?」


 ちょっと意味が分からない。


「例えば、うちでは今、日用品を売ってるんだけど、『ネクストジェネレーション』の商品を使うとそれだけでカッコいいんよ、と」


 なんだろう? あんまりピンとこない。「ネクストジェネレーション」は新しいマルチの名前かな?


「そして、そのカッコイイ物に囲まれているだけでお金が稼げてしまうんだよ、と。日々大変な会社を辞めて、自由で好きなことをして生きていいんだよ、って」


 うーん、仕事や会社が嫌いだったら心に響くかもしれない。


「それが肉まんだったらどう書くんですか?」


「そうだね。おいしいのはもちろん、健康になるとか、友だちや家族にプレゼントすると喜ばれるとか、センスが良いと褒められるとかかな」


 なるほど。通販をしようと思っていたけど、俺は自分用しか考えていなかった。


 ワカメちゃんによると、通販をするのならばプレゼントなども考慮するべきだとのこと。


 自分用の肉まんだったら1000円でも買わないけれど、プレゼントなどの場合は3000円でも安いくらいなのだと教えてくれた。


 やっぱり色々引き出しを持っているようだった。


「ちまたで大人気の肉まんのセットをご両親へのプレゼントにしたら、すごく喜ばれるよ、みたいな?」


「なるほど流石ですね。教えてもらったことを元にサイトを作れば売れ行きが良くなりそうです」


「お兄さんは素直でいいねぇ。うちの幹部として全国のセミナーを周らない? 私と一緒に『ネクストジェネレーション』を盛り上げようよ! お兄さんだったらすぐに『ダイヤモンド』になれるよ!」


 なんだよ、「ダイヤモンド」。役職かな? チェスの次は宝石か。かなり上のほうになれるって言ってくれているのは何となくわかった。


「狭間さんはうちの会社の重要人物です! 目の前で引き抜かないでください!」


 横でさやかさんが抱き付いてきた。


 なんかオチが付いたみたいになったので、この日の会はお開きになった。


ーーー

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